僕たちのこじれた関係

柏葉 結月

文字の大きさ
上 下
46 / 54
僕と君のリング

4.残り香とキスマーク

しおりを挟む
 side M

 スヒョンの部屋から自分の部屋へ戻る途中、ドアの前にヨングが待っていることに気が付いた。
 イライラと脚を揺すり、機嫌が悪いのがすぐにわかる。そういえば昨夜は事務所から別々の時間に帰って、連絡もしないでスヒョンの部屋に行ってしまったからかも。
 あまりに露骨な避け方をして、きっと不安にさせたに違いない。僕はすぐに謝ろうとヨングに近づいた。

「ヨング、昨日はごめ……」

「昨夜はどこ行ってたんですか?」

 ピリッとした空気。鋭い視線に睨まれて、おはようのあいさつもない。
 ヨングが、怒っている……。僕は急にドキドキしてきて、胸を押さえた。

 "どうしよう、話したくてもそんな雰囲気じゃないよ"

 戸惑っていると、腕を掴まれ引き寄せられた。襟足の辺りを、スンっと嗅がれる。

「……スヒョンィヒョンの匂いですね。ねぇミンジェ?僕の気持ち考えましたか。恋人の髪から、他の男の匂いがするんですよ。いくらそれがミンジェの親友の匂いだとしても………や、余計に嫉妬します。二人には、僕でも入り込めない絆があるんですよね?」

「……スヒョンアのベッドで眠るのは、よくある事だよ」

「少し前なら、でしょう?ミンジェは僕の恋人なのに!僕以外の男のベッドで眠るなんて耐えられない!想像して下さいよ?例えば、僕の髪から女の子の香水の匂いでもしたら、アナタはどんな気持ちになりますか?!」

 鋭い刃で切りつけられたようだった。
 普段感情的にならないヨングが、怒りと悲しみに身体を震わせている。こんな風に感情をぶつけられるのは、何年か前の『雨の日のケンカ』以降ほとんどなかったように思う。

 僕は何も言えず、顔を上げられなかった。ヨングのスニーカーのつま先が、そっと離れて行くのをただ見ているしか出来ない……。
 視界が滲み始めやがて真っ暗になり、頬を流れる涙を、Tシャツの袖で拭った。

「なんで……こんなことになっちゃったの?」

 その時。

 おととい二の腕の内側に付けられたキスマークが、薄れかけているのに気がついた。
 それがまるで、今のヨングの僕への気持ちを表しているかのようで。

 僕は言い様のない不安に駆られ、そのキスマークを手で押さえた。

「………やだ、やだ、消えちゃやだよ!……ヨングッ!」

 うわ言のように呟いて、崩れ落ちた。

「………ミンジェ!」

 廊下の床に座り込んでいた僕に、駆け寄ってきたのはスヒョンだった。
 ユギの部屋から戻ってきたらしい。

「どうした?何があった?」

「キ、キス、マークが!消え、消えちゃう」

 僕を心配して膝まで着いてくれたスヒョンの腕に縋りついたら、嗚咽が止まらなくなってしまった。

「落ち着いて……ゆっくりでいいよ」

 スヒョンは僕の肩を抱き、部屋に入るように促しベッドまで連れてきてくれた。
 僕は、スヒョンのベッドで寝た事でヨングに誤解を与えてしまい、とても怒らせてしまった事をしゃくり上げながら話した。

「すごく、怒ってて、あんなヨング、初めてで、でも、僕が、傷つけたんだって、思って、悲しくって、そしたら、キスマーク、薄くなってて、不安になって、涙止まらなくって……」

 また涙が溢れだしてきた僕の視界は、真っ暗で、スヒョンの顔も見えなかった。スヒョンは僕を抱きしめて、背中をぽんぽんと叩いた。

「大丈夫だよ。ちゃんと話すんだろ?」

「話、してくれるか、わかんないよ!」

「そんなに不安なら、キスマーク、俺が付け直してやろうか?」

 スヒョンに腕を掴まれて、甘く見つめられた。ヨングとはまた違う、綺麗な顔。
 でも、ドキドキしない。

 スヒョンは親友として大好きだけど、ヨングに対する気持ちとは、全く違う。

「何言って……?やだ、やめてスヒョ……」

 スヒョンの唇が、ヨングの付けたキスマークに重なろうとした時、僕は凄い力でスヒョンから引き離された。
 突然の事に驚いたけれど間近に見る余裕の無いヨングに、戻ってきてくれたのだと愛しさに涙が溢れた。

「はぁ、はぁ、はぁ。な、何をしてるんですか?僕のミンジェに何をしようと?」

「来るのが遅いよ。ほんとにキスマーク付けるとこだった」

 走って来たのか呼吸を乱したヨングが、僕を腕の中に閉じ込め強く抱き締めてきた。僕は応えるようにヨングの首に腕を回して、しがみついた。

「ミンジェ?僕の部屋に行きますか?」

 僕は頷いた。背後で、スヒョンが微かに笑った。飄々ひょうひょうと僕たちの近くへ来て、自分の肩の辺りを指し示す。

「ヨング!俺のここら辺嗅いでみ?」

「え?え?なんでですか?」

「いいから!ほら!」

 ヨングが身体を斜めにして、スヒョンに身を寄せたので、僕も斜めになった。

「…………ミンジェの匂いじゃない!これって、……ユギヒョン?」

「そ。俺はユギさんと一緒だったの。ミンジェは一人で寝たんだけど、俺の匂い、付いちゃってごめんな?」

「そう、だったんですね……」

 僕はまだヨングにしがみついているから、話している声の振動が身体に直接伝わってきた。それと同時にヨングの胸の奥の方から、暖かい何かが僕の中に流れ込んでくる。

 その波動には僕を絡めとる力が有り、安心させ、さっきとは別の意味で涙が出てきた。

 その正体は解っている。
 僕はもう、これが無くなったら生きていけないと思った。


しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

処理中です...