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プロローグ

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    15年前に逢った天使の事は、生涯誰にも話すつもりはなかった。天使が実在するなんて信じてもらえないだろうし、「天使に逢ったんだ!」なんて僕の立場で叫んだら、常識を疑われ一生主治医が着く事になるだろう。
    そもそも天使と呼んでいるけれど、天使かどうかもわからない。ただ、彼の背中には翼があったのだ…。


    僕が当時その国に滞在していた理由は、国王の皇妃である母の祖国へ親善大使として訪問したためだった。
    大人たちが難しい会談をしている間、僕は数人の付き人つまりSPとホテルの近くの公園で、現地の子供たちとサッカーをして遊んでいた。

    まだ5歳だった僕はサッカーボールを蹴るのが難しく、受け止められずに逸れたボールは付き人が拾いに行っていた。
    そんな僕を、現地の子供たちは奇異の目で見るので、最終的にはムキになってボールを追いかけた。

    その時、ボールは車道に弾んで行った。大人の身体では通り抜けられない生け垣を潜りボールを追いかけた僕は、車が走って来ていることに気がついていなかった。


    目の前を白い影に被われて、大きな鳥にぶつかったのだと思っていた。驚いて目をつぶった僕の耳に、羽ばたきが聞こえたからだ。


「こら!急に飛び出したら危ないだろ!」


    僕と目線を合わせるためにしゃがんだ若い男の人から、叱られてしまった。

    白い肌、光に透ける金色の髪、淡い色素の瞳は宝石のように不思議な光彩があって、あんな綺麗な瞳は今まで見たことがないと思ったものだ。
    しかし、それよりも僕の目をまんまるにさせたのは彼の背後で折りたたまれた、大きな翼だった。


「お兄ちゃんの背中の翼、真っ白で綺麗」


    僕は衝撃から覚めると彼の背後に回って、翼に手を埋めた。彼は嫌がらずに触らせてくれたのだ。
    包まれる温もりとその柔らかさ。作り物ではない、生きている血が通っている本物の、翼だった。

    何故か鳥肌が立った。本能的に異質な物を察知して、身体が反応したのかもしれない。
    硬直した僕は彼に抱き上げられ、背中をポンポンと優しく叩かれた事で我に返った。
    自然と彼の首に腕をまわし、公園の中まで連れてきてもらった。生け垣の影にそっと降ろされた僕は、彼を見上げてまた逢えるか訊こうとした。しかし、遠くの方から付き人たちが僕の名を呼んで近づいてくる。気を取られた瞬間、そこにはただの生け垣と、サッカーボールだけが残されていた。


    5歳の子供がそんな目に逢えば、大声で訴えるはずだが僕の口は縫われたように動かなかった。それに引き替え、記憶は色褪せる事がなかったように思う。

    その後10歳頃までは、今度はいつ逢えるだろうと、ワクワクしていた。

    更に5年経つと、もう逢うことはないのだろう、と諦めていた。色褪せなかった記憶なのに、成長と共に薄れていくのが残念だった。

    今ではほとんど思い出す事が出来ない、天使の顔。

    探しに行ったら、また逢えるかな?
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