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第一章

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    パン屋のアルバイトが終わり、僕は足早に店を出た。とたんに冷気が首の後ろから入ってきて、指の先まで震えさせる。マフラーを巻き直し、厚手の手袋を馴染ませるように拳を握った。
    吐く息は白く、街灯の光に照らされたまま漂っている。冴え冴えとした空気に、水の気配を感じて、急いで帰らなければ途中で降られるかもしれない。


    僕はジョン・グレイ・サニー、20歳。実は某国の末席の王子だけれど、留学のためアジアのとある国へとやって来た。王子がアルバイトなんてと思われがちだが、七人目ともなると今時の若者と同じように常識の範囲内なら結構自由に生活出来る。もちろん祖国から仕送りをもらってるけど、国庫から出ているお金だしなるべく手をつけたくない。

    やりたいことは沢山あるけれど、一番の目的は大恋愛をすること。どうせ国に帰ったら、政略結婚が待っているに違いないのだ。知らされてはいないけど、婚約者がいてもおかしくない。
    だから、今だけでも自由に恋愛したいと思ってしまうんだ。本音を話せば、性別も年齢も拘らない、僕の人生が変わるような人と出会って恋に落ちたい。

    正直、僕のルックスは女性の好みに合うようで、告白されるなんてことは日常的になりつつある。身長は高い方だし、身体も鍛えていてまだまだ成長株だ。
    顔は兄たちに比べて少し幼いようで、国民から『うさぎ王子』なんて愛称が囁かれているのを知っている。事実ハイスペック年下男子として、理想的らしいけど。

    成人して大人になったからには、自由に恋愛してみたい。けれども『王子』という身分では、恋愛は王室のスキャンダル。だから留学してみたけれど、まだ誰一人付き合ってみたいと思う相手に恵まれない。 
    相手の殆どが『王子』に興味があるだけで、本来の僕を見ていない。そんな女性を好きになれるわけもなく、逆にうんざり。
    最近もう女性との恋愛は、出来ないかもしれないと思っていた。


    ふと、薄闇のなか冷たい風に混じって、白く小さい物が舞い降りてくる気がした。手のひらを開くと、そこへふわりふわりと着地する。

" 初雪だ!"

    この国では、初雪を恋人と見られると幸せになるというジンクスがある。今年も間に合わなかったか…と、がっかりした。いつ恋人と初雪を見る事が出来るのだろうか。こんなロマンチックなイベントを、また来年まで待つしかないのか。

    感傷に浸っていたが、重大な事を思い出した。今日は王子である僕の、新しい付き人が派遣されてくるのだ。公私共に行動するので、あらかじめ男性と決まっている。

    年は僕と近い22歳。前回の付き人も22歳だったけど、事務的な関係性で終わってしまった。僕が人見知りだったせいもあるけれど、突然辞める事になってもっと関わっておけば良かったと後悔した。
    今度こそ、友人になって僕の正式な補佐官まで登り詰めて欲しいと思う。

    付き人とは、基本的に同じ家で生活する。いわゆるルームシェアのようなと言いたい所だけれど、実際は学校へ行く日に起床を手伝ってもらったり、公務の調整をしてもらったりという補佐官見習いだ。22歳なら、きっと同じ大学へ通うようになるだろう。

     今日が初顔合わせなのだけど、アルバイトの急な時間延長でスケジュールが変わってしまった。ひとまず自宅で待っててとメールしたけれど、もしかして合鍵を持っていないんじゃないかと心配になってきた。

    
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