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第一章

9.

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    ジミルは強張った表情のまま、俯いてしまった。可哀想に、こんなにブルブルと震えて……。
    もしかしたら、背中の傷のせいで迫害や虐待を受けたりしたのかな。いや、逆に虐待を受けて出来た傷なのだろうか?だとしたら、とてもではないが見過ごせない。
    マトック伯爵とは親しくしていないので人格は知らないが、ジミルのメンタルケアを怠っているのなら、今からでも進言しなくては。
    
「ジミル、安心して?あなたは今まで優秀な成績を残して来たじゃないか。狭き門を突破して僕の付き人に派遣されたのだから、国が認めた存在なんだよ?」

    ジミルは、不安そうにゆっくりと顔を上げた。自己肯定感を著しく損なっているのなら、あなたは僕にとって必要な人なのだと、きちんとわかってもらいたい。

「背中の傷は、今は見せなくていいよ。だけど、アレが見たいな?あなただけの身分証・・・を見せて?」

「……?あっ!そうでした。まだお見せしてませんでしたね」

    身分証とは、身体のどこかに施すタトゥーの事だ。昔は奴隷や犯罪者への目印として使われていた国もあったが、現代では殆ど無くなった風習。それはさらにアートに進化していて、多種多様になった。
    だけど、僕の国ではそれを尊い物として扱う。神の加護を得ようとする者が祝詞を身体に彫ったり、魔除けになる御守りの紋様を彫るなど神聖な物が多い。

    王族に刻まれる『太陽紋』は、サニー王朝の初代国王が太陽神の加護を求める為に彫ったのが始まりだ。その為、太陽のモチーフは、見れば王族だとすぐにわかる希少な紋様で、庶民にはゆるされていないタトゥーなのだ。そして、その王族に生涯付き従う補佐官には『月虹紋』ゲッコウモンが刻まれる。

    『月虹紋』はその名の通り月のモチーフで、太陽の光を受けて輝く月のように王族を助ける存在という意味で、有能な補佐官に施されるようになった。

「見て下さい。僕の『月虹紋』。ふふっまだ見習いなので三日月です。先月配属が決まった時に彫ってもらいました!」

    ジミルは、先程の暗い表情が嘘のように笑顔になっていた。そして、いそいそと袖を捲って、左手首の内側を僕に差し出した。
    そこには小さな三日月が彫られていて、正式な補佐官になると満月のモチーフになり、僕の名前が記される。

    三日月を見て、心から安堵した。ジミルの嬉しそうに弾ける笑顔を見て、僕の顔も笑み崩れた。
    三日月は、補佐官用の特殊な染料を使って彫られているので、偽装出来る物ではない。だからこそ、これが身分証・・・になるのだ。

「ありがとう、ジミル。これが満月になるのが待ち遠しいよ」

    ジミルの手首を持って、三日月を親指で撫ぜた。もう震えてはいない。

「いつか……僕の『太陽紋』を見てくれる?」

    『太陽紋』は、服を脱がないと見えない所に彫られている。なので「『太陽紋』を見て」と王族が言う時は、閨事の隠語で夜伽を命じられるという意味になる。

    ジミルの顔を見ると、真っ赤だった。

    良かった……意味が通じて。



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