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第一章

8.

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「恋愛……ですか?殿下なら僕などを相手にしなくても、美しいお嬢様方が沢山いらっしゃると思うのですが……」

「ジミル、僕の事は名前で呼んでって言ってるでしょ?『殿下』なんて堅すぎて萎えるから」

「ですから殿……ジョン様。僕は男性なので恋愛すると言ってもあまり楽しくないかと……」

「『パートナー教育』をされてるのに?」

「えっと……それは、そうですけど……」


    パートナー教育とは、王族の補佐官や従者、側使いに指導される心得のような物で、王族に許された一夫多妻制度のある本国において、王族の寵愛を受ける際の対応マニュアルと認識している。
    公私ともになるのだから王族を護る覚悟や、守秘義務、上下関係への配慮、公人としての態度や福祉活動の基準など様々だがそれらのおまけとして、性的な意味で寵愛されるなら閨事の知識を持てと教育されるのだという。

    正妃は女性であるが、妾妃は性別を問わず貴族であれば問題ないとされるが、実際のところ政治問題が絡むのでそれ程自由だとは思えない。

    ジミルは、僕を慕って並大抵ではない努力に努力を重ねて補佐官見習いにまでなった。身分だって伯爵令息なら、僕と釣り合わない、などという事もない。
    ゆくゆくは僕の妾妃にと考えていてもおかしくないはずなのに、何で拒否った?!

「ジミルは……僕と恋愛してみたくないの?」

「して……みたいです。でも僕は」  

    ジミルは目を泳がせて、Tシャツのすそを握りしめた。

「か、身体が醜いので、ジョン様のお目汚しになってしまうと思います」

    身体が醜い?変なことを言う。
    僕から見るジミルは、肌目の細かい真っ白な素肌が輝くようだし、付き人としてある程度鍛えているからか程よく筋肉もついてしなやかな肉体だ。
    抱き上げた時に感じたことは、あまりに軽くて少し痩せすぎなのが心配だけど、これから沢山食べさせれば解消するだろう。

    まさかと思うけど、もしかしてこの可愛いプクッとした手足がコンプレックスなのかな?
    僕はジミルの小さな手を取り、もぎゅもぎゅとしながら考えた。『醜い』理由が、地毛の金髪を黒く染める事と繋がっているのだろうか。
    
「ジョ……ン様?くすぐったいです」

「どこが?何が『醜い』の?」

「え……」

「教えて?」

    ジミルの手を持ち上げて、口づけながら囁く。それは、半ば命令のように聞こえただろう。言外に『脱げ』と言ったようなものだから。
    ジミルの目に、一瞬怯えのような逡巡が見えた。無理強いは良くないけれど、何かを隠しているなら早めに吐き出して欲しい。  

    ジミルは僕から視線を外し何度か深呼吸すると、決心した表情で僕を見つめた。


「僕の背中には、醜い傷があるんです。その傷を見せるのが怖くて、相手がどんな気持ちになって僕から離れていくのか知るのは怖くて……今まで誰とも恋愛をしたことが、ありません」

「………」

「だから、あの、ジョン様が傷を見て気持ち悪いとか嫌な気分になって、僕を解雇してしまったらと思うと……恐いのです!どうかお考え直し下さい!」

    ジミルの小さな手が、昨夜初めて逢った時のように震えていた。




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