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後日談第二話 とろけるような夜 〜sideヒューパート〜
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これは何かの夢じゃなかろうか。あれほど拗れに拗れまくっていた私とジェシカが肌を重ねる日が訪れるなんて。
ジェシカと婚姻からちょうど二年目になる日の夜。香水も衣服もいつもより気合を入れたのか芳しいほどの色香を漂わせるジェシカを前にして、私はただ戸惑っていた。
わかっている。子作りという名の王族の務めを果たさなければ彼女との婚姻関係を継続は不可能。だから、いい加減覚悟を決めなければいけないのだ。
もちろん嫌ではない。ただ、本当にいいのだろうかと不安になってしまうだけで。
昼のデートの時を思い出す。
ジェシカを連れ出し、外をふらふらと歩きながら平民が利用する店に立ち寄るなどしたあと、舟の上で二人きりで過ごした。
彼女の専属侍女と陰ながら相談して数日をかけて計画していただけあって、ジェシカには楽しんでもらえたのではないかと思う。膝枕を提案すれば素直に身を横にし、舟がぐるりと小川を一周して元の場所に戻るまでそのままでいてくれたので間違いないだろう。
閉じられた瞼を縁取る美しいまつ毛、時折甘やかな吐息の漏れる薄紅の唇。
美し過ぎるという言葉では足りないその寝顔を前にして耐えられなくなり、額へ口付けた途端に目を開けられた時は非常に驚いた。
そして言われたのだ。『今夜はもっとやっていただきますから、覚悟してくださいませね?』と。
動揺し過ぎてそのあとほとんど口がきけないまま帰ってきてしまったものの、その言葉はすなわち彼女から期待されているということを意味していて、嬉しくないわけがなかった。
それを裏切るなど絶対にあってはならない。今更不安になるなど、情けないにもほどがあるだろう。
少しくらいは男気を見せなければ失望されるぞと自分を叱りつけた。
「――ヒューパート様」
鈴の音のような澄み渡った声が私の名を呼んだ。翡翠色の瞳をまっすぐに向けられ、私はごくりと唾を呑んでしまう。
ああ、なんて美しいのだろう。
たまらず伸ばした私の腕が彼女の肩に触れる。以前は強引に押し倒してしまったので抵抗されたが、今回はそのようなことはなく、すんなりと受け入れられる。
「本当にいいのか? 言っておくがあとで何を言われても私は知らないからな」
「ヒューパート様を拒む理由など、もはや何もございませんわ」
そんな風にきっぱりと言い切る彼女の表情はとても凛々しく、暗い中だというのに輝いて見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんて柔らかいのだろう、ジェシカは。
ふわりと広がる長い髪も、細くしなやかな体も四肢も抱きしめるだけで愛おしく、だが同時に強烈に気恥ずかしくて視線を合わせられない。
その代わりに彼女の金髪へ顔を寄せ、手を差し込みながらその匂いを胸いっぱいに吸い込む。甘い香りが私の鼻をくすぐった。
「いい匂いだな……」
思わず呟けば、「ありがとうございます」とジェシカに微笑まれた。
その笑顔があまりに可愛らしくて理性が焼き切れそうになる。しかしそれをどうにか我慢し、優しく優しく頬に触れた。
ほんの少し紅く染まったジェシカの頬。それを軽く撫でただけなのに、本当にあのジェシカと本当の意味で触れ合うのだと考えて全身が熱っぽくなってきた。
――白い結婚は、この時をもって本当の本当に終わりだ。今までジェシカに言葉で伝えられなかった想いを行動で示そう。
そう覚悟を決めて、私はジェシカの薄い寝間着に手をかける。ジェシカはただ私に身を委ねていた。
そこから始まったのは、本当に夢であるかのようにただただ甘い戯れの時間。初めてなのでお互いおそるおそるできちんとできたか自信はないが、それでも良かった。
きっと一生忘れない。そう思うほどにとても幸せで満ち足りた一夜になったのだった――。
ジェシカと婚姻からちょうど二年目になる日の夜。香水も衣服もいつもより気合を入れたのか芳しいほどの色香を漂わせるジェシカを前にして、私はただ戸惑っていた。
わかっている。子作りという名の王族の務めを果たさなければ彼女との婚姻関係を継続は不可能。だから、いい加減覚悟を決めなければいけないのだ。
もちろん嫌ではない。ただ、本当にいいのだろうかと不安になってしまうだけで。
昼のデートの時を思い出す。
ジェシカを連れ出し、外をふらふらと歩きながら平民が利用する店に立ち寄るなどしたあと、舟の上で二人きりで過ごした。
彼女の専属侍女と陰ながら相談して数日をかけて計画していただけあって、ジェシカには楽しんでもらえたのではないかと思う。膝枕を提案すれば素直に身を横にし、舟がぐるりと小川を一周して元の場所に戻るまでそのままでいてくれたので間違いないだろう。
閉じられた瞼を縁取る美しいまつ毛、時折甘やかな吐息の漏れる薄紅の唇。
美し過ぎるという言葉では足りないその寝顔を前にして耐えられなくなり、額へ口付けた途端に目を開けられた時は非常に驚いた。
そして言われたのだ。『今夜はもっとやっていただきますから、覚悟してくださいませね?』と。
動揺し過ぎてそのあとほとんど口がきけないまま帰ってきてしまったものの、その言葉はすなわち彼女から期待されているということを意味していて、嬉しくないわけがなかった。
それを裏切るなど絶対にあってはならない。今更不安になるなど、情けないにもほどがあるだろう。
少しくらいは男気を見せなければ失望されるぞと自分を叱りつけた。
「――ヒューパート様」
鈴の音のような澄み渡った声が私の名を呼んだ。翡翠色の瞳をまっすぐに向けられ、私はごくりと唾を呑んでしまう。
ああ、なんて美しいのだろう。
たまらず伸ばした私の腕が彼女の肩に触れる。以前は強引に押し倒してしまったので抵抗されたが、今回はそのようなことはなく、すんなりと受け入れられる。
「本当にいいのか? 言っておくがあとで何を言われても私は知らないからな」
「ヒューパート様を拒む理由など、もはや何もございませんわ」
そんな風にきっぱりと言い切る彼女の表情はとても凛々しく、暗い中だというのに輝いて見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんて柔らかいのだろう、ジェシカは。
ふわりと広がる長い髪も、細くしなやかな体も四肢も抱きしめるだけで愛おしく、だが同時に強烈に気恥ずかしくて視線を合わせられない。
その代わりに彼女の金髪へ顔を寄せ、手を差し込みながらその匂いを胸いっぱいに吸い込む。甘い香りが私の鼻をくすぐった。
「いい匂いだな……」
思わず呟けば、「ありがとうございます」とジェシカに微笑まれた。
その笑顔があまりに可愛らしくて理性が焼き切れそうになる。しかしそれをどうにか我慢し、優しく優しく頬に触れた。
ほんの少し紅く染まったジェシカの頬。それを軽く撫でただけなのに、本当にあのジェシカと本当の意味で触れ合うのだと考えて全身が熱っぽくなってきた。
――白い結婚は、この時をもって本当の本当に終わりだ。今までジェシカに言葉で伝えられなかった想いを行動で示そう。
そう覚悟を決めて、私はジェシカの薄い寝間着に手をかける。ジェシカはただ私に身を委ねていた。
そこから始まったのは、本当に夢であるかのようにただただ甘い戯れの時間。初めてなのでお互いおそるおそるできちんとできたか自信はないが、それでも良かった。
きっと一生忘れない。そう思うほどにとても幸せで満ち足りた一夜になったのだった――。
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