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28 私と悪役令嬢のバチバチ。
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「……それで、だけどさ」
誠哉が床の上でグガグガいびきをかき始めた頃。
ようやく雑談――主にダニエラさんのお兄さんの話だけど――に一区切りがついたタイミングを見計らって私は、彼女に囁くような声で言った。
「誠哉のこと、どう思ってるの?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何の飾り気もなく、ド直球に言ってしまうと、私は誠哉が好きだ。
初恋は彼だし、今だって彼が好きなまま。
幼馴染なおかげで耐性はついているけど、一緒に神社で手を繋いだ時なんかは、顔が赤くならないように必死だったくらい。
胸の鼓動はずっと激しかった。
彼のどこに惚れてしまったのかと言えば、はっきりとしたことはわからない。ただ一緒に話しているのが楽しくて、傍にいると安心して。気づいたら恋をしていた。
幼馴染は負けヒロインだと相場が決まっていることはもちろん知っている。
大体勝ちヒロインになるのは、ぽっと出の美少女キャラだ。最後には美少女と主人公の恋を認めて、幼馴染は涙を飲んで身を引く。それがフィクションでの正しい幼馴染ヒロインの在り方。
でも、私だってフィクションとノンフィクションの違いはわかっている。故に勝ちヒロインに、つまり彼女にそして正妻になることを望んでもいいのじゃないかと思っているのだ。
いいや、なってみせるのだ。
だから確認しておかなくてはならない。
転校生で男女共に慕われる超絶美少女。ラブコメのヒロイン要素を満たしている彼女、ダニエラ・セデカンテが恋敵に値するのかどうかを。
「……質問の意図がわかりかねますわ。セイヤはただ、ワタクシのこちらの世界での頼れる護衛に過ぎませんけれど」
「本当? じゃあなんで、誠哉が近づくのを許してるの?」
私が質問を投げかけると、ダニエラさんはスカイブルーの瞳を見開いて硬直した。
彼女のこんな顔を見るのは初めてだった。やはり、と私は思う。
彼女の態度を見ていればわかる。
男女共に告白をされながら少しも興味を示さないこと。そして何より、ダニエラさんは、誠哉以外の男の接近を一度も許したことがない。
誠哉は昔からラブコメ主人公を絵に描いたような鈍感男だからきっと気づいていないだろうけれど、私の目は誤魔化せない。
ダニエラさんは数秒俯いた後、ため息混じりに口を開いた。
「セイヤのことは、少なくとも元婚約者の方やどうしようもなく迷惑なお兄様よりは――比べる対象が悪いだけかも知れませんけれど、少なくとも今まで出会ったどの殿方よりも好感が持てる方だと、そう思っておりますわ」
「そうなんだ。そうだよね。でも残念ながら、ダニエラさんの恋は応援してあげられない。だって私、誠哉に恋してるから」
きっとダニエラさんの誠哉への想いは、初恋なのじゃないかと思う。
政略に縛られて生きるのが貴族の常。婚約者と言っても自分で望んだわけではなかっただろうし。
彼女が恋したのが違う男だったら、私は喜んで応援した。でも誠哉だけは絶対に譲れない。
「アキ様……セイヤに触れられるのを嫌だと感じないのは、彼といたいと思うのは、そしてこの胸の高鳴りが、アキ様のおっしゃる通り恋だとしたならば。
ワタクシ、必ずセイヤを口説き落としてみせますわ。アキ様とワタクシ、どちらが女としての魅力があるかだなんておわかりでしょう?」
ダニエラさんにしてははっきりと決意表明をして、瞳に炎を宿して私を見た。
今この瞬間、彼女は恋を自覚したのかも知れない。私とダニエラさんの間に火花が散り、バチバチと音を立てたような気がした。
確かにダニエラさんの言う通り、美貌という点では私は彼女に敵わない。
美貌だけじゃない。頭の良さも、運動神経も、それに人望だってそうだ。
でも舐めないでほしい。
私は誠哉の幼馴染なのだ。当然彼のことは知り尽くしている。それに、縁結びがウリの神社で恋愛成就のお守りだって誠哉とお揃いで買ってある。
だから全然負ける気はしなかった。
それにしても――。
「誠哉は、つくづく呑気だなぁ」
誠哉の何も考えていなさそうな寝顔を見て、私は呟く。
そして少しだけ、昔を思い出した。小学生の時、この家にお泊まりさせてもらった際、隣で眠る誠哉に私は。
私は。
「どこへ行きますの、アキ様」
「決まってるでしょ」
ダニエラさんと共に横たわっていたベッドを降り、寝ている誠哉の元へ向かう。
ああ、本当に気持ち良さそう。このふにゃりと柔らかい寝顔が、たまらなく愛おしかった。
「大好きだよ」
ちゅっ、と頬に触れるだけのキスをする。
小学生の頃と――初めて彼への想いを自覚したあの日の夜と、同じように。
「あ、アキ様……!?」
ダニエラさんは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
「そんなにウブじゃ、いくら正ヒロインだとしても私から誠哉を奪うことはできないよ」
冗談めかしてダニエラさんにそう言いつつ、そして誠哉の手をぎゅっと握った。
どうかこの想いが伝わりますようにと願いながら。
そして、あの日の誓いを思い出してくれますようにと祈りながら。
誠哉が床の上でグガグガいびきをかき始めた頃。
ようやく雑談――主にダニエラさんのお兄さんの話だけど――に一区切りがついたタイミングを見計らって私は、彼女に囁くような声で言った。
「誠哉のこと、どう思ってるの?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何の飾り気もなく、ド直球に言ってしまうと、私は誠哉が好きだ。
初恋は彼だし、今だって彼が好きなまま。
幼馴染なおかげで耐性はついているけど、一緒に神社で手を繋いだ時なんかは、顔が赤くならないように必死だったくらい。
胸の鼓動はずっと激しかった。
彼のどこに惚れてしまったのかと言えば、はっきりとしたことはわからない。ただ一緒に話しているのが楽しくて、傍にいると安心して。気づいたら恋をしていた。
幼馴染は負けヒロインだと相場が決まっていることはもちろん知っている。
大体勝ちヒロインになるのは、ぽっと出の美少女キャラだ。最後には美少女と主人公の恋を認めて、幼馴染は涙を飲んで身を引く。それがフィクションでの正しい幼馴染ヒロインの在り方。
でも、私だってフィクションとノンフィクションの違いはわかっている。故に勝ちヒロインに、つまり彼女にそして正妻になることを望んでもいいのじゃないかと思っているのだ。
いいや、なってみせるのだ。
だから確認しておかなくてはならない。
転校生で男女共に慕われる超絶美少女。ラブコメのヒロイン要素を満たしている彼女、ダニエラ・セデカンテが恋敵に値するのかどうかを。
「……質問の意図がわかりかねますわ。セイヤはただ、ワタクシのこちらの世界での頼れる護衛に過ぎませんけれど」
「本当? じゃあなんで、誠哉が近づくのを許してるの?」
私が質問を投げかけると、ダニエラさんはスカイブルーの瞳を見開いて硬直した。
彼女のこんな顔を見るのは初めてだった。やはり、と私は思う。
彼女の態度を見ていればわかる。
男女共に告白をされながら少しも興味を示さないこと。そして何より、ダニエラさんは、誠哉以外の男の接近を一度も許したことがない。
誠哉は昔からラブコメ主人公を絵に描いたような鈍感男だからきっと気づいていないだろうけれど、私の目は誤魔化せない。
ダニエラさんは数秒俯いた後、ため息混じりに口を開いた。
「セイヤのことは、少なくとも元婚約者の方やどうしようもなく迷惑なお兄様よりは――比べる対象が悪いだけかも知れませんけれど、少なくとも今まで出会ったどの殿方よりも好感が持てる方だと、そう思っておりますわ」
「そうなんだ。そうだよね。でも残念ながら、ダニエラさんの恋は応援してあげられない。だって私、誠哉に恋してるから」
きっとダニエラさんの誠哉への想いは、初恋なのじゃないかと思う。
政略に縛られて生きるのが貴族の常。婚約者と言っても自分で望んだわけではなかっただろうし。
彼女が恋したのが違う男だったら、私は喜んで応援した。でも誠哉だけは絶対に譲れない。
「アキ様……セイヤに触れられるのを嫌だと感じないのは、彼といたいと思うのは、そしてこの胸の高鳴りが、アキ様のおっしゃる通り恋だとしたならば。
ワタクシ、必ずセイヤを口説き落としてみせますわ。アキ様とワタクシ、どちらが女としての魅力があるかだなんておわかりでしょう?」
ダニエラさんにしてははっきりと決意表明をして、瞳に炎を宿して私を見た。
今この瞬間、彼女は恋を自覚したのかも知れない。私とダニエラさんの間に火花が散り、バチバチと音を立てたような気がした。
確かにダニエラさんの言う通り、美貌という点では私は彼女に敵わない。
美貌だけじゃない。頭の良さも、運動神経も、それに人望だってそうだ。
でも舐めないでほしい。
私は誠哉の幼馴染なのだ。当然彼のことは知り尽くしている。それに、縁結びがウリの神社で恋愛成就のお守りだって誠哉とお揃いで買ってある。
だから全然負ける気はしなかった。
それにしても――。
「誠哉は、つくづく呑気だなぁ」
誠哉の何も考えていなさそうな寝顔を見て、私は呟く。
そして少しだけ、昔を思い出した。小学生の時、この家にお泊まりさせてもらった際、隣で眠る誠哉に私は。
私は。
「どこへ行きますの、アキ様」
「決まってるでしょ」
ダニエラさんと共に横たわっていたベッドを降り、寝ている誠哉の元へ向かう。
ああ、本当に気持ち良さそう。このふにゃりと柔らかい寝顔が、たまらなく愛おしかった。
「大好きだよ」
ちゅっ、と頬に触れるだけのキスをする。
小学生の頃と――初めて彼への想いを自覚したあの日の夜と、同じように。
「あ、アキ様……!?」
ダニエラさんは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
「そんなにウブじゃ、いくら正ヒロインだとしても私から誠哉を奪うことはできないよ」
冗談めかしてダニエラさんにそう言いつつ、そして誠哉の手をぎゅっと握った。
どうかこの想いが伝わりますようにと願いながら。
そして、あの日の誓いを思い出してくれますようにと祈りながら。
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