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第六話
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「テオドール様」
例の場所へ行くと、すでに彼が待っていた。
輝く銀髪、藍色の瞳。どれもうっとりするほど美しい彼は、今日はいつもと違って少しそわそわしているように見える。
「ソフィー嬢、久しぶり……だな」
「そうですね。お久しぶりです」
今日だけ特別食堂の人たちに事情を話して抜けさせてもらっている。「頑張っておいで」と励まされまくってしまい、少し恥ずかしいくらいだった。
「……どうだった」
何が、とはテオドール様は言わなかった。
しかしわたしは満面の笑みで答えた。
「ありがとうございました。まさかあんなプレゼントをいただけるなんて思っていなくて、夢のようでした」
「そうか」
周囲でこっそり耳をそばだてていた令嬢が、ざわつき始めるのがわかる。
そもそもわたしはテオドール様と言葉を交わすだけで消されるだろう立場。それがプレゼントなどと言い出そうものなら、明日わたしの命はないかも知れない。
けれども今のわたしは少しも恐れていなかった。
どうせ何もしないまま帰っても子爵家が没落するのは同じ。それなら、いっそのこと当たって砕けた方がいい、となんだか吹っ切れたのだ。
それはテオドール様のクッキーのおかげだった。
「俺も、作ってみようと思ったんだ。でもてんでダメだな。ソフィー嬢には、まるで敵わなかった」
「そうですね。本当にごめんなさいですけど、味はお世辞にも美味しいとは言えませんでした。でも……」
わたしはテオドール様の手を取った。
「良かったらわたしが、お料理を教えて差し上げましょうか?
まずはこの学園で。調理道具の一部が壊れてしまっているので、できることは少ないのですけど。そして卒業した後はうちの実家――ブラウト子爵家で」
テオドール様が静かに目を見開いた。
……当然の反応だ。だってそれはつまり、遠回しな求婚だったのだから。
断られても、それで良かった。
元より受けてくれるなんて思っていない。今回クッキーをくれたのだってただの同情心によるもの。
だとしても。
――せっかく機会を得られたのだから、想いを口にしないなんて損なことはしたくなかった。
まるでこちらを見定めるような視線を向けてくるテオドール様。
しばらくの沈黙の後、彼はやっと、口を開いた。
「それは……魅力的な、誘い文句だな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テオドール様の衝撃的過ぎる言葉に危うく失神しかけた。
わたしの遠回しな求婚を、魅力的な誘いだと言われたのである。わたしの憧れの人であり想い人、『氷の貴公子』テオドール・ディクタン侯爵令息に。
「えーと、その……。わ、わたしの言っている意味、きちんとわかっていただけてます!?」
思わず声が裏返った。
そんなわたしを見て、静かにため息を漏らすテオドール様。
彼はなんだか呆れ返っている様子だった。
「当然だろう。ソフィー嬢の気持ちなんて、ずっと前からわかっていた。俺がそんなのがわからないほど鈍い男だと思われているなら心外だな」
「で、でもおかしいです! テオドール様はどんな高貴な方からの求婚も断っていらっしゃったではないですか。どうしてわたしだけ……」
「最初は風変わりな君と、君が作った料理に興味を持って声をかけただけだった。
料理をする令嬢なんて珍しいからな。どんなものかと思って食べてみたら、予想以上で驚いた。
そしてそれからは君のキラキラした眩しい瞳に惹かれて、君と過ごす時間を心地よく思うようになっていった」
テオドール様は淡々と続ける。
「またここでソフィー嬢と食べたい。そして話したい。故に、俺は君の誘いに乗ろう。
――ソフィー・ブラウト子爵令嬢。婚約の申し入れをさせてくれ」
「だ、ダメです……っ」
「なぜだ。誘ったのは、君の方だろうに」
「テオドール様はディクタン侯爵家を継ぐお人です! わたしのところ、後継ぎがいなくて。だから、婿入りしてもらうことになるから、その」
「ディクタン侯爵家の後継なら、弟に任せる。諸事情あって、俺は嫡男じゃなくなったからな」
「えぇぇぇぇぇ!?」
実はテオドール様は元々ディクタン侯爵家の子息ではなく、侯爵家の分家の生まれだったそう。
なかなか男児が生まれないことから嫡男になるため養子として引き取られたが、その数年後に正式な侯爵令息が生まれたために侯爵家の嫡男の立場を下ろされ、もしもの時のために今まで侯爵家にいたのだという。
それを大々的に発表していなかったため、周囲の令嬢たちが勝手に勘違いしていただけだったらしい。
「弟には婚約者がいるから、今までその代わりにうるさい女たちに集られてやっていただけだ。だから君の子爵家に婿入りするのは何ら問題がない。それでもダメか?」
そこまで言われれば、わたしが首を横に振るはずもなかった。
わたしの夢は途中で絶えたと思っていた。でも、叶ったのだ。
――まさかテオドール様もわたしを気に入ってくださっていただなんて、思わなかった。そのことが何よりも嬉しい。
「はい……っ。その婚約、お受けさせていただきます」
「それでいい。詳しい婚約の話はまた後日するとしよう」
それからテオドール様は声を大きくし、聞き耳を立てている令嬢たちに向かって言った。
「そういうわけだ。盗み聞きなんてくだらないことはやめて帰ってくれ。――もしも彼女に手を出す愚か者が出れば俺が叩き潰す」
令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、後にはわたしとテオドール様だけが残された。
例の場所へ行くと、すでに彼が待っていた。
輝く銀髪、藍色の瞳。どれもうっとりするほど美しい彼は、今日はいつもと違って少しそわそわしているように見える。
「ソフィー嬢、久しぶり……だな」
「そうですね。お久しぶりです」
今日だけ特別食堂の人たちに事情を話して抜けさせてもらっている。「頑張っておいで」と励まされまくってしまい、少し恥ずかしいくらいだった。
「……どうだった」
何が、とはテオドール様は言わなかった。
しかしわたしは満面の笑みで答えた。
「ありがとうございました。まさかあんなプレゼントをいただけるなんて思っていなくて、夢のようでした」
「そうか」
周囲でこっそり耳をそばだてていた令嬢が、ざわつき始めるのがわかる。
そもそもわたしはテオドール様と言葉を交わすだけで消されるだろう立場。それがプレゼントなどと言い出そうものなら、明日わたしの命はないかも知れない。
けれども今のわたしは少しも恐れていなかった。
どうせ何もしないまま帰っても子爵家が没落するのは同じ。それなら、いっそのこと当たって砕けた方がいい、となんだか吹っ切れたのだ。
それはテオドール様のクッキーのおかげだった。
「俺も、作ってみようと思ったんだ。でもてんでダメだな。ソフィー嬢には、まるで敵わなかった」
「そうですね。本当にごめんなさいですけど、味はお世辞にも美味しいとは言えませんでした。でも……」
わたしはテオドール様の手を取った。
「良かったらわたしが、お料理を教えて差し上げましょうか?
まずはこの学園で。調理道具の一部が壊れてしまっているので、できることは少ないのですけど。そして卒業した後はうちの実家――ブラウト子爵家で」
テオドール様が静かに目を見開いた。
……当然の反応だ。だってそれはつまり、遠回しな求婚だったのだから。
断られても、それで良かった。
元より受けてくれるなんて思っていない。今回クッキーをくれたのだってただの同情心によるもの。
だとしても。
――せっかく機会を得られたのだから、想いを口にしないなんて損なことはしたくなかった。
まるでこちらを見定めるような視線を向けてくるテオドール様。
しばらくの沈黙の後、彼はやっと、口を開いた。
「それは……魅力的な、誘い文句だな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テオドール様の衝撃的過ぎる言葉に危うく失神しかけた。
わたしの遠回しな求婚を、魅力的な誘いだと言われたのである。わたしの憧れの人であり想い人、『氷の貴公子』テオドール・ディクタン侯爵令息に。
「えーと、その……。わ、わたしの言っている意味、きちんとわかっていただけてます!?」
思わず声が裏返った。
そんなわたしを見て、静かにため息を漏らすテオドール様。
彼はなんだか呆れ返っている様子だった。
「当然だろう。ソフィー嬢の気持ちなんて、ずっと前からわかっていた。俺がそんなのがわからないほど鈍い男だと思われているなら心外だな」
「で、でもおかしいです! テオドール様はどんな高貴な方からの求婚も断っていらっしゃったではないですか。どうしてわたしだけ……」
「最初は風変わりな君と、君が作った料理に興味を持って声をかけただけだった。
料理をする令嬢なんて珍しいからな。どんなものかと思って食べてみたら、予想以上で驚いた。
そしてそれからは君のキラキラした眩しい瞳に惹かれて、君と過ごす時間を心地よく思うようになっていった」
テオドール様は淡々と続ける。
「またここでソフィー嬢と食べたい。そして話したい。故に、俺は君の誘いに乗ろう。
――ソフィー・ブラウト子爵令嬢。婚約の申し入れをさせてくれ」
「だ、ダメです……っ」
「なぜだ。誘ったのは、君の方だろうに」
「テオドール様はディクタン侯爵家を継ぐお人です! わたしのところ、後継ぎがいなくて。だから、婿入りしてもらうことになるから、その」
「ディクタン侯爵家の後継なら、弟に任せる。諸事情あって、俺は嫡男じゃなくなったからな」
「えぇぇぇぇぇ!?」
実はテオドール様は元々ディクタン侯爵家の子息ではなく、侯爵家の分家の生まれだったそう。
なかなか男児が生まれないことから嫡男になるため養子として引き取られたが、その数年後に正式な侯爵令息が生まれたために侯爵家の嫡男の立場を下ろされ、もしもの時のために今まで侯爵家にいたのだという。
それを大々的に発表していなかったため、周囲の令嬢たちが勝手に勘違いしていただけだったらしい。
「弟には婚約者がいるから、今までその代わりにうるさい女たちに集られてやっていただけだ。だから君の子爵家に婿入りするのは何ら問題がない。それでもダメか?」
そこまで言われれば、わたしが首を横に振るはずもなかった。
わたしの夢は途中で絶えたと思っていた。でも、叶ったのだ。
――まさかテオドール様もわたしを気に入ってくださっていただなんて、思わなかった。そのことが何よりも嬉しい。
「はい……っ。その婚約、お受けさせていただきます」
「それでいい。詳しい婚約の話はまた後日するとしよう」
それからテオドール様は声を大きくし、聞き耳を立てている令嬢たちに向かって言った。
「そういうわけだ。盗み聞きなんてくだらないことはやめて帰ってくれ。――もしも彼女に手を出す愚か者が出れば俺が叩き潰す」
令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、後にはわたしとテオドール様だけが残された。
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