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第三話

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 最近、寝不足がちで授業中に居眠りをしてしまうことが多い。
 それと毎日のように昼食にパンを持ち込むせいか、他の生徒に笑われたり、わかりやすく避けられたりすることは多くなった。

 その一方で、テオドール様との進展は何もない。
 幸い、彼狙いの令嬢たちが受け入れられている様子もないけれど、それでもわたしよりテオドール様の近くにいる彼女らを羨ましく思ってしまう。

「ハァァ……。なかなかうまくいかないなぁ」

 いちじくが中に入った甘いパンを齧りながら、わたしが大きなため息を漏らしていた時だった。
 ふと、背後に気配がした。

 また誰かが揶揄いに来たのだろうか、そう思って振り返ったわたしは、一瞬呼吸を忘れて固まった。
 ――テオドール様だった。

「ソフィー嬢」

「は、はひっ」

 噛んだ。盛大に噛んだ。
 だがそれどころではなかった。銀髪に藍色の瞳を見れば、間違いなく彼だとわかる。わかるのだが、どうして彼がここにいて、わたしなんかに話しかけてきたのかがさっぱりわからない。

 目を白黒させて驚くわたしに、彼は言った。

「実は数日前から君がそこでパンを食べているのを見ていた。それで興味が湧いた。俺にも少し食べさせてくれ」

「――――――――――はへ?」

 たっぷり沈黙すること数秒。
 わたしは、素っ頓狂な声を上げた。

 これはきっと都合のいい夢に違いない、と思い、早く目を覚まそうと自分の履いていた黒いヒールをこっそり脱ぎ取って、足にガツンと突き立てた。
 しかし、痛い。涙目になり、なんなら血も出ているかも知れないくらいの痛みが走る。それでようやくこれが現実なのだと認めざるを得なくなった。

 『氷の貴公子』テオドール様が、わたしの料理を食べたいとおっしゃっているということを。

「あ、あのっ。でもですね、これは、えっと」

「嫌なら嫌でいいんだが」

「いやいや、そんなことないです……!」

 それはまだ試作品、それも失敗作なのに、などとはとても言えなかった。
 テオドール様を前にすると全身が竦み、思うようにに言葉が出て来なくなる。わたしは頭の中で何度もどうしようどうしようと繰り返しながら、残っていたいちじくの菓子パンをバスケットから取り出してテオドール様に手渡してしまっていた。

「……拙いものですが」

「やはり君が作ったんだな。とてもいい香りがする。いただこう」

 ほのかな甘い匂いが漂う中、いちじくパンを齧り始めたテオドール様は無言になる。
 その間わたしの心臓はバクバクと高鳴り、うるさかった。

 彼はわたしに失望しただろうか。
 完璧なものを追い求めていたのに、それを渡すことができなかった。こんなものではテオドール様に嫌われてしまうのに、求められたら断れなくて――。

「悪くない」

「え?」

 自己嫌悪に陥っていたわたしに我を取り戻させたのは、そんな一言だった。

「豪華過ぎない素朴な味わいがいい。さすが毎日作っているだけあるな。なかなかに美味しかった。良かったら明日も食べさせてほしい」

 藍色の瞳がまっすぐにわたしを見つめ、魅力的な低音ボイスがわたしの鼓膜を震わせる。
 それだけでうっとりしてしまいそうになりながら、わたしは必死で正気を保った。

「いいんですかっ、わたしのなんか。その……わたし、そんなに上手く、ないし」

「実家や学園で出る豪華な料理よりこの方がよほど俺の舌に合うみたいだ」

 わたしを気遣って、わざわざ褒めてくださっているのだろうか。
 そう思ったが、テオドール様は真剣そのもので。本気でわたしの料理を気に入っていただけたのだとわかって、倒れそうなくらい、嬉しかった。

「こんなので良ければ、作ります! 明日も、明後日も、その後もずっと」

「楽しみにしている」

「ありがとうございますっ!」

 感極まって泣きそうになり、顔を見せないために深く深く頭を下げた。
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