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第二話

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 テオドール様はそれ以降、ちょくちょくわたしの前に姿を現すようになった。
 初めて出会った時は気が動転していて気づかなかったが、テオドール様は信じられないくらいの美少年だ。
 身長は理想の高さだし、手足はスラリと長く肌は色白、髪は輝く銀髪。
 深い藍色の瞳に少しの間見つめられただけで――もちろんそれは単なるわたしの勘違いで、実際はわたしなんて気づかれてすらいなかったのかも知れないけれど――心臓が跳ねてしまう。

「なんてかっこいいんだろう……」

 わたしは気づけば、テオドール様の虜になっていた。
 学園の中で彼の姿を探し、テオドール様の近くに行こうとしてしまう。
 しかしそんな時は大抵、名も知らぬ令嬢たちに妨害された。

「あなた、そんな身なりで『氷の貴公子』に近づいていいとでも思っていて?」
「常識というものをご存知ないのかしら」
「とっとと姿を消してくださいまし。今日こそディクタン侯爵令息に声をかけていただくんですから」

 令嬢の一人を捕まえて、この状況が何かを問いただしてみると、この令嬢集団全員がテオドール様狙いなのだという。
 テオドール様は女性に冷たい態度で接することで有名で『氷の貴公子』と呼ばれているのだとか。
 今まで十人以上の令嬢からのプロポーズを断っているらしいが、それでも人気が落ちないのだからすごいことだった。

 話を聞いた令嬢は、「貧乏子爵令嬢ごときが、ディクタン侯爵家の嫡男でいらっしゃるテオドール様と顔を合わせようだなんて烏滸がましい」と忌々しげに吐き捨て、さっさとテオドール様の方へ行ってしまった。

「テオドール様が、嫡男……?」

 後には呆然とするわたし一人が残された。
 侯爵家の嫡男ということはつまり、未来の侯爵様だ。わたしは、そんな人に恋をしてしまったというのか。

 テオドール様はまさに高嶺の花。
 話しかけることすらできず、ただ遠目に眺めているだけしか許されないのだ。

 彼を諦め、さっさと別の適当な令息を婿候補として見つけておいた方がいいのはわかっている。

「でも……」

 他の令息たちを見る。
 文官気質の伯爵家の三男。剣を好む騎士志望の子爵家の五男。はたまた、商才に溢れていると有名な成金男爵家の次男。
 それぞれ魅力的な人ばかりだ。しかしその誰を見ても、わたしは心を動かされなかった。

 ――やっぱりわたしは、テオドール様がいい。

 顔が好みだとか地位が高いとか、わたしはそんなことはどうでも良かった。
 わたしは彼の優しさを確かに見たのだ。彼自身はもしかするとわたしを助けるつもりなんてなかったかも知れないけれど、あの時きっと、わたしは恋に落ちてしまったのだ。

 そんな風に一度思い始めると、もう引き返せなかった。わたしなんかには不相応だとわかっているのに、テオドール様が欲しいと心の底から願ってしまった。

 なら、どうしたらテオドール様を振り向かせられるのか?
 わたしは考えた。一晩中考えて考えて考えて、出た答えは……。

「女子らしい魅力がないから色仕掛けはダメ。そうなるとわたしには料理しか残らない。
 最初は嫌な顔をされるかも知れないけど、とにかく食べてもらうしかないよね。料理でテオドール様の胃袋を掴むのみ!」

 そうと決まればやることは簡単だ。
 わたしが作れる最高レベルのものをテオドール様に食べてもらって、わたしにメロメロになってもらうだけ。

 ただそれが険しい道のりだろうことはわかっている。
 テオドール様は侯爵令息。家ではわたしと比べ物にならないくらい大層なものを食べていただろうし、自分の料理がそれに勝れる自身はない。

 それでも、やってやるのだ。
 わたしはそう決めて、拳を固く握った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あぁぁ……こんなんじゃ全然ダメ! テオドール様にはもっと完璧に美味しい料理を作らなくちゃいけないのに、なんで出来損ないばっかりなの!?」

 料理道具が散らばった机で、わたしは突っ伏しながら呻いていた。
 机のすぐ横には、試作品のパンがある。堆く積まれたそれは、わたし一人では食べ切れないほどの量だ。

 わたしがテオドール様に食べてもらう料理に選んだのは、パンだった。

 パンはわたしの得意料理の一つ。食堂の料理人たちに頼み込んで小麦粉とイースト、その他にもパン作りにあたって必要な材料をいくつかもらった。
 パンなら色々な工夫ができるし、絶妙な味の具合も追求できる。わたしは甘いフルーツが盛りだくさんの菓子パンから歯が折れそうなほどに硬いパンまであらゆる種類を焼きまくっていた。

 食べてみると、我ながらどれも美味しい。美味しいけれど、これがテオドール様のお眼鏡に叶うかというとまるで自信が持てない。
 何が正解かなんてわからない。もうパンを作ると決めて焼き始めてから五日を超えていて、疲れていないかと言えば嘘になる。

 それでもわたしはすぐ飛び起きると、新しいパンを作り始めた。
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