1 / 7
第一話
しおりを挟む
――貴族令嬢なのに、料理するなんてよっぽど貧乏なんだわ。
――お可哀想に。なんて惨めですこと。
――貧乏貴族にはメイド服がお似合いですわねぇ。
身分が高い令嬢たちは、皆が口を揃えてそんな風にわたしを馬鹿にする。
わたしは確かに、貧乏だ。弱小子爵家の一人娘で、見た目も地味で華やかさの欠片もない。使用人は侍女のリタだけだし、貴族らしい贅を尽くした家具なんてものはわたしの屋敷には一つもなく、あるのは簡素なベッドと机。
領民たちが必死に働いて頑張ってくれているのは知っている。
でも、先代子爵――わたしの祖父が領地運営に失敗し、大量の借金を抱えてしまったせいで、父の代になってもなかなか取り返せない。おかげで領民は皆貧困に喘いでいる。
そんな皆のために役に立てることを考えて、始めたのが料理だった。
少しでも元気になってくれるように、願いを込めてわたしは料理を作る。作り方は全てリタに教えてもらった。
煌びやかな夜会に出れば、貴族令嬢らしくないと嗤われる。
夜会用のドレスは安いものしか買えないせいで真っ黒なお仕着せのように見えた。それに普通、貴族令嬢は料理なんてしない。料理は使用人に全て任せていればいい。――それが貴族界の常識だ。
それくらいわたしだって知っているし、古風な考え方を持つ両親には反対されたりもしたけれど、わたしは料理を作り続けた。
喜んでくれる領民の笑顔が、それに何より料理をするのが好きだったから。
そんなわたしは十五歳になり、子爵領を離れて王都にある貴族学園に通うことになった。
できる限りの料理道具を鞄に詰めて、オンボロ馬車に乗り込む。見送りはたくさんの領民たちが来てくれて、嬉しかった。
「必ず戻って来るからね! その時はまた、ご飯一緒に食べようね!」
わたしは領地を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
貴族子女が学園に通う意味は三つある。
一つ、学業。二つ、他の貴族たちとの交友関係作り。そしてもう一つが婚約するに相応しいお相手探し。
王族や公爵家、侯爵家など地位が高い家の令嬢令息は幼い頃に婚約している場合もあるが、基本的には学園で婚約者相手を見つけるのだ。
そしてわたしも例外ではなかった。
……でも、貧乏子爵家の娘のわたしになんて寄り付いて来てくれる殿方はいないらしい。
一方で貴族令嬢はわたしを馬鹿にするばかりで、友達になってくれるわけもない。
その上学業の成績もてんでダメで、踏んだり蹴ったりな毎日だった。
だからわたしは考えもしなかった。まさかこの学園で、素敵な出会いがあるなんて。
それは、例によって料理のことで馬鹿にされていた時のこと。
昼休み、お金がないので学園の食堂で豪華なランチを買うことができず、こっそり作っておいたスコーンを食べているところ、男爵令嬢、子爵令嬢、伯爵令嬢の三人組に絡まれたのだ。
「スコーンなんて持ち込んでいらっしゃいましたの? お茶もないのにスコーンだけ貪るだなんて、品がないですわねぇ」
「品がないのは当然ですよ。だってソフィー嬢ったら、メイド志望なんでしょう? そのスコーンだって手作りですものね?」
「あらあら、つまり一度平民になるおつもりかしら。勇気がおありなんですね、ソフィー様は」
わたしはスコーンを食べる手を止め、なんと答えようかと思考を巡らせた。
メイド志望なんかじゃない。わたしはただ、料理が好きなだけ。
そんな風に言ってしまえればどれだけ楽だろう。でも強気に出たら、さらに酷い目に遭わされるかも知れない。
だからわたしは、仕方なく謝ろうとして――。
「何をしているんだ、君たち」
しかしその時、そんな聞き覚えのない声が割り込んできた。
令嬢三人衆の背後から姿を現したのは、わたしより頭二つ分は背の高い少年だった。
わたしはこの人を、知らない。でも伯爵令嬢たちは知っているようで気まずそうな顔をした。
「ち、違うんですのよテオドール様。彼女がスコーンをお食べになっていたので……」
「嫌がらせなどしていたら、なかなか良縁が見つからないぞ」
少年は、氷のような鋭い視線で令嬢たちを睨みつける。
「「「ご忠告、ありがとうございます……」」」
そう言うなり、彼女らはそそくさとその場を逃げ出し、姿を消してしまった。
呆気に取られるわたしに少年が近づいて来て、言った。
「見かけない顔だな。俺はテオドール。テオドール・ディクタンだ」
「……え、ええと、わたしはブラウト子爵家の、ソフィーです」
慌てて黒いドレスの裾を摘んでお辞儀するわたしに、少年――テオドール様は「ふぅん」と唸った。
「な、何か失礼がありましたか……?」
「いいや、何でも。ソフィー嬢、あの令嬢たちの言いぶりは気にするな」
「……? は、はい」
戸惑いつつも頷くと、テオドール様は何も言わずにその場を立ち去って行ってしまった。
何なんだろう、あの人は。
わたしは首を傾げつつ、彼の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
その時のわたしはまだ知らなかった。
セオドール様がディクタン侯爵家という古い歴史を持つ、名門貴族家の令息であり、貴族令嬢たちの憧れの的であるということを。
――お可哀想に。なんて惨めですこと。
――貧乏貴族にはメイド服がお似合いですわねぇ。
身分が高い令嬢たちは、皆が口を揃えてそんな風にわたしを馬鹿にする。
わたしは確かに、貧乏だ。弱小子爵家の一人娘で、見た目も地味で華やかさの欠片もない。使用人は侍女のリタだけだし、貴族らしい贅を尽くした家具なんてものはわたしの屋敷には一つもなく、あるのは簡素なベッドと机。
領民たちが必死に働いて頑張ってくれているのは知っている。
でも、先代子爵――わたしの祖父が領地運営に失敗し、大量の借金を抱えてしまったせいで、父の代になってもなかなか取り返せない。おかげで領民は皆貧困に喘いでいる。
そんな皆のために役に立てることを考えて、始めたのが料理だった。
少しでも元気になってくれるように、願いを込めてわたしは料理を作る。作り方は全てリタに教えてもらった。
煌びやかな夜会に出れば、貴族令嬢らしくないと嗤われる。
夜会用のドレスは安いものしか買えないせいで真っ黒なお仕着せのように見えた。それに普通、貴族令嬢は料理なんてしない。料理は使用人に全て任せていればいい。――それが貴族界の常識だ。
それくらいわたしだって知っているし、古風な考え方を持つ両親には反対されたりもしたけれど、わたしは料理を作り続けた。
喜んでくれる領民の笑顔が、それに何より料理をするのが好きだったから。
そんなわたしは十五歳になり、子爵領を離れて王都にある貴族学園に通うことになった。
できる限りの料理道具を鞄に詰めて、オンボロ馬車に乗り込む。見送りはたくさんの領民たちが来てくれて、嬉しかった。
「必ず戻って来るからね! その時はまた、ご飯一緒に食べようね!」
わたしは領地を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
貴族子女が学園に通う意味は三つある。
一つ、学業。二つ、他の貴族たちとの交友関係作り。そしてもう一つが婚約するに相応しいお相手探し。
王族や公爵家、侯爵家など地位が高い家の令嬢令息は幼い頃に婚約している場合もあるが、基本的には学園で婚約者相手を見つけるのだ。
そしてわたしも例外ではなかった。
……でも、貧乏子爵家の娘のわたしになんて寄り付いて来てくれる殿方はいないらしい。
一方で貴族令嬢はわたしを馬鹿にするばかりで、友達になってくれるわけもない。
その上学業の成績もてんでダメで、踏んだり蹴ったりな毎日だった。
だからわたしは考えもしなかった。まさかこの学園で、素敵な出会いがあるなんて。
それは、例によって料理のことで馬鹿にされていた時のこと。
昼休み、お金がないので学園の食堂で豪華なランチを買うことができず、こっそり作っておいたスコーンを食べているところ、男爵令嬢、子爵令嬢、伯爵令嬢の三人組に絡まれたのだ。
「スコーンなんて持ち込んでいらっしゃいましたの? お茶もないのにスコーンだけ貪るだなんて、品がないですわねぇ」
「品がないのは当然ですよ。だってソフィー嬢ったら、メイド志望なんでしょう? そのスコーンだって手作りですものね?」
「あらあら、つまり一度平民になるおつもりかしら。勇気がおありなんですね、ソフィー様は」
わたしはスコーンを食べる手を止め、なんと答えようかと思考を巡らせた。
メイド志望なんかじゃない。わたしはただ、料理が好きなだけ。
そんな風に言ってしまえればどれだけ楽だろう。でも強気に出たら、さらに酷い目に遭わされるかも知れない。
だからわたしは、仕方なく謝ろうとして――。
「何をしているんだ、君たち」
しかしその時、そんな聞き覚えのない声が割り込んできた。
令嬢三人衆の背後から姿を現したのは、わたしより頭二つ分は背の高い少年だった。
わたしはこの人を、知らない。でも伯爵令嬢たちは知っているようで気まずそうな顔をした。
「ち、違うんですのよテオドール様。彼女がスコーンをお食べになっていたので……」
「嫌がらせなどしていたら、なかなか良縁が見つからないぞ」
少年は、氷のような鋭い視線で令嬢たちを睨みつける。
「「「ご忠告、ありがとうございます……」」」
そう言うなり、彼女らはそそくさとその場を逃げ出し、姿を消してしまった。
呆気に取られるわたしに少年が近づいて来て、言った。
「見かけない顔だな。俺はテオドール。テオドール・ディクタンだ」
「……え、ええと、わたしはブラウト子爵家の、ソフィーです」
慌てて黒いドレスの裾を摘んでお辞儀するわたしに、少年――テオドール様は「ふぅん」と唸った。
「な、何か失礼がありましたか……?」
「いいや、何でも。ソフィー嬢、あの令嬢たちの言いぶりは気にするな」
「……? は、はい」
戸惑いつつも頷くと、テオドール様は何も言わずにその場を立ち去って行ってしまった。
何なんだろう、あの人は。
わたしは首を傾げつつ、彼の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
その時のわたしはまだ知らなかった。
セオドール様がディクタン侯爵家という古い歴史を持つ、名門貴族家の令息であり、貴族令嬢たちの憧れの的であるということを。
149
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
【完結】貧乏男爵家のガリ勉令嬢が幸せをつかむまでー平凡顔ですが勉強だけは負けませんー
華抹茶
恋愛
家は貧乏な男爵家の長女、ベティーナ・アルタマンは可愛い弟の学費を捻出するために良いところへ就職しなければならない。そのためには学院をいい成績で卒業することが必須なため、がむしゃらに勉強へ打ち込んできた。
学院始まって最初の試験で1位を取ったことで、入学試験1位、今回の試験で2位へ落ちたコンラート・ブランディスと関わるようになる。容姿端麗、頭脳明晰、家は上級貴族の侯爵家。ご令嬢がこぞって結婚したい大人気のモテ男。そんな人からライバル宣言されてしまって――
ライバルから恋心を抱いていく2人のお話です。12話で完結。(12月31日に完結します)
※以前投稿した、長文短編を加筆修正し分割した物になります。
※R5.2月 コンラート視点の話を追加しました。(全5話)
魔法が使えなかった令嬢は、婚約破棄によって魔法が使えるようになりました
天宮有
恋愛
魔力のある人は15歳になって魔法学園に入学し、16歳までに魔法が使えるようになるらしい。
伯爵令嬢の私ルーナは魔力を期待されて、侯爵令息ラドンは私を婚約者にする。
私は16歳になっても魔法が使えず、ラドンに婚約破棄言い渡されてしまう。
その後――ラドンの婚約破棄した後の行動による怒りによって、私は魔法が使えるようになっていた。
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる