17 / 20
第17話 ロッカーの中で①
しおりを挟む
閉ざされたロッカーの中には僕以外にもう一人の姿があった。
綾小路である。僕が着る予定の舞台衣装が積まれた奥、そこに彼はいた。長身の彼はロッカーの天井に頭がついてしまうのか、若干屈むような姿勢だ。
ロッカーを覗いた瞬間、僕が驚いた理由は彼である。
まさか他人のロッカーに忍び込む奴がいようとは思いも寄らなかった。
ましてや、二人きりで閉じ込められるなんて。
「なんでここにいるんだよ」
「午前中は特に出し物はなかったし、女子から集られるだけだったから逃げてきたんだよ。どうせ暇だからついでに駿先輩を驚かせたら面白いかなと思って、入ってみたらこうなった」
「小学生か、お前は」
「あははっ」
全然笑っている場合ではない。
僕がいなければ劇は破綻する。しかも綾小路も一緒なのだから、主人公とヒロインを欠いたラブコメなど成立させられるはずもない。
それを承知の上で、ロッカー閉じ込め事件を企てた犯人――出海は行動したのだろう。僕がヒロインを演じるくらいならめちゃくちゃにしてやろう、と。
そこまで思われていたことがショックだ。その上、脚本から手がけてきた今回の舞台をひどく侮辱されたような気がして、たまらなく腹立たしかった。
「あいつ絶対退部にしてやる」
それにしても。
仮にこのまま出られなかったらどうしよう?
共に閉じ込められ中の綾小路と互いの下半身が密着して、ほぼ抱き合うような形になっている。どれだけこの体勢で耐えなければならないのか、考えると気が遠くなった。
出海を退部にする前に死んでしまいそうだ。
酸欠と、うるさいくらいに鳴り響く心臓の爆発で。
「もしかして、ドキドキしてる?」
「そんなことあるわけっ」
ないだろ、と続けようとするが、上手く言葉にできない。
「誤魔化されてもわかるよ。だって鼓動がオレまで伝わってくるから」
暗くて表情は見えないが、おそらく綾小路は意地悪に笑っている。
好きで好きでたまらないという目を僕に向けているのが容易に想像できた。
意識しまいとすればするほど、彼の存在を嫌でも強く感じずにはいられない。
触れ合う体温はとても心地よくて全てを委ねたくなるのに、『ロッカーに二人きり』という今の状況がどうしようもなく気恥ずかしかった。
――こんなの、おかしい。
ただの友人とロッカーに閉じ込められたとしよう。そんなことは滅多にないと思うが、あくまで仮定だ。
その場合、こんな気持ちになるものだろうか。それはもはや友人ではない何かに抱く感情ではないだろうか。
「…………くっつき過ぎだ、狭いとはいえもう少し奥に行けるだろ。離れてくれよ」
これ以上密着を続けていたら、ますますどうにかなってしまいそうだから。
呼吸が苦しいからか頭がふわふわとして、声を出すのすら億劫になってくる。
これは本格的にまずいと感じ始めていた。
「どうしてさ? 昔はこれくらいの距離、なんでもなかったじゃない」
「昔、って……」
「昔は昔。君は忘れたかも知れないけど、抱きしめ合ったこともあった」
覚えがない。
思考が鈍っているから思い出せないわけではないはずだ。だって、彼との出会いは一学期なわけで、昔と呼べるほどの月日は経っていないのだ。
なのにどうして泣きたくなるくらいに懐かしいのだろう。
「手を繋いで、どこまでも走って。たまにかくれんぼをして、今みたいに出られなくなった君を笑ったっけ」
そうだ。そうだった。
僕は確かに、誰かと当たり前のように抱き合っていた。手を繋いだ。かくれんぼの末に出られなくなったこともある。
でも、それは綾小路との思い出ではなくて。
ああ、ダメだ。
瞼が重くて、意識が遠くて、何も考えられない。
すとんと眠りに落ちる際、かつての友人の笑顔が見えた、気がした。
綾小路である。僕が着る予定の舞台衣装が積まれた奥、そこに彼はいた。長身の彼はロッカーの天井に頭がついてしまうのか、若干屈むような姿勢だ。
ロッカーを覗いた瞬間、僕が驚いた理由は彼である。
まさか他人のロッカーに忍び込む奴がいようとは思いも寄らなかった。
ましてや、二人きりで閉じ込められるなんて。
「なんでここにいるんだよ」
「午前中は特に出し物はなかったし、女子から集られるだけだったから逃げてきたんだよ。どうせ暇だからついでに駿先輩を驚かせたら面白いかなと思って、入ってみたらこうなった」
「小学生か、お前は」
「あははっ」
全然笑っている場合ではない。
僕がいなければ劇は破綻する。しかも綾小路も一緒なのだから、主人公とヒロインを欠いたラブコメなど成立させられるはずもない。
それを承知の上で、ロッカー閉じ込め事件を企てた犯人――出海は行動したのだろう。僕がヒロインを演じるくらいならめちゃくちゃにしてやろう、と。
そこまで思われていたことがショックだ。その上、脚本から手がけてきた今回の舞台をひどく侮辱されたような気がして、たまらなく腹立たしかった。
「あいつ絶対退部にしてやる」
それにしても。
仮にこのまま出られなかったらどうしよう?
共に閉じ込められ中の綾小路と互いの下半身が密着して、ほぼ抱き合うような形になっている。どれだけこの体勢で耐えなければならないのか、考えると気が遠くなった。
出海を退部にする前に死んでしまいそうだ。
酸欠と、うるさいくらいに鳴り響く心臓の爆発で。
「もしかして、ドキドキしてる?」
「そんなことあるわけっ」
ないだろ、と続けようとするが、上手く言葉にできない。
「誤魔化されてもわかるよ。だって鼓動がオレまで伝わってくるから」
暗くて表情は見えないが、おそらく綾小路は意地悪に笑っている。
好きで好きでたまらないという目を僕に向けているのが容易に想像できた。
意識しまいとすればするほど、彼の存在を嫌でも強く感じずにはいられない。
触れ合う体温はとても心地よくて全てを委ねたくなるのに、『ロッカーに二人きり』という今の状況がどうしようもなく気恥ずかしかった。
――こんなの、おかしい。
ただの友人とロッカーに閉じ込められたとしよう。そんなことは滅多にないと思うが、あくまで仮定だ。
その場合、こんな気持ちになるものだろうか。それはもはや友人ではない何かに抱く感情ではないだろうか。
「…………くっつき過ぎだ、狭いとはいえもう少し奥に行けるだろ。離れてくれよ」
これ以上密着を続けていたら、ますますどうにかなってしまいそうだから。
呼吸が苦しいからか頭がふわふわとして、声を出すのすら億劫になってくる。
これは本格的にまずいと感じ始めていた。
「どうしてさ? 昔はこれくらいの距離、なんでもなかったじゃない」
「昔、って……」
「昔は昔。君は忘れたかも知れないけど、抱きしめ合ったこともあった」
覚えがない。
思考が鈍っているから思い出せないわけではないはずだ。だって、彼との出会いは一学期なわけで、昔と呼べるほどの月日は経っていないのだ。
なのにどうして泣きたくなるくらいに懐かしいのだろう。
「手を繋いで、どこまでも走って。たまにかくれんぼをして、今みたいに出られなくなった君を笑ったっけ」
そうだ。そうだった。
僕は確かに、誰かと当たり前のように抱き合っていた。手を繋いだ。かくれんぼの末に出られなくなったこともある。
でも、それは綾小路との思い出ではなくて。
ああ、ダメだ。
瞼が重くて、意識が遠くて、何も考えられない。
すとんと眠りに落ちる際、かつての友人の笑顔が見えた、気がした。
11
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
「誕生日前日に世界が始まる」
悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です)
凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^
ほっこり読んでいただけたら♡
幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡
→書きたくなって番外編に少し続けました。

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;

理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる