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第16話 事件発生!?
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――僕を交えての稽古が開始された。
「今日も可愛いね」
「あ、当たり前。でも、言葉にしてくれるのは嬉しい……ふへへ」
「チョロっ」
「な、何それ、おもっ……思っても口で言わないでしょ普通!?」
「カッコ良くて、皆の光になるようなあなたに引き寄せられる子はたくさんいる。私もその中の一人。でもね、一番最初にあなたという光に脳を焼かれたのは、私なんだよ?」
「――――」
「だから、いつもみたいに笑ってよ。みゃじめな……ゴホン、真面目なあなたも好きだけど、いつものへらへらした顔を見てる方が安心するの」
「ねぇ。オレじゃ、嫌?」
「嫌じゃない。でも、わ、私にゃんかで、本当にいいの?」
「さすがのオレでも、嘘や冗談でこんなこと言うわけがないよ。君だけが好きなんだ、ずっと」
これまでの舞台稽古では一度もメインヒロインに注がれることがなかった、綾小路の熱視線。
それを真っ向から受けた僕の頬は熱を帯びてしまう。いくつかのセリフが頭から吹っ飛んだし、何度も舌が絡まった。
恋人みたいな態度を今すぐにでもやめろ。恥ずかしくてたまらなくなるだろ。
稽古中に口パクで伝えたら、「やめない」と囁かれた。素でラブコメの主人公……というよりは少女漫画のヒーローのような振る舞いをするな。
噛んだり詰まったりしないよう、たっぷり練習を重ねることになった。
「そこ、もっと感情を込めた方がいいよ」
「声が震えてるの、可愛いね。もっとか細く甲高く、本番でもその可愛さを演出できるように頑張ろうか」
演技自体のコツは綾小路がアドバイスしてくれるのでわかりやすい。
問題は、綾小路の魅力を損なわせず、同時に彼にばかり目がいかないような演技を心がけること。綾小路の目をまっすぐに見つめ返し、決して照れない心を揺らさない。
それは、まるで修行だった。
やっと慣れてきたと思ったら、ラストのキスシーンで頭が真っ白になった。実際にキスするのではなく、観客から背を向けて見せかけるだけ。
なのに、うっかり鼻先がちょんと当たるだけで、どうにかなりそうだ。
でもどうにか堪えて、にっこりと笑顔を作った。
「ありがとう、大好き」
「オレも。ねぇ、お願いがあるんだけど……オレと付き合ってくれない?」
脚本通りだ。脚本通りでありながら、綾小路に言われると演技なんだか本当なんだかわからなくなる。
それでも笑顔を崩さなかった自分を褒めてやりたい。
「もちろん」
ここで幕引き。
初稽古から一ヶ月。一度も噛まず、やり直しなしで稽古を終えられたのは、文化祭のたった一週間前だった。
演じ切った僕は、やっと監督から及第点とのお墨付きを得られた。
あくまで及第点である。それでも、モブ役しかできなかったことを考えれば、ずいぶんな成長ぶりだ。
綾小路はどこか誇らしげだった。
「本番での駿先輩のヒロインっぷり、楽しみにさせてもらおうかな」
「ああ。本番こそお前をドキドキさせてやるから覚悟してろよ」
残り一週間は通しでの稽古を数度、それから本番の舞台となる体育館の舞台装置の確認と設置に費やした。
そしていよいよ、文化祭当日を迎える。
まさかまた事件が起こるなんて、思いもせずに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
緊張で早くに来てしまった。
体育館のロッカールームはしんとしていて、文化祭特有の賑やかさは聞こえてこない。
ずらりと並んだ縦長のロッカーに部員の名前を書いたシールが貼られており、それぞれの衣装が収納されている。
午前にあったクラスでの出し物を終え、昼休憩後に行われる舞台のための着替えに来たのだが、二年生の女子――出海が一人いるだけ。
舞台までまだ一時間半あるので、僕以外に人の姿があることが不思議に思えた。
「出海さん、早いな」
「あ、駿くん。私もさっき来たところよ」
そう言う彼女は、確かにまだ着替えに手をつけていないようだ。
「お茶飲んでたんだけど、ちょっと買い過ぎちゃったの。駿くんもどう?」
「あ……うん。もらおうかな」
新品のペットボトルを差し出されたので、ありがたく受け取った。
緊張で無自覚にからからに渇いていた喉が潤されていく。変な味がしたが飲み干した。
「ありがとう。……じゃ、喉の渇きも癒えたことだし、ぼちぼち着替えてくる」
彼女との話もそこそこに、僕は自分のロッカーへ向かう。
僕がメインヒロインの代役に選ばれた時、気に入らないと激しく主張していた彼女と言葉を交わすのは、少々の気まずさがあったのだ。
誤魔化すようにロッカーの中に首を突っ込み、そして――。
あっ。
思考が驚愕で染め上げられた。
「悪いけど、駿くんがヒロインなんてやっぱり認められない。ごめんね?」
背中から叩きつけるような衝撃を浴びる。
耐え切れず、前方に倒れてロッカーに身を投じた僕は、慌てて振り返り――出海の歪な笑顔を見た。
すぐに扉が閉められてカチャリと鍵の音がし、ロッカーの中が暗黒で満たされる。
僕は、僕たちは閉じ込められたのだ。
その事実に気づいたのは、しばらく経ってからだった。
「今日も可愛いね」
「あ、当たり前。でも、言葉にしてくれるのは嬉しい……ふへへ」
「チョロっ」
「な、何それ、おもっ……思っても口で言わないでしょ普通!?」
「カッコ良くて、皆の光になるようなあなたに引き寄せられる子はたくさんいる。私もその中の一人。でもね、一番最初にあなたという光に脳を焼かれたのは、私なんだよ?」
「――――」
「だから、いつもみたいに笑ってよ。みゃじめな……ゴホン、真面目なあなたも好きだけど、いつものへらへらした顔を見てる方が安心するの」
「ねぇ。オレじゃ、嫌?」
「嫌じゃない。でも、わ、私にゃんかで、本当にいいの?」
「さすがのオレでも、嘘や冗談でこんなこと言うわけがないよ。君だけが好きなんだ、ずっと」
これまでの舞台稽古では一度もメインヒロインに注がれることがなかった、綾小路の熱視線。
それを真っ向から受けた僕の頬は熱を帯びてしまう。いくつかのセリフが頭から吹っ飛んだし、何度も舌が絡まった。
恋人みたいな態度を今すぐにでもやめろ。恥ずかしくてたまらなくなるだろ。
稽古中に口パクで伝えたら、「やめない」と囁かれた。素でラブコメの主人公……というよりは少女漫画のヒーローのような振る舞いをするな。
噛んだり詰まったりしないよう、たっぷり練習を重ねることになった。
「そこ、もっと感情を込めた方がいいよ」
「声が震えてるの、可愛いね。もっとか細く甲高く、本番でもその可愛さを演出できるように頑張ろうか」
演技自体のコツは綾小路がアドバイスしてくれるのでわかりやすい。
問題は、綾小路の魅力を損なわせず、同時に彼にばかり目がいかないような演技を心がけること。綾小路の目をまっすぐに見つめ返し、決して照れない心を揺らさない。
それは、まるで修行だった。
やっと慣れてきたと思ったら、ラストのキスシーンで頭が真っ白になった。実際にキスするのではなく、観客から背を向けて見せかけるだけ。
なのに、うっかり鼻先がちょんと当たるだけで、どうにかなりそうだ。
でもどうにか堪えて、にっこりと笑顔を作った。
「ありがとう、大好き」
「オレも。ねぇ、お願いがあるんだけど……オレと付き合ってくれない?」
脚本通りだ。脚本通りでありながら、綾小路に言われると演技なんだか本当なんだかわからなくなる。
それでも笑顔を崩さなかった自分を褒めてやりたい。
「もちろん」
ここで幕引き。
初稽古から一ヶ月。一度も噛まず、やり直しなしで稽古を終えられたのは、文化祭のたった一週間前だった。
演じ切った僕は、やっと監督から及第点とのお墨付きを得られた。
あくまで及第点である。それでも、モブ役しかできなかったことを考えれば、ずいぶんな成長ぶりだ。
綾小路はどこか誇らしげだった。
「本番での駿先輩のヒロインっぷり、楽しみにさせてもらおうかな」
「ああ。本番こそお前をドキドキさせてやるから覚悟してろよ」
残り一週間は通しでの稽古を数度、それから本番の舞台となる体育館の舞台装置の確認と設置に費やした。
そしていよいよ、文化祭当日を迎える。
まさかまた事件が起こるなんて、思いもせずに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
緊張で早くに来てしまった。
体育館のロッカールームはしんとしていて、文化祭特有の賑やかさは聞こえてこない。
ずらりと並んだ縦長のロッカーに部員の名前を書いたシールが貼られており、それぞれの衣装が収納されている。
午前にあったクラスでの出し物を終え、昼休憩後に行われる舞台のための着替えに来たのだが、二年生の女子――出海が一人いるだけ。
舞台までまだ一時間半あるので、僕以外に人の姿があることが不思議に思えた。
「出海さん、早いな」
「あ、駿くん。私もさっき来たところよ」
そう言う彼女は、確かにまだ着替えに手をつけていないようだ。
「お茶飲んでたんだけど、ちょっと買い過ぎちゃったの。駿くんもどう?」
「あ……うん。もらおうかな」
新品のペットボトルを差し出されたので、ありがたく受け取った。
緊張で無自覚にからからに渇いていた喉が潤されていく。変な味がしたが飲み干した。
「ありがとう。……じゃ、喉の渇きも癒えたことだし、ぼちぼち着替えてくる」
彼女との話もそこそこに、僕は自分のロッカーへ向かう。
僕がメインヒロインの代役に選ばれた時、気に入らないと激しく主張していた彼女と言葉を交わすのは、少々の気まずさがあったのだ。
誤魔化すようにロッカーの中に首を突っ込み、そして――。
あっ。
思考が驚愕で染め上げられた。
「悪いけど、駿くんがヒロインなんてやっぱり認められない。ごめんね?」
背中から叩きつけるような衝撃を浴びる。
耐え切れず、前方に倒れてロッカーに身を投じた僕は、慌てて振り返り――出海の歪な笑顔を見た。
すぐに扉が閉められてカチャリと鍵の音がし、ロッカーの中が暗黒で満たされる。
僕は、僕たちは閉じ込められたのだ。
その事実に気づいたのは、しばらく経ってからだった。
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