8 / 20
第八話 変わったようで変わらないようでやっぱり変わった日常
しおりを挟む
綾小路と友人になった。
だからどうというわけではない。だが、綾小路のやけに親しげな振る舞いを「友達なんだから」と違和感なく受け入れやすくなったし、どこかやましいことをしているような気持ちが薄れた。
出会って数ヶ月のただの後輩と友達なんておかしい気もするが、今更である。
部活の仲間、特に部長には早々に勘づかれた。
「まさか懐かれるどころか期待の大型新人と友達になるだなんて」と可愛い顔で楽しげにくすくす笑われた上、「二人のこと、陰ながら応援していますね」と背中を押された。
彼女は綾小路を入部当初から目をかけているので、綾小路の友人として及第点か判断した結果、認められたのだろう。
そんなこんなありつつも、何かしらの噂を流されることもなく事件も起こらず、概ね平凡に毎日を過ごせている。
学校に行き、昼休みを綾小路と共にして、演劇部の練習を終えて帰る。拍子抜けするくらい平和だ。もちろん、平和が何よりなのだが。
強いて言うなら、グイグイ迫ってくる綾小路に困らされ続けているということくらいだ。
「友達になったんだから、オレの家に来ても問題ないってことだよね」
しきりに誘ってきては、僕を家に連れ込もうとする綾小路。
確かに友達ならおかしくないのだとは思う。しかし、綾小路の熱を帯び過ぎた視線が怖いのだ。
「いや、まだ早いっていうか……」
「別に早いことなんてないと思うけど?」
「それより来週の土曜、一緒にカラオケに行かないか? 僕の演技が下手すぎるから台本読みの練習しろって三年の先輩に言われててさ。付き合ってほしい」
「わかった。駿先輩が行きたいんだったらカラオケでいいよ。君と過ごすならどこだって楽しいからさ」
体力作りと称して公園でランニングしたり、カフェでまったり過ごしたり、かと思えば昔ながらのゲーセンでバチバチと火花を散らしてみたり……とすでに五回以上、綾小路と二人で遊びに出掛けている。
そのいずれも全力で満喫してくれているようで、僕としても悪い気はしていない。というか結構嬉しかった。
決して日常が大きく変わったわけではないが、ほんのり鮮やかに色づいたように思う。綾小路に感謝するのは少し癪なので直接伝えたことはない。
やはり友達はいいものだ。できればずっと友達のままでいたいと思っている。
それが叶うかどうかは、わからないけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出会いの春からの日々はあっという間で、早くももう一学期が終わろうとしている。
梅雨明け寸前のじっとりとした空気が漂う朝。
自転車と同じくらいの速度で一人の少年が走ってきた。
言うまでもなく綾小路である。曇天に似合わぬ爽やかな笑顔だった。
「……カラオケ前で落ち合うって話だったよな?」
「待ちきれなくて走って来た。君とはできるだけ長く過ごしたいし。いいでしょ?」
「そりゃ、いいけど」
綾小路と僕の家はおそらくそれなりに離れていて、学校からの帰路も違う。カラオケボックスに向かうなら僕の家に立ち寄るのは完全に寄り道となり、倍以上の距離を行かなければならなくなる。
だが、綾小路に疲れは見えなかった。その驚異的な体力を欠片でも分けてほしいものだ。
降り注ぐ小雨をものともせず、彼は僕と肩を組んで――というか、実質引きずられるようにしてカラオケボックスまでに行くことになった。
綾小路的には普通の走りなのかも知れないが、僕には到底ついていけるわけもないのに、「しんどいんだったらお姫様抱っこ、してあげようか?」と悪魔のような笑みを向けられてしまっては、音を上げることもできなかった。
本当に体力を分けてほしい。
カラオケボックスについてようやく、解放してもらえた。
「はぁ、はぁ……っ。ちょっとは僕に優しくしてくれ。それでも友達か?」
「駿先輩、ずいぶん貧弱になっちゃってるみたいだから鍛え直さなくちゃと思ってるんだよね。駿先輩は絶対強い方がカッコいい」
「何を知ったようなことを……」
でも綾小路なら本当に僕のことを何から何まで知っていそうで怖いので、深く探るのはやめよう。
それより。
「早速、台本読み練習始めるぞ」
僕たちはそれぞれ持参した練習用台本を開く。
その中にあるセリフを選んで、狭い個室の中で演じ始めた。
綾小路は熱烈な愛のセリフを。僕は小っ恥ずかしいので、無難な青春部活モノのセリフを。
「愛してる」と恋愛シュミレーションゲームに出てくる男さながらのボイスを響かせる綾小路にくらくらしつつ、彼に教えを乞うて、僕も少しでも上手くなれるよう練習を重ねていった。
そうする時間はとても充実していて……なんだか懐かしく感じる。
どうして『懐かしい』だなんて思ってしまうのかは自分でもわからないが。
練習を終えたら、せっかくカラオケに来たのだからと歌って踊って、疲れ切ってぐったりとなるまで彼との和やかな時間は続いた。
以前の僕なら絶対、綾小路を過剰に警戒して楽しむどころではなかっただろう。なのに友達になったというだけですっかり緊張感が薄れてしまっている。
あくまで友達としてだが、好ましく思い始めているのかも知れなかった。
だからどうというわけではない。だが、綾小路のやけに親しげな振る舞いを「友達なんだから」と違和感なく受け入れやすくなったし、どこかやましいことをしているような気持ちが薄れた。
出会って数ヶ月のただの後輩と友達なんておかしい気もするが、今更である。
部活の仲間、特に部長には早々に勘づかれた。
「まさか懐かれるどころか期待の大型新人と友達になるだなんて」と可愛い顔で楽しげにくすくす笑われた上、「二人のこと、陰ながら応援していますね」と背中を押された。
彼女は綾小路を入部当初から目をかけているので、綾小路の友人として及第点か判断した結果、認められたのだろう。
そんなこんなありつつも、何かしらの噂を流されることもなく事件も起こらず、概ね平凡に毎日を過ごせている。
学校に行き、昼休みを綾小路と共にして、演劇部の練習を終えて帰る。拍子抜けするくらい平和だ。もちろん、平和が何よりなのだが。
強いて言うなら、グイグイ迫ってくる綾小路に困らされ続けているということくらいだ。
「友達になったんだから、オレの家に来ても問題ないってことだよね」
しきりに誘ってきては、僕を家に連れ込もうとする綾小路。
確かに友達ならおかしくないのだとは思う。しかし、綾小路の熱を帯び過ぎた視線が怖いのだ。
「いや、まだ早いっていうか……」
「別に早いことなんてないと思うけど?」
「それより来週の土曜、一緒にカラオケに行かないか? 僕の演技が下手すぎるから台本読みの練習しろって三年の先輩に言われててさ。付き合ってほしい」
「わかった。駿先輩が行きたいんだったらカラオケでいいよ。君と過ごすならどこだって楽しいからさ」
体力作りと称して公園でランニングしたり、カフェでまったり過ごしたり、かと思えば昔ながらのゲーセンでバチバチと火花を散らしてみたり……とすでに五回以上、綾小路と二人で遊びに出掛けている。
そのいずれも全力で満喫してくれているようで、僕としても悪い気はしていない。というか結構嬉しかった。
決して日常が大きく変わったわけではないが、ほんのり鮮やかに色づいたように思う。綾小路に感謝するのは少し癪なので直接伝えたことはない。
やはり友達はいいものだ。できればずっと友達のままでいたいと思っている。
それが叶うかどうかは、わからないけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出会いの春からの日々はあっという間で、早くももう一学期が終わろうとしている。
梅雨明け寸前のじっとりとした空気が漂う朝。
自転車と同じくらいの速度で一人の少年が走ってきた。
言うまでもなく綾小路である。曇天に似合わぬ爽やかな笑顔だった。
「……カラオケ前で落ち合うって話だったよな?」
「待ちきれなくて走って来た。君とはできるだけ長く過ごしたいし。いいでしょ?」
「そりゃ、いいけど」
綾小路と僕の家はおそらくそれなりに離れていて、学校からの帰路も違う。カラオケボックスに向かうなら僕の家に立ち寄るのは完全に寄り道となり、倍以上の距離を行かなければならなくなる。
だが、綾小路に疲れは見えなかった。その驚異的な体力を欠片でも分けてほしいものだ。
降り注ぐ小雨をものともせず、彼は僕と肩を組んで――というか、実質引きずられるようにしてカラオケボックスまでに行くことになった。
綾小路的には普通の走りなのかも知れないが、僕には到底ついていけるわけもないのに、「しんどいんだったらお姫様抱っこ、してあげようか?」と悪魔のような笑みを向けられてしまっては、音を上げることもできなかった。
本当に体力を分けてほしい。
カラオケボックスについてようやく、解放してもらえた。
「はぁ、はぁ……っ。ちょっとは僕に優しくしてくれ。それでも友達か?」
「駿先輩、ずいぶん貧弱になっちゃってるみたいだから鍛え直さなくちゃと思ってるんだよね。駿先輩は絶対強い方がカッコいい」
「何を知ったようなことを……」
でも綾小路なら本当に僕のことを何から何まで知っていそうで怖いので、深く探るのはやめよう。
それより。
「早速、台本読み練習始めるぞ」
僕たちはそれぞれ持参した練習用台本を開く。
その中にあるセリフを選んで、狭い個室の中で演じ始めた。
綾小路は熱烈な愛のセリフを。僕は小っ恥ずかしいので、無難な青春部活モノのセリフを。
「愛してる」と恋愛シュミレーションゲームに出てくる男さながらのボイスを響かせる綾小路にくらくらしつつ、彼に教えを乞うて、僕も少しでも上手くなれるよう練習を重ねていった。
そうする時間はとても充実していて……なんだか懐かしく感じる。
どうして『懐かしい』だなんて思ってしまうのかは自分でもわからないが。
練習を終えたら、せっかくカラオケに来たのだからと歌って踊って、疲れ切ってぐったりとなるまで彼との和やかな時間は続いた。
以前の僕なら絶対、綾小路を過剰に警戒して楽しむどころではなかっただろう。なのに友達になったというだけですっかり緊張感が薄れてしまっている。
あくまで友達としてだが、好ましく思い始めているのかも知れなかった。
11
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;

理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる