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前編

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「シャルロット・アンディース公爵令嬢! 今ここでお前との婚約を破棄するッ!」

 ――私たちの通う貴族学園の新入生歓迎会でのこと。
 突然響いた鋭い声に、私はピクリと眉を上げました。

 声の主はこの国の第二王子でいらっしゃるアバカーム殿下。彼の腕には、金髪の麗しい美少女を抱きし目られています。
 ……はて、一体何の騒ぎでしょう? 確かに今呼ばれたのは私の名前で間違いありませんけれど……。

 私の耳がおかしくなったのでなければ、確かに婚約破棄と聞こえました。
 密室や王宮に呼び出されてのことならまだしも、今私たちがいるのは貴族学園で開かれた新入生の歓迎会。いよいよ殿下の脳みそが爆発してしまったのでしょうか。

「殿下。ここがどこかわかっていらっしゃいますか? 新入生の皆さんが固まってしまっているではありませんか」

「だから何だというのだ! つまらない言い逃れはできないぞ、シャルロット! お前が!この!ミーシャをいじめたんだろうが!!」

 ぎろりと視線で睨まれた上、はしたなくも指を突きつけられてしまいました。とても不快ですが、それを咎めても余計ことを荒立てるだけだと判断した私は言いました。

「場所を移しましょう」

「ならん!」

 はぁぁ、とため息を吐きたくなるのをグッと呑み込みます。
 新入生たちが慄いてしまっている上に、学園長含む先生方が硬直しているのがこの方には見えないのでしょうか。

 アバカーム殿下は昔から周囲が見えないのがいけませんね。そのおつむさえ改善すれば完全無欠の王子なのですけど。

 周りが騒がしくなり始めます。こんな場で婚約破棄したんですもの、一大スキャンダルになりますよね。アンディース公爵家の失墜を狙っている貴族家なんて大喜びでしょうねぇ。後でお父様に言ってあの伯爵家とあちらの男爵家は潰しておいていただきましょうか。

 それにしても、殿下ったらなんてことをしでかしてくれたのでしょう。これじゃ静かにことを収めようにも手に負えませんよ。
 私はもう面倒臭くなって、殿下の馬鹿さ加減を公にしてしまうことにしました。

「――あの。殿下、さっき婚約破棄とおっしゃいましたね?」

「ああ」

「でも私、あなたの婚約者じゃありませんよ?」


 ――会場のほぼ全員が絶句しました。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「アバカーム殿下。あなたの愚鈍さにはいつも困らされていますが、このような公衆の面前で婚約破棄するとは情けないですね。さすがの私でも呆れますよ。それも婚約者でない私に、です」

「ど、どういうことだシャルロット!? 愚かなのはお前だろう。自分の罪をはぐらかそうとしているにしたって言い訳が幼稚すぎるぞ! 俺とお前が婚約していないわけがあるか!」

「と、言われましてもしていないものはしていません。……あなたの婚約者様はそこにいらっしゃいますが?」

 私はそう言いながら、彼の隣の少女に視線を向けます。
 エリディ侯爵家のご令嬢、ミーシャ・エリディ嬢です。彼女は今にも倒れそうな蒼白な顔をしていらっしゃいます。どうやら、婚約者のあまりの暴挙に恐れ慄いているご様子。お可哀想に……。

「はぁ!? ミーシャが俺の婚約者だと!? そんな馬鹿な話あるかぁ!」

「恐れながら馬鹿はあなたです、殿下。否定なさりたいならばミーシャ様ご本人に聞いてみてくださいよ」

 私が嘘吐きだとでも言うのでしょうか、この馬鹿王子は。
 私は彼の幼馴染で、十年以上の月日を共にしています。ですから信頼はあったと思っていたのですが、婚約破棄だの何だのと馬鹿なことばかり言って……。まるで私のことなど頼りにしてくださっていなかったことは少々悲しく思います。が、愚かな殿下のことなのでもはや深く考えようとは思いません。

 怒りに赤面する殿下に迫られ、ミーシャ嬢はブルブルと震えながらおっしゃいました。

「わ……わたくし、は。アバカーム様の婚約者ですわ……。証拠の正面だって、ございます。も、もし、そうでなかったとしたら、こんなに近い距離にいるはずがございませんもの。おわかりいただいていると、思っていたのですけど……?」

「なっ!?」

「『なっ!?』ではありませんよ殿下。ミーシャ嬢はあなたと違って常識外れな方ではないのです。あなたの婚約者であるからこそ気を許していたのでしょう。まさかそんなことも分からなかったとは。私も殿下の愚かさを甘く見ていましたね」

 今度から気をつけませんと。
 そんなことを考えながら、私は言葉を続けます。

「私がミーシャ嬢を虐げた、とおっしゃいましたっけ? 一体どうして私がそんなことをしなければならないのです? 理由が全く見当たりませんし、第一私と彼女は友人なのですが」

 私とミーシャ嬢は共に三年生になったばかり。
 同学年であり、同じ上級貴族であり、しかも殿下との繋がりがあった私たち二人は結構仲が良いのです。そんな私がミーシャ嬢を貶めるはずがありません。

「そ、それは、シャルロットがミーシャに嫉妬して……!」

「私はあなたの婚約者でなくただの幼馴染なのです。そんな私が、どうしてミーシャ嬢に嫉妬を? 婚約者同士がそばにいるのは当然のことだと思っていますし、それに泥棒猫のように割り込む気など毛頭ございませんが?」

「そうですわ……! アバカーム殿下、シャルロットをそんなはしたない人だと思っていただなんて……ひどいですわっ」

 あらあら。あまりの馬鹿さに呆れて仲良しの婚約者様からも愛想を尽かされてしまったご様子です。まあ、殿下は浮気相手のつもりだったのでしょうけど?
 それにしても殿下、近くにいることが多かったからと私を婚約者と思い込むだなんて……。私も婚約者のいる身だというのに!

「ミーシャ! おいシャルロット。これはお前の仕業だろう!? ミーシャを騙し、さも自分に非がないように状況を作り上げたんだ! ミーシャはお前に洗脳されて……」

 ――プチッ!

 突然、私の中で音がしました。
 その途端、握りしめていた私の扇子が手の中で粉々に砕けます。新入生たちが震えていますが……私はもうこれ以上抑えることができませんでした。

「殿下、私にも堪忍袋の緒というものがあってですね。それが今、切れてしまいました」

「何を――」


「いい加減うるさいんですよこの馬鹿クソボケ王子が!!!」
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