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「お前との婚約は破棄だ、破棄!」

 華やかな卒業パーティーの中、宣言されたのは驚愕の言葉だった。
 金髪に赤い目をした少年が指差す先、それはもちろんこの私――サリーナ侯爵令嬢である。

 すぐさまガヤガヤと騒がしくなるパーティー会場。
 驚きから立ち直った私は「はぁ」とため息を吐く。そうしていつもの冷静さをすっかり取り戻すと、にっこりと微笑んだ。

「このアホ王子。婚約破棄などできるわけがないでしょう。つまらないから死になさい」

 その瞬間、氷魔法が少年――王子アフォックスを壁に叩きつけていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「な、何をする!」

 目を丸くして吠える王子。
 これはこっちのセリフよ、と思いながら、しかし私は丁寧に答えてやった。

「アホ王子にもわかるように言うと、これはあなたのバカさ加減に呆れての行動。本当なら首を刎ねたいところだったけどこれくらいに留めてあげたというわけよ。感謝しなさい」

「感謝しなさい、じゃないっ! アホだのバカだのとよくもこの王子を罵倒してくれたな! 処刑だぞ!」

 はぁ、本当にバカ。バカすぎる。
 私は正直呆れるのを通り越していたが、それでも説明はしてやろう。

「知らなかった? 私は王妃様から『王子の教育』を任されているのよ。時には厳しく罰しても構わないと許可を得ているわ」

「えぇ……」

 そう。あまりにもアフォックス王子がバカなものだから、頭を抱えた国王夫妻から私が教育係として任命されたのは数年前のこと。
 そんなことも知らないだなんて……この国の将来が危うい。

 アフォックスは最高にアホだがこれでも第一王子。未来の王太子である。
 だからその婚約者の私が彼を王たる者に育て上げないといけない。

「だからと言って王子たる余にこんな仕打ちをしていいわけがないだろう! 今すぐ余を……」

「グダグダうるさいから本題に戻すわ。この場で愚かにも婚約破棄などというものを告げた理由を教えなさい」

 無駄話を聞いている暇は私にはない。
 それに場所が場所、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないだろう。もちろん、もはや会場は大騒ぎだし取り返しがつかないかも知れないけれど。

「…………。お前が、そんな口の利き方をするからだ! 余の伴侶となるお前は、余を尊重し一番に考えるべきだ! なのにその全く逆ではないか! これはあまりにも許しがた――」

「うるさい」

 私は氷魔法を放ち、アホ王子の腹部に命中させる。
 直撃したら溶けるようになっているし、激痛はあるだろうが死にはしない。王子は散々呻き悶えた後、ようやく大人しくなった。

 私はこの学園でもトップクラスの魔法使い。舐められちゃ困るわよ?

「あなたを一番に考えるから、あなたを教育しなければいけないのよ。甘やかせばあなたが思い上がるだけでしょう。そうしたらこの国は破滅だわ」

「……。そ、それは……」

「問答無用。他に何か婚約破棄の理由はあるかしら? 見せしめのように大勢の前で宣言したわけだもの、当然ながら私に恨みがあるのでしょう?」

 アフォックスは私をじっと見上げる。
 何よその気色悪い視線は。目で犯してるんじゃないわよバカ。

「己のバカさ加減に気づけば、サリーナの態度も多少マシになるかと……」

「その言葉、そのままそっくりお返しするわ。バカなのはあなたでしょう? こんな恥を晒してしまった以上、王太子にふさわしくないと思われるわよね。第一に。婚約は、王家と我が侯爵家が結んだもの。そう簡単に破棄してはそれは両家の友好関係の断絶を意味するのだけれど。ということはこちら側は王家へ反乱を起こしてもいいのよね? 侯爵家が王家にどれだけ貢献しているか知っているかしら?」

「…………」

 すっかり黙ってしまったアホ王子。
 きっと言い返す言葉もないのだろう。私はいっそ彼を哀れに思った。

「さて、自分のバカっぷりとアホっぷりが充分にわかった? 今なら見逃してあげるから、素直に謝るのね」

 そう言いながら私は、王子に詰め寄る。
 するとさすがに負けを認めたようだ。

「――わかった、わかったから! 余が悪かった、お前との婚約破棄は撤回する」

「謝罪は?」

「すまない! 本当はお前を愛しているのだ! クソ恥ずかしいっ」

 これでよし。
 アフォックス王子が私を好きなことくらいわかっていたが言葉にされるとほんの少しだけ嬉しい。
 満足し、私は笑みを漏らした。そしてアフォックス王子を壁に貼り付けていた氷柱を取っ払い、彼を自由にした。

「二度とこのようなバカな行いはしないことね。今度こそは見限るわよ」

「ああ。でもサリーナ、お前はもう少し余に優しくしてくれても……」

「――死になさい」

 王子の体が、また高く宙を舞った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ああ、バカだわ本当に。どうして私、あんなアホを好きになったのかしらね」

 卒業パーティーを終えて一人、私は口の中だけで呟いた。
 いいのは顔だけであり、勉強も運動も魔法も何もかもがダメダメだというのに、私は彼を見捨てることができないのだ。
 あと何度困らされるのだろう。そんなことを思いながら、ため息をこぼすのであった。
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