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第二十八話 皇家の秘宝
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パーティーは幕を下ろし、城へ戻ってきた。
パーティー以前もすでに婚約者扱いだったが、真に婚約を結んで周囲から向けられる目は変わった。
羨み。皇族に連なる者に対する畏れ。
皇帝に気に入られただけのただの小娘に過ぎないミリアが畏れを抱かれるのは変な感じだけれど、冷酷非道の血まみれ皇帝の妻なのだから当然なのかも知れない。
――まあ、別にどうでもいいんだけど。
陛下に甘やかされる毎日を送りながら、ミリアはずっと考えていた。
自分の次なる目的をいつ果たしてやろうか、と。
つまりは皇家の秘宝を盗むことである。
それもただ盗むだけではなく、陛下を含む城の者たちに一切バレない完璧な状況を整えなければならない。
城の中の書庫で文献を漁り、あるいは噂に聞き耳を立てて、在処を探るための努力はしている。けれどもなかなか有力な情報が掴めなかった。
さすがは正体不明と言われる秘宝なだけはある。
皇家の秘宝を盗むなんて、今までの努力を無駄にしかねない危険なことであるのは百も承知だ。
それでもコソ泥の性には抗えなかったし、それに、フォークロス伯に若干馬鹿にされたことが癪だった。
「依頼を完遂して皇妃に選ばれたからって、のほほんと過ごすだけの腑抜けに成り下がったりはしてやらないわよ」
陛下から向けられる優しさにただただ甘んじていたい。
それが本心からでも、たとえ演技でも構わない――そんな風に思いそうになる自分は見て見ぬふりをした。
ミリアは陛下を恋に堕としたのであって間違っても堕とされたわけではないのだ。どうせ真の姿を晒せば嫌われるに決まっている相手に心を預けるなど、愚か者のすることだから。
ミリアが欲するのは皇家の秘宝だけだ。
好きなものを満足に食べられる毎日がある。立派な寝床がある。綺麗な衣服がある。だからもう、秘宝の他には何もいらない。
だというのに。
――全然ダメねぇ。
秘宝入手のための手を尽くしたが、ミリアとて限界はある。
探れど探れど何もわからなさ過ぎる。こんなことをやっていても時間の無駄だ。
やがて自力で秘宝の情報を集めるのを諦めたミリア。
しかし彼女はふと、良案を思いついた。
いっそのこと陛下に訊いてしまえばいいのではないか、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
皇家の秘宝というものがある。
久しくその存在を脳内から追いやっていた皇帝の記憶を揺すり起こさせたのは、先日婚約者となったばかりの女――ミリアであった。
「そういえば、以前ちらりと聞いたことがあるのですけれど……皇家の秘宝というものがあるそうですわね?」
「ああ」
「もしかしてこのお部屋にあったりしますのかしら」
青く輝く眼は、興味津々さを隠そうともしていない。
あえて無邪気に振る舞っているように皇帝には見え、思わずスッと目を細める。
「秘宝、か。……そんなもの、貴女には無関係だろう」
「あら、どうしてですか? もうじき皇家に入るのですもの、知っていて損はないかと」
彼女の艶やかな声が、皇帝の鼓膜を、そしてどこか息の詰まる部屋の空気を震わせた。
ここは城の地下。皇帝が毎日のように足を運んでいる執務室である。
「余が政務をするところを見てみるか?」とミリアを誘い、連れてきたのだ。
しばらくは大人しく皇帝の仕事を見ていたが、すぐに部屋をきょろきょろと見回し始めたミリアが放ったのが、皇家の秘宝に関する問いだった。
「普通、執務室は地上にあるものでしょう。他の城のことは存じませんが、生家や他の貴族家がそうですわ。わざわざ執務をこの地下室でなさる理由がずっと気になっておりましたのよ」
「知っていたのか」
「それはもちろん、陛下のことは何でも知りたいですもの」
――まったく、この女という奴は。
ミリアには皇帝の何もかもを見透かされているような気がするから不思議だ。
誤魔化すのが無意味に思えて、皇帝は馬鹿正直に説明してやることにした。
「城には敵からの襲撃をされた際、外へ逃げ込めるように作られている隠し通路が複数ある。この執務室もその一つだ」
そう言いながら、執務机の隣に置かれた大きな書棚に手をかけ、ズズズと音を立てながら移動させる。
隠されていた書棚の裏に不自然な煉瓦の壁が現れ、それを指差しながら言葉を続けた。
「これは煉瓦に見えるが本当は扉で、奥に開くようになっている。ここから脱出を図り、扉の向こうに置かれた岩で扉を塞げば敵は追ってこない。先代まではただの物置であったのを余が執務室に変えた。他国の者は決して国に入れないようにしているとはいえ、それでも余はいつ命を狙われてもおかしくない身だからな」
これでミリアの疑問は解けてくれたらいいのだが、彼女の表情を見るにそうもいかないらしい。
執務室が地下にある理由の説明はついた。だがまだ皇家の秘宝については何も話していないのだから当然だった。
あれについては、はっきり言って思い出したくもない。
弱くてどうしようもなかった皇帝が……かつて皇帝ではなかった頃の彼が、みっともなく縋りついた希望。それが皇家の秘宝だ。
所詮己は作り物でしかないのだと、過去を責め立てられ、突きつけられる。
どれほど両手を血で染めても、目の前の女に優しげに振る舞っても、決して変わることのない汚点の象徴と言えた。
その存在をミリアに明かさなければならないのか。
明かさねばならないのだろう。だって、ミリアの好奇心に満ち満ちた目から皇帝は逃れられないから。
「故にこそ、貴女の考えもまた正しい。皇家の秘宝は確かにこの部屋にある」
「まあっ、本当ですの?」
「余以外の手に渡さないためだ。――あれは語るのも憚られる、安易に使ってはならないものだ」
あんなものを目にしないままで一生を終えた方がいい。
なのに。
「教えていただきありがとうございます。気をつけますわね」
そう言って微笑んだミリアのその言葉は、まるっきりの偽りであることがわかってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
陛下に訊いてみるというミリアの判断は正しかった。
おかげで、あっさりと知りたかったことが知れたのだ。
しかもいざという時の脱出経路まで教えてくれるとは、親切にもほどがあると思う。
あとは部屋のどこに秘宝が隠されているかという問題が残されているが、そんなのは些細なこと。
目星はもうついている。
『語るのも憚られる、安易に使ってはならないもの』なんて謂れがあるというが、むしろ俄然興味が湧いてくる。
――なかなかに楽しくなってきたじゃないの。
ミリアは静かに笑みを深めた。
パーティー以前もすでに婚約者扱いだったが、真に婚約を結んで周囲から向けられる目は変わった。
羨み。皇族に連なる者に対する畏れ。
皇帝に気に入られただけのただの小娘に過ぎないミリアが畏れを抱かれるのは変な感じだけれど、冷酷非道の血まみれ皇帝の妻なのだから当然なのかも知れない。
――まあ、別にどうでもいいんだけど。
陛下に甘やかされる毎日を送りながら、ミリアはずっと考えていた。
自分の次なる目的をいつ果たしてやろうか、と。
つまりは皇家の秘宝を盗むことである。
それもただ盗むだけではなく、陛下を含む城の者たちに一切バレない完璧な状況を整えなければならない。
城の中の書庫で文献を漁り、あるいは噂に聞き耳を立てて、在処を探るための努力はしている。けれどもなかなか有力な情報が掴めなかった。
さすがは正体不明と言われる秘宝なだけはある。
皇家の秘宝を盗むなんて、今までの努力を無駄にしかねない危険なことであるのは百も承知だ。
それでもコソ泥の性には抗えなかったし、それに、フォークロス伯に若干馬鹿にされたことが癪だった。
「依頼を完遂して皇妃に選ばれたからって、のほほんと過ごすだけの腑抜けに成り下がったりはしてやらないわよ」
陛下から向けられる優しさにただただ甘んじていたい。
それが本心からでも、たとえ演技でも構わない――そんな風に思いそうになる自分は見て見ぬふりをした。
ミリアは陛下を恋に堕としたのであって間違っても堕とされたわけではないのだ。どうせ真の姿を晒せば嫌われるに決まっている相手に心を預けるなど、愚か者のすることだから。
ミリアが欲するのは皇家の秘宝だけだ。
好きなものを満足に食べられる毎日がある。立派な寝床がある。綺麗な衣服がある。だからもう、秘宝の他には何もいらない。
だというのに。
――全然ダメねぇ。
秘宝入手のための手を尽くしたが、ミリアとて限界はある。
探れど探れど何もわからなさ過ぎる。こんなことをやっていても時間の無駄だ。
やがて自力で秘宝の情報を集めるのを諦めたミリア。
しかし彼女はふと、良案を思いついた。
いっそのこと陛下に訊いてしまえばいいのではないか、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
皇家の秘宝というものがある。
久しくその存在を脳内から追いやっていた皇帝の記憶を揺すり起こさせたのは、先日婚約者となったばかりの女――ミリアであった。
「そういえば、以前ちらりと聞いたことがあるのですけれど……皇家の秘宝というものがあるそうですわね?」
「ああ」
「もしかしてこのお部屋にあったりしますのかしら」
青く輝く眼は、興味津々さを隠そうともしていない。
あえて無邪気に振る舞っているように皇帝には見え、思わずスッと目を細める。
「秘宝、か。……そんなもの、貴女には無関係だろう」
「あら、どうしてですか? もうじき皇家に入るのですもの、知っていて損はないかと」
彼女の艶やかな声が、皇帝の鼓膜を、そしてどこか息の詰まる部屋の空気を震わせた。
ここは城の地下。皇帝が毎日のように足を運んでいる執務室である。
「余が政務をするところを見てみるか?」とミリアを誘い、連れてきたのだ。
しばらくは大人しく皇帝の仕事を見ていたが、すぐに部屋をきょろきょろと見回し始めたミリアが放ったのが、皇家の秘宝に関する問いだった。
「普通、執務室は地上にあるものでしょう。他の城のことは存じませんが、生家や他の貴族家がそうですわ。わざわざ執務をこの地下室でなさる理由がずっと気になっておりましたのよ」
「知っていたのか」
「それはもちろん、陛下のことは何でも知りたいですもの」
――まったく、この女という奴は。
ミリアには皇帝の何もかもを見透かされているような気がするから不思議だ。
誤魔化すのが無意味に思えて、皇帝は馬鹿正直に説明してやることにした。
「城には敵からの襲撃をされた際、外へ逃げ込めるように作られている隠し通路が複数ある。この執務室もその一つだ」
そう言いながら、執務机の隣に置かれた大きな書棚に手をかけ、ズズズと音を立てながら移動させる。
隠されていた書棚の裏に不自然な煉瓦の壁が現れ、それを指差しながら言葉を続けた。
「これは煉瓦に見えるが本当は扉で、奥に開くようになっている。ここから脱出を図り、扉の向こうに置かれた岩で扉を塞げば敵は追ってこない。先代まではただの物置であったのを余が執務室に変えた。他国の者は決して国に入れないようにしているとはいえ、それでも余はいつ命を狙われてもおかしくない身だからな」
これでミリアの疑問は解けてくれたらいいのだが、彼女の表情を見るにそうもいかないらしい。
執務室が地下にある理由の説明はついた。だがまだ皇家の秘宝については何も話していないのだから当然だった。
あれについては、はっきり言って思い出したくもない。
弱くてどうしようもなかった皇帝が……かつて皇帝ではなかった頃の彼が、みっともなく縋りついた希望。それが皇家の秘宝だ。
所詮己は作り物でしかないのだと、過去を責め立てられ、突きつけられる。
どれほど両手を血で染めても、目の前の女に優しげに振る舞っても、決して変わることのない汚点の象徴と言えた。
その存在をミリアに明かさなければならないのか。
明かさねばならないのだろう。だって、ミリアの好奇心に満ち満ちた目から皇帝は逃れられないから。
「故にこそ、貴女の考えもまた正しい。皇家の秘宝は確かにこの部屋にある」
「まあっ、本当ですの?」
「余以外の手に渡さないためだ。――あれは語るのも憚られる、安易に使ってはならないものだ」
あんなものを目にしないままで一生を終えた方がいい。
なのに。
「教えていただきありがとうございます。気をつけますわね」
そう言って微笑んだミリアのその言葉は、まるっきりの偽りであることがわかってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
陛下に訊いてみるというミリアの判断は正しかった。
おかげで、あっさりと知りたかったことが知れたのだ。
しかもいざという時の脱出経路まで教えてくれるとは、親切にもほどがあると思う。
あとは部屋のどこに秘宝が隠されているかという問題が残されているが、そんなのは些細なこと。
目星はもうついている。
『語るのも憚られる、安易に使ってはならないもの』なんて謂れがあるというが、むしろ俄然興味が湧いてくる。
――なかなかに楽しくなってきたじゃないの。
ミリアは静かに笑みを深めた。
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