社交界のコソ泥と呼ばれる似非令嬢に課されたミッションは、皇帝陛下の初恋泥棒です

柴野

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第十三話 ハリエット・ペリン公爵令嬢の来訪①

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 皇帝陛下は見かけによらず、甘いものが好物だと教えられた。
 趣味は特になく、仕事に追われてつまらない日々を過ごしていると聞かされた。剣の素振りは趣味ではないらしい。

 一つ知るごとに、攻略方法が増えていく。
 恋愛というものにおいて胃袋を掴むのが有効的と聞いたことがあるから、菓子でも作れば好感度が上がるのではないかとか、つまらない日常を彩るような特別な出来事を提供するというのはどうだろう?などという風に。

 そうして情報を得られたら実行するのみだ。
 しかし、そんな矢先――ベラ殿下の口から思わぬ人物の来訪を知らされた。

「明日、ハリエット・ペリン公爵令嬢が兄に会いにいらっしゃるって」
「………………ペリン公爵令嬢、ですの」
「知らない? 名前はミリアも聞いたことがあるんじゃないかしら。せっかくだから彼女とお茶会をしたいの。準備をお願いね」

 ふわふわとした微笑と共に告げられて、ミリアは「げっ」と呻いてしまいそうになる。
 「存じてはいますわ」と答えた声に嫌悪が滲み出てなければいいなと思った。

 ペリン公爵家のハリエット嬢といえば、社交界のコソ泥などと陰口を囁かれる似非令嬢のミリアとは反対に、才色兼備な淑女の鑑と呼ぶべき存在だ。ミリアも何度か茶会などで顔を合わせたことがある。
 褒めそやされている割にはツンと澄ました態度の典型的なお貴族様だったためあまり好印象を抱かなかったが。

 さらに、皇帝陛下の婚約者候補として最有力とされる彼女はミリアが皇帝陛下を落とさなければならなくなった理由でもある。
 諸悪の根源とまでは言わないが、面倒ごとが舞い込んできたのは紛れもなく彼女のせいである。

 ――冷静に考えると、いや、冷静に考えないでもわたしが不利にならない?

 皇帝陛下の籠絡がうまくいきはじめた時に恋敵――と言っても、所詮ハリエット嬢と皇帝陛下の婚約が結ばれるとして政略でしかないだろうけれど――が現れるなんて最悪だった。
 ベラ殿下曰く『婚約についての話』をしにくるらしい。ということはまだ婚約は本決まりではないのだろう。一度ひとたびそうなってしまったら今までの全てが破綻する。

「それだけは絶対に避けないと……」

 最愛になったって愛人では意味がない。
 婚約の話を反故にしようと皇帝陛下が思うくらいでなければ。

「何か言った?」
「いえ。明日のご準備、お手伝いいたしますわね」

 ペリン公爵令嬢と向かい合うのは、本当は最愛の座が確定してからが良かった。
 だが明日来るというのだから仕方ない。

 どうにかしてペリン公爵令嬢と皇帝陛下の婚約を阻止してやろう。ミリアは密かに決心した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 城には普段、あまり人が出入りしない。
 皇帝陛下とベラ殿下、宰相くらいなものである。使用人や護衛は辞職するまで住み込みで働くし、客人は滅多にやってこない。

 だから歓迎の準備をするのはこれが初めてである。
 筆頭公爵家の令嬢を迎え入れるともなれば手抜きは許されない。掃除等の汚れ仕事は全て下働きが担当するが、侍女は客人への紅茶と茶菓子を厳選したり、ベラ殿下の身支度を念入りにする必要があった。
 ドレスは昼間の茶会に相応しい、晴れやかな青。首元を真珠で飾れば出来上がりだ。

 それから一度自室に戻ってミリア自身の装いも整える。
 ただの侍女でいるよりも、自分こそが皇帝陛下の最愛たり得るのだと強く主張するような、誰もが目を奪われる人形のような美しい令嬢の姿の方がいいだろうと考えてのことだった。

「よし、できた」

 四人ぽっちの侍女、それから大勢の下働きが慌ただしく廊下を行き交う中で皇帝陛下の気配を探すが、どこにも見当たらない。今日ばかりは監視をやめて謁見の間でペリン公爵令嬢を待っているのだろうか。
 まあ、いい。その方がむしろ今は助かる。だって、皇帝陛下にいいように見られることを今だけは考えずに済むのだ。

 仕事をするふりをしてさりげなく窓から城の入り口にあたる門を見下ろしていると、一台の馬車がやって来て停まった。
 ミリアが社交界に赴くために使用していたフォークロス家の馬車とは比べ物にならない華やかさだ。

 ――来た。

 馬車の扉を開けて静かに降り立つのは、真紅のドレスが目を引く令嬢。
 遠目からなので顔は伺えなかった。けれども間違いない。静かで上品な歩み方にはしっかりと既視感がある。
 城内を駆け巡るハリエット・ペリン公爵令嬢の到着の報を聞く前に、ミリアはベラ殿下の元へと急いだ。

「ベラ殿下、ペリン公爵令嬢がいらっしゃったようです」
「わかった。お出迎えに参りましょう」
「ご一緒いたしますわ」

 皇帝陛下より先にベラ殿下はペリン公爵令嬢と顔を合わせたがっていた。
 お茶会の誘いをするためだ。帰りがけに声をかけたのでは断られてしまうかも知れないので、事前に約束を取り付けておくのだ。
 もちろんミリアもついていく。牽制するなら皇帝陛下とペリン公爵令嬢が顔を合わせる前が一番効果的だろうから。

 ――皇妹と公爵令嬢の会話に侍女ごときが口を挟むのはなかなか難しいと思うけど、力づくでも入り込むしかないわね。

 城のエントランスホール。
 豪華な絵画や置物が飾られているその場所にて、ベラ殿下の背後に立ち、客人と相対した。

「ごきげんよう。はるばるお越しくださってありがとう。兄に代わってお出迎えするわ」
「皇妹ベラ・メレス・アーノルド様にお迎えいただけましたこと、光栄に存じます。ペリン公爵家のハリエットでございます」

 橄欖石ペリドットのようなペリン公爵令嬢の切れ長の瞳が、静かにこちらへ向けられる。
 さらさらとした亜麻色の髪。玉のような白い肌。背丈は平均的でベラ殿下と比較すると少し低いがミリアと比べればずいぶん高い。
 淑女の礼カーテシーは一切の乱れがなく美しかった。

 ベラ殿下のお付きとして控える侍女はミリアを含めて二人。しかしペリン公爵令嬢の圧倒的な気品にやられて動けなくなったので、実質三人になった。
 そして――柔らかな微笑みを浮かべるベラ殿下と、口元を扇で覆い隠したハリエット嬢の言葉が交わされる。

「ちょうどいいお茶の葉が手に入ったから、ぜひハリエット嬢とお茶会をしたいと考えているのだけど。いかが?」
「お茶会を? ベラ様のお望みとあらば喜んで。ですがイーサン様・・・・・とお会いした後になりますけれど、それでもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん!」
「ならばお茶会、参加いたします」
「良かった。お話ししたいことがたくさんあるの。……たとえば、あの兄についてとか」

 ベラ殿下がつけ加えた一言で話の流れが変わった。
 それを肌で感じたミリアは悟る。

 ここからが自分の戦いだ、と。

「わたしも気になりますわ」

 割り込むならここしかない。
 無礼なのは承知の上。ほんの少し前のめりになって、声を上げた。
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