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第十二話 そのあとのこと

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「ラボリ男爵家って……」
「没落寸前だった、あの?」
「最強の魔法使いだそうですわよ」
「とてつもなくお強い方だと聞いた割には、ほっそりとしていらっしゃるのだな。しかも男爵令嬢だなんて」
「どうして男爵令嬢なんかが王子殿下とご婚約を」

 ヒソヒソと交わされる囁き声。
 それを聞きながらもフィルミーは堂々と胸を張り、笑みさえ浮かべていた。

 黙っていじめに耐え、怒りを押し殺すしかなかった学生時代とはもう違う。少し何か言われたくらいで気にする必要がないほどの自信を得ていたのである。

 そんな彼女の傍に寄り添うのはレオポルド王子だ。
 彼に優しい手つきでエスコートされながら、フィルミーはパーティー会場を進んだ――。



「君には王家主催の婚約パーティーに出てもらうことになる」

「婚約パーティーですか……。わかりました」

「とはいえあまり気負わなくていい。僕の継承権はずいぶん前に破棄しているから、決して王太子になることがない分、妃教育もごく簡単なものだよ」

 婚約が決定した翌日、レオポルド王子にそんなことを言われた。
 すごく簡単に済む――その言葉に騙されて少し安心したが、その実態はというとかなり厳しいものだった。

 何せ、魔術師団の仕事の傍、ドレス選びのために色々な仕立て屋を見て回ったり、王子の婚約者として求められる最低限のマナーの教育をされたり、そんな日々が一ヶ月ほど続けなければならなかったのだ。毎日倒れるようにして眠っていた。

(でもそのおかげで無事に婚約パーティーの日を迎えられたってことだもの)

 皆がフィルミーとレオポルド王子を見つめている。
 ちらりと視界の端に映るのは、悔しげにこちらを見つめるかつての同級生たちの姿。そして――元婚約者、ノディもいた。

「まさかお前、いや貴女が第二王子殿下に見初められたという噂が本当だったとは」

 彼はにこやかに近づいてくる。
 その後ろ手に隠し持っていたナイフを取り出し、フィルミーに向けながら。

「俺に迷惑をかけておきながら自分だけ幸せになろうなんて、認められるかよ、そんな――」

 恨み言を吐きながら斬りかかろうとした彼はしかし、突如として発生した土塊によって転倒した。
 しかしそれだけでは終わらない。うつ伏せの状態のまま体は天井近くまで浮上、その直後にどすんと乱暴に地に叩き落とされる。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ。
 浮いて落ちてを三度ほど繰り返したあと、ぴたりと止んだ。

 何が起こっているかわけがわからない。そんな顔をするノディにフィルミーは言ってやった。

「私、こう見えても最強の魔法使いですので。下手なことはしない方がいいですよ」

 このパーティーは王家主催なのであらゆる身分の者が集う。さらに婚約発表をするとなれば、ノディが逆恨みで何か仕掛けてくるのではということは事前に想定できていた。
 本当は火炙りにしてやっても良かったけれど、できれば騒ぎを大きくしたくない故にこの程度で許すことにしたのである。

「うぐっ、ぐあぁ……!」

 もはや呻くことしかできないようだ。
 ノディは王族の婚約者に暴挙を働こうとしたとして衛兵に連行されていった。

 同級生たちも先ほどまでフィルミーへの悪口を囁いていたものたちも、何も言わずにぶるぶると震え出す。別にこちらへ手出ししてこない限り何もするつもりはないのだが。

 まあどう思われようが別にいい。
 今はそんなことより、すぐ隣でいる彼の声に耳を傾けていたいから。

「こんなに可愛いのにいざとなれば強いなんて、今日も最高だね。今すぐ結婚したい」

「まだきちんと婚約もしていないんですから、気が早いですよ」

「それもそうだ。早く済ませようか」

 レオポルド王子が目で合図をすると国王はやれやれと言わんばかりに頷く。
 それから長々とした言葉が述べられ――最後に、宣言がなされる。

「只今より第二王子レオポルド・アーサー・ベリクリスと男爵令嬢フィルミー・ラボリの婚約は王の名の元に成った。皆、祝福するように」

 会場に響く、控えめな拍手。
 第二王子と男爵令嬢の異例の婚約。しかも二人とも相当な変わり者であるとなれば、この反応は当然なのだろう。

 でもフィルミーの心は最高に昂っていた。

(本当に、私はレオポルド殿下の婚約者になったんだ。この人と結婚するんだ)

 ぎゅっと互いを抱きしめ合い、その体温を初めて全身で味わう。
 本当は口付けもしてしまいたいが、それは結婚後のお楽しみにとっておく約束にしてあった。だから今はこれ以上のことはできない。
 でもむしろ良かった。今でさえ赤面しそうなのに、口付けなんてもっと恥ずかしかっただろうから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 婚約しても相変わらず、フィルミーは魔術師団の一員として過ごしている。
 王子妃が魔法使いだなんてと言われるだろうが、当然ここを辞めるつもりは毛頭ない。これはきっと妃となっても同じだろう。

 依然として団長はレオポルド王子、副団長はリリシアン夫人のまま。自分には団員をまとめ上げるような役職は向いていない。それに何より、ただの団員でいた方が気楽なのだった。

 仕事はレオポルド王子と共にするようになった。
 もちろん今まで通り一人でもできるのだけれど、勝手についてきてしまうのだった。そしてフィルミーも彼が傍にいると安心できる。

 きっとそう思うのは監視の目にずっと支えられてきたからだろう。
 彼が見守り続けてくれたからこそ、ここまで強くなれたのだ。

 そんな風に考えるフィルミーの手から三属性の魔法を掛け合わせた技がほとばしり、魔物たちの息の根を止める。
 その姿をレオポルド王子は楽しげに眺めていた。

「……ああ、可愛い。可愛過ぎる。今日も素敵だよ、フィルミー」

「ありがとうございます。さあさあ、感心してないでレオポルド殿下も手伝ってください」

「そうだね」

 そんな言葉と同時、残りの魔物が全て巨大な炎に炙り尽くされた。

 仕事を早く片付ければ、あとは自由時間。
 レオポルド王子と近隣の街に出かけてのんびり過ごすのが最近のフィルミーの楽しみである。

 デートというほど贅沢なものではない。
 けれど一緒に出かけるという体験を何度も重ねるうち、どんどん彼のことを知り、より一層心も体も距離が縮まっていく。

 それが嬉しくてたまらないのだった――。
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