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第十一話 求婚の答え
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体力はかなり温存してあった。
それも魔力量を抑える闘い方をレオポルド王子からしっかり学んだおかげだ。
(疲れはある。でも絶対に、この機を逃すわけにはいかない)
リリシアン夫人に勝てた。その実感が湧き自信となっている今だからこそ、レオポルド王子にも敵いそうな気がするのだ。
リリシアン夫人はかなり強力な魔法を扱っていたが、一属性だけなのでずいぶんと闘いやすかった。と言ってもあの訓練の日々がなければ勝てなかっただろうけれど。
しかし今度の相手はフィルミーを超える四属性全て。先ほどと同じように水魔法への対策をしつつ、他の魔法にも打ち勝たなくてはならないわけだ。
難易度は尋常じゃないほど高い。
今回の勝負の前に、色々考えた。
それでもなかなか答えは出なくて、いっそのこと頭の悪いやり方で決めてしまおうと思った。
自分がレオポルドに勝てるか勝てないか。それに賭けてみる。
(もしもここで負けたら、私は丁重に求婚をお断りする。でももし勝ったなら――)
彼が結婚を望んでいる方なのだから、普通に考えれば逆かも知れない。
でも、フィルミーは強いからこそ見初められたのだ。だから彼女にとって王子妃という座が相応なのかということは己の力で確かめるしかないのである。
「――――――」
大きく息を吸い込み、向かい合うレオポルド王子を見つめた。
彼はどこか優しげな目でこちらを見返してくる。
そして視線を交わらせた直後、レオポルド王子が放った無数の火球と私が作った炎魔法で火を纏わせた特別仕様の風の刃がぶつかり、凄まじい火花が散った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
闘いが始まってどれほどが経っただろうか。そう長い時間ではないと思うが、正確にはわからない。
最初は炎のぶつかり合いで開幕し、それから細やかな攻撃を互いに繰り返していたがやがて他属性の魔法でいっぺんに攻められるようになっていた。
現に今も、柔らかく、包み込むような水に追い立ててられ続けている。
水魔法での拘束は何度断ち切ろうとも再びこちらを縛ろうとしてくるし、同時に足元に無数の土を風魔法で固めることによって生成された棍棒のようなものが突き刺さらんと迫ってきた。
決して鋭利な刃を向けようとしないあたり、かなり愛のある攻撃だと感じる。炎魔法も全力ではなく、じわじわと追い詰められるようなものばかり――その方が何倍も厄介で避けるのが大変だが――だった。
(そういうところ、嫌いじゃない)
胸が高鳴る。これはきっと、恋というやつだ。
レオポルド王子にすっかり絆されている自分に苦笑したが、すぐに再び闘いへと意識を向けた。
フィルミーが釘を刺しておいたおかげなのか手加減は全くしていないようで、練習に練習を重ねた罠にもレオポルド王子はまるで引っかかってくれない。
師弟関係になっていたということはつまり彼の手の内を知ると同時、こちらの手の内を明かしたも同然の状態ということ。それだけフィルミーも不利になる。
――でも。
(彼の弱点は火魔法が特に強いところ。私みたいに満遍なく使えるんじゃなくて得意な属性が一つということは、他の属性魔法を使うのに体力を消耗するはず……!)
ただの時間稼ぎのような手。しかしこれが唯一魔術師団団長のレオポルド王子を倒し得る方法に違いないと確信していた。
その前にフィルミーの方が倒れてしまう可能性はもちろんある。ただただ防戦一方のままでは、押され続ければきっと負けるだろう。
だが当然そんなことはわかっている。故に無策ではなかった。
押されそうになった瞬間を狙って思わぬ行動を起こし、そのままの勢いで闘いを終わらせる。
「守りが固いね。もう少し僕を責めてきてくれてもいいんだよ」
「お喋りしてる暇があるんですか!」
次々と襲いくる飴状になった拘束用の魔法を斬りながら、フィルミーは答えを返す。
切羽詰まった様子を演じつつ、虎視眈々と機会を狙いながら。
「……苦戦してるのかな。じゃあ、これに耐えて見せてくれるかい?」
そう言ったレオポルド王子は全身に赤々とした炎を灯す。
リリシアン夫人のように大水を呼び寄せることも、風を巻き起こして殴りつけることも、巨大な土の塊で圧し潰すこともできない彼にとって、得意魔法の炎は切り札。
「闘いを長引かせてはつまらないからね」
まったくの同意だ。
だから――。
炎を纏った体のまま駆け寄ってきて、抱きしめられそうになった寸前。
フィルミーは風魔法を操り、宙へ浮き上がった。
これは今まで不可能だと思われてきた魔法。
人体というのはとんでもなく重く、それを持ち上げるなんて、団長にも副団長にも他の団員だって誰一人できなかった。
けれどフィルミーはこの日のために――誰にも気づかれぬよう、主に自分の寮の部屋などでこっそりと――研究を重ねるうち、やっと実現の方法を見つけたのだった。
「……っ!?」
「ぶっつけ本番だったからできるかどうか自信はありませんでしたけど、どうやら成功したみたいですね」
フィルミーが一体何をしたのかに気づいたレオポルド王子が水魔法を手に宿すが、それは無意味だった。
火魔法、風魔法、土魔法――その全てを合成した最大火力の魔法をフィルミーが放った方が早かったのだから。
特大の一撃は最後に残す。彼の教えの通りに。
「団長を下すなんてもはや化け物レベルなんじゃないかい、あのお姉さん。ちょっと信じられないよ」
「きっと愛の力ねぇ。ロマンティックだわ」
先頭で観戦していたノエル、それから自分の水魔法ですでに傷を治して復活したらしいリリシアン夫人がそんな声を交わしたり、他の団員たちもざわざわと騒いだりしている。
それほどすごいことを成し遂げたのだとフィルミーはなんだか誇らしくなった。
(これで私は紛れもない最強になったんだ)
ずっとずっと頑張ってきた。
魔術師団にスカウトされたその日からの努力がようやく報われたのだ。泣きそうなくらい嬉しかった。
大きな達成感を胸にフィルミーは、壁にもたれかかるようにして座り込むレオポルド王子を見下ろしていた。
彼は全身焼け焦げ、骨が二、三本折れているのではなかろうかという有様だ。彼自身で治していないところを見るに、それほどの体力も残っていないのだろう。
彼の怪我の治癒はあとでリリシアン夫人にでも頼んでおくとする。
それより今は彼としなければならない話があった。
「対戦ありがとうございました。楽しかったです」
「余裕、だね……。心を鬼にして……君を殺すくらいの本気で、やったんだけど」
息も絶え絶えなレオポルド王子と比べれば、フィルミーは余裕そうに見えるだろう。
本当のところは最後の一撃で魔力を全て使い切ってしまったせいで本当はフラフラなのだけれど、悟られないように笑顔を浮かべた。
「確かにレオポルド殿下の攻撃は凄まじかったですよ。でも、ずいぶんと優し過ぎますね」
「それで……君の望みは、叶った、かな?」
「はい、おかげさまで」
フィルミーはそっとレオポルド王子の手を取る。
なんと言おうか、しばらく悩んで、それから口を開いた。
「レオポルド殿下がいてくださったから今の私があります。本当に感謝しています。魔法を教わり、言葉を交わし、触れ合ううちにあなたに惹かれました。
――求婚、謹んでお受けいたします」
身分がどうだとか、釣り合わないとか、もはやどうでもいい。
彼に勝利し、この言葉を伝えられただけで満足だった。
「……ありがとう」
全身ズタボロなのに笑顔が美しく見えるのはさすが王子様だと思う。
彼はフィルミーの手の甲にそっと口付けて――それまで意識を保っているのがやっとだったのだろう。次の瞬間には意識を失ってしまっていた。
それを見届けたと同時、ふっと糸が切れたような感覚に襲われて視界がぐらりと大きく傾く。
やることは全てやり切った。きっと目覚めたら色々と忙しくなるに違いないし、今くらいは少し体を休めるとしよう。
フィルミーも静かに目を閉じ、地面に崩れ落ちた。
それも魔力量を抑える闘い方をレオポルド王子からしっかり学んだおかげだ。
(疲れはある。でも絶対に、この機を逃すわけにはいかない)
リリシアン夫人に勝てた。その実感が湧き自信となっている今だからこそ、レオポルド王子にも敵いそうな気がするのだ。
リリシアン夫人はかなり強力な魔法を扱っていたが、一属性だけなのでずいぶんと闘いやすかった。と言ってもあの訓練の日々がなければ勝てなかっただろうけれど。
しかし今度の相手はフィルミーを超える四属性全て。先ほどと同じように水魔法への対策をしつつ、他の魔法にも打ち勝たなくてはならないわけだ。
難易度は尋常じゃないほど高い。
今回の勝負の前に、色々考えた。
それでもなかなか答えは出なくて、いっそのこと頭の悪いやり方で決めてしまおうと思った。
自分がレオポルドに勝てるか勝てないか。それに賭けてみる。
(もしもここで負けたら、私は丁重に求婚をお断りする。でももし勝ったなら――)
彼が結婚を望んでいる方なのだから、普通に考えれば逆かも知れない。
でも、フィルミーは強いからこそ見初められたのだ。だから彼女にとって王子妃という座が相応なのかということは己の力で確かめるしかないのである。
「――――――」
大きく息を吸い込み、向かい合うレオポルド王子を見つめた。
彼はどこか優しげな目でこちらを見返してくる。
そして視線を交わらせた直後、レオポルド王子が放った無数の火球と私が作った炎魔法で火を纏わせた特別仕様の風の刃がぶつかり、凄まじい火花が散った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
闘いが始まってどれほどが経っただろうか。そう長い時間ではないと思うが、正確にはわからない。
最初は炎のぶつかり合いで開幕し、それから細やかな攻撃を互いに繰り返していたがやがて他属性の魔法でいっぺんに攻められるようになっていた。
現に今も、柔らかく、包み込むような水に追い立ててられ続けている。
水魔法での拘束は何度断ち切ろうとも再びこちらを縛ろうとしてくるし、同時に足元に無数の土を風魔法で固めることによって生成された棍棒のようなものが突き刺さらんと迫ってきた。
決して鋭利な刃を向けようとしないあたり、かなり愛のある攻撃だと感じる。炎魔法も全力ではなく、じわじわと追い詰められるようなものばかり――その方が何倍も厄介で避けるのが大変だが――だった。
(そういうところ、嫌いじゃない)
胸が高鳴る。これはきっと、恋というやつだ。
レオポルド王子にすっかり絆されている自分に苦笑したが、すぐに再び闘いへと意識を向けた。
フィルミーが釘を刺しておいたおかげなのか手加減は全くしていないようで、練習に練習を重ねた罠にもレオポルド王子はまるで引っかかってくれない。
師弟関係になっていたということはつまり彼の手の内を知ると同時、こちらの手の内を明かしたも同然の状態ということ。それだけフィルミーも不利になる。
――でも。
(彼の弱点は火魔法が特に強いところ。私みたいに満遍なく使えるんじゃなくて得意な属性が一つということは、他の属性魔法を使うのに体力を消耗するはず……!)
ただの時間稼ぎのような手。しかしこれが唯一魔術師団団長のレオポルド王子を倒し得る方法に違いないと確信していた。
その前にフィルミーの方が倒れてしまう可能性はもちろんある。ただただ防戦一方のままでは、押され続ければきっと負けるだろう。
だが当然そんなことはわかっている。故に無策ではなかった。
押されそうになった瞬間を狙って思わぬ行動を起こし、そのままの勢いで闘いを終わらせる。
「守りが固いね。もう少し僕を責めてきてくれてもいいんだよ」
「お喋りしてる暇があるんですか!」
次々と襲いくる飴状になった拘束用の魔法を斬りながら、フィルミーは答えを返す。
切羽詰まった様子を演じつつ、虎視眈々と機会を狙いながら。
「……苦戦してるのかな。じゃあ、これに耐えて見せてくれるかい?」
そう言ったレオポルド王子は全身に赤々とした炎を灯す。
リリシアン夫人のように大水を呼び寄せることも、風を巻き起こして殴りつけることも、巨大な土の塊で圧し潰すこともできない彼にとって、得意魔法の炎は切り札。
「闘いを長引かせてはつまらないからね」
まったくの同意だ。
だから――。
炎を纏った体のまま駆け寄ってきて、抱きしめられそうになった寸前。
フィルミーは風魔法を操り、宙へ浮き上がった。
これは今まで不可能だと思われてきた魔法。
人体というのはとんでもなく重く、それを持ち上げるなんて、団長にも副団長にも他の団員だって誰一人できなかった。
けれどフィルミーはこの日のために――誰にも気づかれぬよう、主に自分の寮の部屋などでこっそりと――研究を重ねるうち、やっと実現の方法を見つけたのだった。
「……っ!?」
「ぶっつけ本番だったからできるかどうか自信はありませんでしたけど、どうやら成功したみたいですね」
フィルミーが一体何をしたのかに気づいたレオポルド王子が水魔法を手に宿すが、それは無意味だった。
火魔法、風魔法、土魔法――その全てを合成した最大火力の魔法をフィルミーが放った方が早かったのだから。
特大の一撃は最後に残す。彼の教えの通りに。
「団長を下すなんてもはや化け物レベルなんじゃないかい、あのお姉さん。ちょっと信じられないよ」
「きっと愛の力ねぇ。ロマンティックだわ」
先頭で観戦していたノエル、それから自分の水魔法ですでに傷を治して復活したらしいリリシアン夫人がそんな声を交わしたり、他の団員たちもざわざわと騒いだりしている。
それほどすごいことを成し遂げたのだとフィルミーはなんだか誇らしくなった。
(これで私は紛れもない最強になったんだ)
ずっとずっと頑張ってきた。
魔術師団にスカウトされたその日からの努力がようやく報われたのだ。泣きそうなくらい嬉しかった。
大きな達成感を胸にフィルミーは、壁にもたれかかるようにして座り込むレオポルド王子を見下ろしていた。
彼は全身焼け焦げ、骨が二、三本折れているのではなかろうかという有様だ。彼自身で治していないところを見るに、それほどの体力も残っていないのだろう。
彼の怪我の治癒はあとでリリシアン夫人にでも頼んでおくとする。
それより今は彼としなければならない話があった。
「対戦ありがとうございました。楽しかったです」
「余裕、だね……。心を鬼にして……君を殺すくらいの本気で、やったんだけど」
息も絶え絶えなレオポルド王子と比べれば、フィルミーは余裕そうに見えるだろう。
本当のところは最後の一撃で魔力を全て使い切ってしまったせいで本当はフラフラなのだけれど、悟られないように笑顔を浮かべた。
「確かにレオポルド殿下の攻撃は凄まじかったですよ。でも、ずいぶんと優し過ぎますね」
「それで……君の望みは、叶った、かな?」
「はい、おかげさまで」
フィルミーはそっとレオポルド王子の手を取る。
なんと言おうか、しばらく悩んで、それから口を開いた。
「レオポルド殿下がいてくださったから今の私があります。本当に感謝しています。魔法を教わり、言葉を交わし、触れ合ううちにあなたに惹かれました。
――求婚、謹んでお受けいたします」
身分がどうだとか、釣り合わないとか、もはやどうでもいい。
彼に勝利し、この言葉を伝えられただけで満足だった。
「……ありがとう」
全身ズタボロなのに笑顔が美しく見えるのはさすが王子様だと思う。
彼はフィルミーの手の甲にそっと口付けて――それまで意識を保っているのがやっとだったのだろう。次の瞬間には意識を失ってしまっていた。
それを見届けたと同時、ふっと糸が切れたような感覚に襲われて視界がぐらりと大きく傾く。
やることは全てやり切った。きっと目覚めたら色々と忙しくなるに違いないし、今くらいは少し体を休めるとしよう。
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