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第十話 稽古、試合、そして……
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魔術師団に入ってきた新人、フィルミー・ラボリが異様というか、異例であることをノエルは肌で感じていた。
幼いながらにかつては団長のレオポルド王子、副団長のアメリア・リリシアン夫人に次ぐ強さだった彼は、今まで様々な特訓を重ねてきた。それを軽々と超えていってしまうのだから、フィルミーは磨けば磨くほど光る逸材であることは間違いない。
「あれを見つけてきた団長は本当に有能だよね。でも、勢い余って尾け回すのはどうかと思うけど」
「不埒な真似はしていないのだから別にいいのではなくて? 殿下、とうとう彼女に求婚なさったみたいだし」
リリシアン夫人はにこにこと微笑みながら言う。
彼女はレオポルド王子と同期であり、彼のことはずいぶんと昔から知っているらしい。そしてフィルミーとも親しくしているため、二人が結ばれるのは嬉しいことなのだろう。
「それで、お姉さんは話を受けたのかな?」
「さて、どうかしら。そこまでは聞いていないけれど、王城に入り浸っているところを見るに悪い結果にはならなかったんじゃないかしらねぇ」
ここ最近、フィルミーは仕事の依頼が入っている時にだけ魔術師団本部に姿を現し、それ以外はずっとレオポルド王子と共に王城にいる。
一体何をしているやら……。まあ、おおかたの想像はつくが。
男爵家の出身なのに最強の魔術師にして王子妃になろうだなんて前代未聞。
でもノエルも彼女の努力は近くで見ていたので、なんだか応援したくなった。
「お姉さんならきっと、もうすぐ最強に手が届いちゃうんだろうな。僕も頑張らないと」
そう呟きながら、ノエルはいずれ――たとえ何年後、何十年後になろうとも――彼女を追い抜き返すべく、魔法の自主鍛錬を始めるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただひたすら撃つだけじゃ魔術師としては二流。特大の一撃は最後に残し、それまでは魔力を温存しながら細やかな戦い方をするのがいい」
レオポルド王子にそう言われ、フィルミーは王城の一角にて魔力の調節を猛練習していた。
魔法を極めていくうち、最初の頃よりはずいぶん魔力量が多くなり、大きな一撃を連発できるようになったし、罠を仕掛ける技術も日に日に伸ばしていっている。
奇襲のやり方から、時たま現れるらしい人間より百倍は図体のでかい魔物と戦う際に使える、風を利用して相手の穴という穴に圧をかけ、ぺしゃんこに潰してしまう魔法なんていうものもあった。
が、中でも魔力の調節というのは難しいものだ。
今までフィルミーは独学だったのもあって、常に全力で戦ってきた。だからどうしても感覚が掴みにくいのだ。
目に見えないほどの小さな火球、相手をつまずかせるための小規模な土魔法、せいぜい少し肌を裂くほどの風の刃。しかしそれは使いようで最大の武器になり得るらしい。
「息を潜めるような感じでやるんだ。そうするとほら、微細な魔力が指から漏れる。その応用だよ」
「やってみます」
「素直で可愛いな。早く結婚したい」
今さらっとまた求婚された気がするが、それはさておき。
さすが団長とだけあって彼の教えはとても的確だった。
フィルミーはそれに従い、確実にこなしていく。彼を魔法の師にしてから、できることがたくさん増えた。
そうして夕暮れ間近まで練習を続け、レオポルド王子が「そろそろ」と言ったらその日は終わり。
そして馬車で魔術師団員の寮の一人部屋まで送り届けてもらうのがもはや毎日恒例となっている。
馬車の中、レオポルド王子は決まって肩と肩が触れ合いそうなほど近くに座ってくる。もちろん横並びだ。
ふと横を盗み見れば彼の横顔は信じられないくらいに美しい。平凡顔のフィルミーなんてとても釣り合わないくらいに。
(きっと見劣り、するだろうな)
ドレスを纏って彼の隣に並び立つ自分の姿を思い浮かべ、なんとも言えない気持ちになる。
リリシアン夫人に勝ち、レオポルド王子と戦ったとして、そのあと本当にフィルミーは彼からの求婚を受け入れるべきなのだろうか。
「なかなか君の魔法技術は上達してきたね。もう教えることも少なくなってきたよ。魔力量を抑えることができれば合格というところかな」
「そうですか。ありがとうございます」
つまりもうすぐ彼とこうして過ごす日々も終わりということだ。
自分が強くなっていくのは嬉しいはずなのに、少し名残惜しく思っている自分がいる。もう少し彼とこうしていたい、そう思うようになったのは一体いつの頃だっただろう。
ノディとは比べ物にならないほど優しく、フィルミーを正確に評価し、その上で認めてくれるレオポルド王子。しかもかなりの美丈夫。
一緒にいるうち欠点の一つや二つ見つかると思っていた。そもそもこっそりフィルミーを尾け回し、わざわざ婚約者にしたいと選んだような変人だし。
なのにどうしてか一つも欠点らしい欠点が見えてこないのだ。王族らしく威風堂々としていないところくらいか。しかしそれもフィルミーにとっては付き合いやすく、好ましく感じた。
はっきり言おう。こんなの、惚れないわけがない。
けれど芽生えてしまったこの想いは一体どうしたらいいのか、フィルミーにはわからないでいる。
だからひたすら今は、最強を目指すのだ。そのうちきっと答えは見つかるに違いないと信じて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオポルド・アーサー・ベリクリス。
第二王子として生を受けた彼だったが、自分がずいぶんと変わっている自覚は幼い頃からあった。
王族として堅苦しく生きるのが嫌だった。王族だからというだけで偉ぶる理由がわからなかった。
学べばその理由がわかるのかと考えて王子教育を早々に終えてしまったものの、それでもどうにも納得がいかない。そんな時にふと魔法に手を出して、それからその世界の沼にはまっていった。
同い年の令嬢アメリア、将来リリシアン夫人となる彼女が魔術師団というところに入ると聞いて、ワガママを通してレオポルドもその世界に飛び込み、いつの間にか団長にまで上り詰めて、そして今に至る。
その間に何度も何度も婚約話が持ち上がったが、全て破談にした。レオポルドは気づいたのだ。華や宝石を愛でるだけのつまらない令嬢より、強い女が好きなのだと。
そんな女はなかなかいなかった。アメリアには今は夫となった婚約者がいたし、かといって彼女以上に強いのは自分以外に見かけたことがなかった。
だが、レオポルドはとうとう見つけたのだ。フィルミー・ラボリという名の逸材を。
一目惚れとでも言うべきだろうか。彼女を見た瞬間に自分が求めていたのはこの少女だったのだと確信した。
確かに見た目は地味な部類かも知れないが、素朴な顔立ちも、茶色のクリっとした瞳もさらさらした綺麗な茶髪もなかなかに悪くないと思った。
一年間彼女を陰ながら見守って、彼女のひたむきさを知って、ますます好きになっていった。そして彼女を一時的に弟子とした今もその気持ちは変わらない。
(一生懸命な姿が今日も眩しい。結婚したい)
水魔法以外の全ての魔法を使いこなしただでさえ強かったのに日毎に腕を上げるフィルミー。
それを眺め、指導しながらも、レオポルドの胸中は彼女への想いでいっぱいだった。
(最強になるということはつまり、このあと僕も超えるつもりなんだろう。僕が実践すると必ず前のめりになって見ているから間違いなく僕の癖を覚えるつもりだ。勉強熱心なところが本当にすごい。好きだ。彼女と戦いたくはないけどきっと手抜きすれば不服に思うだろう。失望されるかも知れない。だから彼女を信じて本気を出そう。怪我をさせたら責任を持って水魔法で即治療だ。そうしたら彼女はどんな顔をしてくれるかな――)
間違いなく彼の心の声を聞いたらフィルミーはドン引きするだろうが、ほんの一部しか――「可愛い」とか「結婚したい」くらいは言ってしまうことがあるが、ほとんど漏らしていないので大丈夫だ。
レオポルドの愛は重い。それを彼女が知ることになるのは、無事に結ばれたあとだろう。
その分婚約を断られたら深く傷つくのは間違いない。しかしそれならそれでおとなしく身を引こうという覚悟もある。
今、レオポルドは一世一代の賭けをしているのだ。
彼女に少しでも好かれているかはいまいち自信が持てない。それでも彼女のためならなんだってしようと心に誓い、全身全霊をかけていたのだった。
フィルミーの稽古に付き合うようになってしばらく。
レオポルドが教えた全てをやってみせ、成功させたフィルミーはいよいよリリシアン夫人へ挑むことになった。
彼女は水属性だけ。しかし水を飴状にし相手の体を拘束する束縛魔法や、水を弾丸のように放ったり、大水を呼び寄せるなど多種多様な魔法を得意とする、なかなかの強者だ。
(まあ、僕はフィルミーの勝ちを信じてるけどね)
久々に足を踏み入れた魔術師団本部、その一室で試合は行われる。
レオポルドはもちろん、ノエルを筆頭に他の団員が見守る中、フィルミー・ラボリとアメリア・リリシアンの激闘が幕を開け――。
勝負は目にも止まらぬ速さで展開された。
フィルミーの体を縛ろうとしたリリシアン夫人の拘束魔法。それが一瞬にして無数の風の刃によって断ち切られ、リリシアン夫人が踏みしめていた地面が盛り上がり急激な斜面と化して、ぐらりと体勢を崩す。
夫人の背後にフィルミーがこっそり仕込んでおいた大きな火球を発生する。それを水魔法を応用した盾で守られるものの、フィルミーは頭上から不意打ちで魔力量を抑えた炎の雨を降らせた。
夫人は寸手で手から水魔法を放って炎の雨を退けた。だが本命はこれではない。
突風のような風魔法で彼女を大きく吹き飛ばす。それから細やかな風の刃を突き立て、全身から血を吹き出させた。
「……強くなったのねぇ。痛い。痛いわ。久々に、負けたかも」
「私、勝てたんですね」
「ええ。これは間違いなくわたくしの完敗よ。副団長の座は、あなたに譲るべきかもね」
「いいえ」
ゆるゆると首を振ったフィルミーは、言い切った。
「私はただの団員でも構いません。だって目標は、彼を超えて最強になることだけですから」
そしてそれまで観戦していたレオポルドの方へと迷いない足取りでやって来る。
レオポルドをまっすぐ見つめてくる茶色の瞳を、彼はまっすぐ見返した。
「レオポルド殿下。私と戦っていただけますか」
「――いいのかい? 僕は結構強いけど」
「そんなことは承知の上。あなたの求婚にお答えする前に、私は最強の魔法使いになりたい。もちろん手加減は抜きでお願いしますね」
レオポルドは頷いた。
(いい、いいよ、その表情。まるで歴戦の戦士のようだ。強くて凛々しくて可愛い君と手合わせできるだなんて、僕は幸せ者だよ)
そんな風に心の中で囁きながら。
幼いながらにかつては団長のレオポルド王子、副団長のアメリア・リリシアン夫人に次ぐ強さだった彼は、今まで様々な特訓を重ねてきた。それを軽々と超えていってしまうのだから、フィルミーは磨けば磨くほど光る逸材であることは間違いない。
「あれを見つけてきた団長は本当に有能だよね。でも、勢い余って尾け回すのはどうかと思うけど」
「不埒な真似はしていないのだから別にいいのではなくて? 殿下、とうとう彼女に求婚なさったみたいだし」
リリシアン夫人はにこにこと微笑みながら言う。
彼女はレオポルド王子と同期であり、彼のことはずいぶんと昔から知っているらしい。そしてフィルミーとも親しくしているため、二人が結ばれるのは嬉しいことなのだろう。
「それで、お姉さんは話を受けたのかな?」
「さて、どうかしら。そこまでは聞いていないけれど、王城に入り浸っているところを見るに悪い結果にはならなかったんじゃないかしらねぇ」
ここ最近、フィルミーは仕事の依頼が入っている時にだけ魔術師団本部に姿を現し、それ以外はずっとレオポルド王子と共に王城にいる。
一体何をしているやら……。まあ、おおかたの想像はつくが。
男爵家の出身なのに最強の魔術師にして王子妃になろうだなんて前代未聞。
でもノエルも彼女の努力は近くで見ていたので、なんだか応援したくなった。
「お姉さんならきっと、もうすぐ最強に手が届いちゃうんだろうな。僕も頑張らないと」
そう呟きながら、ノエルはいずれ――たとえ何年後、何十年後になろうとも――彼女を追い抜き返すべく、魔法の自主鍛錬を始めるのだった。
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「ただひたすら撃つだけじゃ魔術師としては二流。特大の一撃は最後に残し、それまでは魔力を温存しながら細やかな戦い方をするのがいい」
レオポルド王子にそう言われ、フィルミーは王城の一角にて魔力の調節を猛練習していた。
魔法を極めていくうち、最初の頃よりはずいぶん魔力量が多くなり、大きな一撃を連発できるようになったし、罠を仕掛ける技術も日に日に伸ばしていっている。
奇襲のやり方から、時たま現れるらしい人間より百倍は図体のでかい魔物と戦う際に使える、風を利用して相手の穴という穴に圧をかけ、ぺしゃんこに潰してしまう魔法なんていうものもあった。
が、中でも魔力の調節というのは難しいものだ。
今までフィルミーは独学だったのもあって、常に全力で戦ってきた。だからどうしても感覚が掴みにくいのだ。
目に見えないほどの小さな火球、相手をつまずかせるための小規模な土魔法、せいぜい少し肌を裂くほどの風の刃。しかしそれは使いようで最大の武器になり得るらしい。
「息を潜めるような感じでやるんだ。そうするとほら、微細な魔力が指から漏れる。その応用だよ」
「やってみます」
「素直で可愛いな。早く結婚したい」
今さらっとまた求婚された気がするが、それはさておき。
さすが団長とだけあって彼の教えはとても的確だった。
フィルミーはそれに従い、確実にこなしていく。彼を魔法の師にしてから、できることがたくさん増えた。
そうして夕暮れ間近まで練習を続け、レオポルド王子が「そろそろ」と言ったらその日は終わり。
そして馬車で魔術師団員の寮の一人部屋まで送り届けてもらうのがもはや毎日恒例となっている。
馬車の中、レオポルド王子は決まって肩と肩が触れ合いそうなほど近くに座ってくる。もちろん横並びだ。
ふと横を盗み見れば彼の横顔は信じられないくらいに美しい。平凡顔のフィルミーなんてとても釣り合わないくらいに。
(きっと見劣り、するだろうな)
ドレスを纏って彼の隣に並び立つ自分の姿を思い浮かべ、なんとも言えない気持ちになる。
リリシアン夫人に勝ち、レオポルド王子と戦ったとして、そのあと本当にフィルミーは彼からの求婚を受け入れるべきなのだろうか。
「なかなか君の魔法技術は上達してきたね。もう教えることも少なくなってきたよ。魔力量を抑えることができれば合格というところかな」
「そうですか。ありがとうございます」
つまりもうすぐ彼とこうして過ごす日々も終わりということだ。
自分が強くなっていくのは嬉しいはずなのに、少し名残惜しく思っている自分がいる。もう少し彼とこうしていたい、そう思うようになったのは一体いつの頃だっただろう。
ノディとは比べ物にならないほど優しく、フィルミーを正確に評価し、その上で認めてくれるレオポルド王子。しかもかなりの美丈夫。
一緒にいるうち欠点の一つや二つ見つかると思っていた。そもそもこっそりフィルミーを尾け回し、わざわざ婚約者にしたいと選んだような変人だし。
なのにどうしてか一つも欠点らしい欠点が見えてこないのだ。王族らしく威風堂々としていないところくらいか。しかしそれもフィルミーにとっては付き合いやすく、好ましく感じた。
はっきり言おう。こんなの、惚れないわけがない。
けれど芽生えてしまったこの想いは一体どうしたらいいのか、フィルミーにはわからないでいる。
だからひたすら今は、最強を目指すのだ。そのうちきっと答えは見つかるに違いないと信じて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオポルド・アーサー・ベリクリス。
第二王子として生を受けた彼だったが、自分がずいぶんと変わっている自覚は幼い頃からあった。
王族として堅苦しく生きるのが嫌だった。王族だからというだけで偉ぶる理由がわからなかった。
学べばその理由がわかるのかと考えて王子教育を早々に終えてしまったものの、それでもどうにも納得がいかない。そんな時にふと魔法に手を出して、それからその世界の沼にはまっていった。
同い年の令嬢アメリア、将来リリシアン夫人となる彼女が魔術師団というところに入ると聞いて、ワガママを通してレオポルドもその世界に飛び込み、いつの間にか団長にまで上り詰めて、そして今に至る。
その間に何度も何度も婚約話が持ち上がったが、全て破談にした。レオポルドは気づいたのだ。華や宝石を愛でるだけのつまらない令嬢より、強い女が好きなのだと。
そんな女はなかなかいなかった。アメリアには今は夫となった婚約者がいたし、かといって彼女以上に強いのは自分以外に見かけたことがなかった。
だが、レオポルドはとうとう見つけたのだ。フィルミー・ラボリという名の逸材を。
一目惚れとでも言うべきだろうか。彼女を見た瞬間に自分が求めていたのはこの少女だったのだと確信した。
確かに見た目は地味な部類かも知れないが、素朴な顔立ちも、茶色のクリっとした瞳もさらさらした綺麗な茶髪もなかなかに悪くないと思った。
一年間彼女を陰ながら見守って、彼女のひたむきさを知って、ますます好きになっていった。そして彼女を一時的に弟子とした今もその気持ちは変わらない。
(一生懸命な姿が今日も眩しい。結婚したい)
水魔法以外の全ての魔法を使いこなしただでさえ強かったのに日毎に腕を上げるフィルミー。
それを眺め、指導しながらも、レオポルドの胸中は彼女への想いでいっぱいだった。
(最強になるということはつまり、このあと僕も超えるつもりなんだろう。僕が実践すると必ず前のめりになって見ているから間違いなく僕の癖を覚えるつもりだ。勉強熱心なところが本当にすごい。好きだ。彼女と戦いたくはないけどきっと手抜きすれば不服に思うだろう。失望されるかも知れない。だから彼女を信じて本気を出そう。怪我をさせたら責任を持って水魔法で即治療だ。そうしたら彼女はどんな顔をしてくれるかな――)
間違いなく彼の心の声を聞いたらフィルミーはドン引きするだろうが、ほんの一部しか――「可愛い」とか「結婚したい」くらいは言ってしまうことがあるが、ほとんど漏らしていないので大丈夫だ。
レオポルドの愛は重い。それを彼女が知ることになるのは、無事に結ばれたあとだろう。
その分婚約を断られたら深く傷つくのは間違いない。しかしそれならそれでおとなしく身を引こうという覚悟もある。
今、レオポルドは一世一代の賭けをしているのだ。
彼女に少しでも好かれているかはいまいち自信が持てない。それでも彼女のためならなんだってしようと心に誓い、全身全霊をかけていたのだった。
フィルミーの稽古に付き合うようになってしばらく。
レオポルドが教えた全てをやってみせ、成功させたフィルミーはいよいよリリシアン夫人へ挑むことになった。
彼女は水属性だけ。しかし水を飴状にし相手の体を拘束する束縛魔法や、水を弾丸のように放ったり、大水を呼び寄せるなど多種多様な魔法を得意とする、なかなかの強者だ。
(まあ、僕はフィルミーの勝ちを信じてるけどね)
久々に足を踏み入れた魔術師団本部、その一室で試合は行われる。
レオポルドはもちろん、ノエルを筆頭に他の団員が見守る中、フィルミー・ラボリとアメリア・リリシアンの激闘が幕を開け――。
勝負は目にも止まらぬ速さで展開された。
フィルミーの体を縛ろうとしたリリシアン夫人の拘束魔法。それが一瞬にして無数の風の刃によって断ち切られ、リリシアン夫人が踏みしめていた地面が盛り上がり急激な斜面と化して、ぐらりと体勢を崩す。
夫人の背後にフィルミーがこっそり仕込んでおいた大きな火球を発生する。それを水魔法を応用した盾で守られるものの、フィルミーは頭上から不意打ちで魔力量を抑えた炎の雨を降らせた。
夫人は寸手で手から水魔法を放って炎の雨を退けた。だが本命はこれではない。
突風のような風魔法で彼女を大きく吹き飛ばす。それから細やかな風の刃を突き立て、全身から血を吹き出させた。
「……強くなったのねぇ。痛い。痛いわ。久々に、負けたかも」
「私、勝てたんですね」
「ええ。これは間違いなくわたくしの完敗よ。副団長の座は、あなたに譲るべきかもね」
「いいえ」
ゆるゆると首を振ったフィルミーは、言い切った。
「私はただの団員でも構いません。だって目標は、彼を超えて最強になることだけですから」
そしてそれまで観戦していたレオポルドの方へと迷いない足取りでやって来る。
レオポルドをまっすぐ見つめてくる茶色の瞳を、彼はまっすぐ見返した。
「レオポルド殿下。私と戦っていただけますか」
「――いいのかい? 僕は結構強いけど」
「そんなことは承知の上。あなたの求婚にお答えする前に、私は最強の魔法使いになりたい。もちろん手加減は抜きでお願いしますね」
レオポルドは頷いた。
(いい、いいよ、その表情。まるで歴戦の戦士のようだ。強くて凛々しくて可愛い君と手合わせできるだなんて、僕は幸せ者だよ)
そんな風に心の中で囁きながら。
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