8 / 12
第八話 彼との再会
しおりを挟む
第二王子レオポルド・アーサー・ベリクリス殿下。
フィルミーにとってはあまりにも殿上人過ぎるその人の婚約打診にどう答えるべきか……手紙を読んでからというもの、頭を悩ませ続けていた。
婚約解消して嫁ぎ先を失ったばかりだから、悪い話ではないけれど。
フィルミーは自分が王子妃になれるような人材なんて少しも思っていないし、何より王家などに嫁いだら、魔術師団の仕事が続けられなくなってしまうかも知れない。
けれど王族からの誘いを断るなんてすれば、実家の男爵家が容易く潰れる可能性だってある。そう考えると、迂闊な返事はできなかった。
幸いなことに手紙は期限付きではなかったし、急いで返す必要はない。
リリシアン夫人も、「レオポルド殿下の性格的に考えてゴリ押しはしないと思うからゆっくり考えなさいな」と言っていたし。
(そもそもどこで私は目をつけられたの? 魔術師団で活躍したから? あるいは――)
以前からフィルミーのことを知っていたのか。
思い当たる節は、正直言って一つしかない。ずっとずっと疑ってはいたのだ、あの人物の正体を。
『君の魔法、すごいじゃん』
初めてフィルミーを褒めてくれたあの美丈夫。
あれがもしも第二王子だったとしたら、全ての辻褄が合うような気がした。
ただの勝手な勘違いで、第二王子は彼ではないということも考えられる。でも、もしフィルミーの推測が正しいのなら、再び会ってみたいと思った。
だから――。
(まずは会ってから婚約の話を進めるかどうか決めることにしよう)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔術師団の仕事を休んでやって来たのは王城。
まさか自分がこのような場所に足を踏み入れることになるなんて、とフィルミーはなんとも言えない気持ちになる。
もしもあのまま学園に通い、いじめられる毎日を送っていたなら、絶対にあり得なかったことだ。
今日のフィルミーの装いは、リリシアン夫人から借りた薄青の豪奢なドレスだった。社交界――フィルミーにとってはずいぶんと縁遠いものである――に出る時などに着るものらしい。
少し胸のあたりがぶかぶかだったり、腰がきつかったりするが気にしないようにしよう。
王城の門番に手紙を見せるととある一室まで案内された。
今更ながらに緊張し、全身が強張る。しかしその緊張を振り切って入室し――。
そこで待っていた美丈夫の声に迎え入れられた。
「フィルミー、こうして会うのは久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ」
一年ぶりに聞いた声。でも聞き間違えるはずもない。紛れもなく彼だ。
ぎこちない所作でドレスの裾を摘み、頭を下げた。
「お久しぶりです。……やはりあなただったのですね」
「バレていたか」
別に驚いた様子もなく美丈夫はそう言って、フィルミーに座るようにと仕草で促す。
客室であろうその部屋にはガラスのテーブルと二脚の椅子があり、レオポルド王子と向かい合うようにしてフィルミーは腰を下ろした。
そして早速本題に入る。
「私と婚約したいという話ですけど、本当なのですか」
「本気も本気さ。初めて会ったあの時、学園の視察に行っていた時から君には見どころがあると思ってたけど、一年間で立派な魔術師に成長してくれるとは思わなかった。
僕は強い女性――単純な力の問題だけじゃない強さのことだよ――が好きでね。君の強さを目にし、噂を聞いて、君を伴侶にしたいと考えるようになったんだ」
「なるほど、わかりました」
フィルミーは静かに思案した。
レオポルド王子の言葉にきっと嘘はない。でもそんなことだけで男爵令嬢に過ぎないフィルミーに婚約打診などするだろうか。
たかが一回会っただけの相手だ。言葉を交わしたことも大してない。
それなのに彼の口ぶりではこちらのことをよく知っているように感じられ、言葉にし難い違和感があった。それから彼のなんとも言えない視線にも覚えがある。
「一つ質問なのですが」
これだけはどうしても訊いておかなければならないと思った。
「レオポルド殿下、私をずっと影から監視し続けていた理由を聞かせてください」
その問いかけに、レオポルド王子はわずかに沈黙する。
それから小さく肩を揺らして、ニヤリと口角を上げた。
「そうか。君は僕の思っていた以上に鋭いみたいだ。――面白い」
フィルミーにとってはあまりにも殿上人過ぎるその人の婚約打診にどう答えるべきか……手紙を読んでからというもの、頭を悩ませ続けていた。
婚約解消して嫁ぎ先を失ったばかりだから、悪い話ではないけれど。
フィルミーは自分が王子妃になれるような人材なんて少しも思っていないし、何より王家などに嫁いだら、魔術師団の仕事が続けられなくなってしまうかも知れない。
けれど王族からの誘いを断るなんてすれば、実家の男爵家が容易く潰れる可能性だってある。そう考えると、迂闊な返事はできなかった。
幸いなことに手紙は期限付きではなかったし、急いで返す必要はない。
リリシアン夫人も、「レオポルド殿下の性格的に考えてゴリ押しはしないと思うからゆっくり考えなさいな」と言っていたし。
(そもそもどこで私は目をつけられたの? 魔術師団で活躍したから? あるいは――)
以前からフィルミーのことを知っていたのか。
思い当たる節は、正直言って一つしかない。ずっとずっと疑ってはいたのだ、あの人物の正体を。
『君の魔法、すごいじゃん』
初めてフィルミーを褒めてくれたあの美丈夫。
あれがもしも第二王子だったとしたら、全ての辻褄が合うような気がした。
ただの勝手な勘違いで、第二王子は彼ではないということも考えられる。でも、もしフィルミーの推測が正しいのなら、再び会ってみたいと思った。
だから――。
(まずは会ってから婚約の話を進めるかどうか決めることにしよう)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔術師団の仕事を休んでやって来たのは王城。
まさか自分がこのような場所に足を踏み入れることになるなんて、とフィルミーはなんとも言えない気持ちになる。
もしもあのまま学園に通い、いじめられる毎日を送っていたなら、絶対にあり得なかったことだ。
今日のフィルミーの装いは、リリシアン夫人から借りた薄青の豪奢なドレスだった。社交界――フィルミーにとってはずいぶんと縁遠いものである――に出る時などに着るものらしい。
少し胸のあたりがぶかぶかだったり、腰がきつかったりするが気にしないようにしよう。
王城の門番に手紙を見せるととある一室まで案内された。
今更ながらに緊張し、全身が強張る。しかしその緊張を振り切って入室し――。
そこで待っていた美丈夫の声に迎え入れられた。
「フィルミー、こうして会うのは久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ」
一年ぶりに聞いた声。でも聞き間違えるはずもない。紛れもなく彼だ。
ぎこちない所作でドレスの裾を摘み、頭を下げた。
「お久しぶりです。……やはりあなただったのですね」
「バレていたか」
別に驚いた様子もなく美丈夫はそう言って、フィルミーに座るようにと仕草で促す。
客室であろうその部屋にはガラスのテーブルと二脚の椅子があり、レオポルド王子と向かい合うようにしてフィルミーは腰を下ろした。
そして早速本題に入る。
「私と婚約したいという話ですけど、本当なのですか」
「本気も本気さ。初めて会ったあの時、学園の視察に行っていた時から君には見どころがあると思ってたけど、一年間で立派な魔術師に成長してくれるとは思わなかった。
僕は強い女性――単純な力の問題だけじゃない強さのことだよ――が好きでね。君の強さを目にし、噂を聞いて、君を伴侶にしたいと考えるようになったんだ」
「なるほど、わかりました」
フィルミーは静かに思案した。
レオポルド王子の言葉にきっと嘘はない。でもそんなことだけで男爵令嬢に過ぎないフィルミーに婚約打診などするだろうか。
たかが一回会っただけの相手だ。言葉を交わしたことも大してない。
それなのに彼の口ぶりではこちらのことをよく知っているように感じられ、言葉にし難い違和感があった。それから彼のなんとも言えない視線にも覚えがある。
「一つ質問なのですが」
これだけはどうしても訊いておかなければならないと思った。
「レオポルド殿下、私をずっと影から監視し続けていた理由を聞かせてください」
その問いかけに、レオポルド王子はわずかに沈黙する。
それから小さく肩を揺らして、ニヤリと口角を上げた。
「そうか。君は僕の思っていた以上に鋭いみたいだ。――面白い」
11
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説

[完]出来損ない王妃が死体置き場に捨てられるなんて、あまりにも雑で乱暴です
小葉石
恋愛
国の周囲を他国に囲まれたガーナードには、かつて聖女が降臨したという伝承が残る。それを裏付ける様に聖女の血を引くと言われている貴族には時折不思議な癒しの力を持った子供達が生まれている。
ガーナードは他国へこの子供達を嫁がせることによって聖女の国としての威厳を保ち周辺国からの侵略を許してこなかった。
各国が虎視眈々とガーナードの侵略を図ろうとする中、かつて無いほどの聖女の力を秘めた娘が侯爵家に生まれる。ガーナード王家はこの娘、フィスティアを皇太子ルワンの皇太子妃として城に迎え王妃とする。ガーナード国王家の安泰を恐れる周辺国から執拗に揺さぶりをかけられ戦果が激化。国王となったルワンの側近であり親友であるラートが戦場から重傷を負って王城へ帰還。フィスティアの聖女としての力をルワンは期待するが、フィスティアはラートを癒すことができず、ラートは死亡…親友を亡くした事と聖女の力を謀った事に激怒し、フィスティアを王妃の座から下ろして、多くの戦士たちが運ばれて来る死体置き場へと放り込む。
死体の中で絶望に喘ぐフィスティアだが、そこでこその聖女たる力をフィスティアは発揮し始める。
王の逆鱗に触れない様に、身を隠しつつ死体置き場で働くフィスティアの前に、ある日何とかつての夫であり、ガーナード国国王ルワン・ガーナードの死体が投げ込まれる事になった……………!
*グロテスクな描写はありませんので安心してください。しかし、死体と言う表現が多々あるかと思いますので苦手な方はご遠慮くださいます様によろしくお願いします。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

婚約破棄され、超絶位の高い人達に求婚された件
マルローネ
恋愛
侯爵家の御曹司と婚約していたテレサだったが、突然の婚約破棄にあってしまう。
悲しみに暮れる間もなく追い出された形になったが天は彼女を見放さなかった。
知り合いではあったが、第二王子、第三王子からの求婚が舞い降りて来たのだ。
「私のために争わないで……!」
と、思わず言ってしまう展開にテレサは驚くしかないのだった……。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜
まさかの
恋愛
この国の始祖である一族として、何不自由無く生きてきたマリアは不思議な夢の中でいきなり死の宣告を受けた。
夢のお告げに従って行動するが、考えなしに動くせいで側近たちに叱られながらも、彼女は知らず知らずのうちに次期当主としての自覚が芽生えていくのだった。
一年後に死ぬなんて絶対にいや。
わたしはただカッコいい許嫁と逢瀬を楽しんだり、可愛い妹から頼られたいだけなの!
わたしは絶対に死にませんからね!
毎日更新中
誤字脱字がかなり多かったので、前のを再投稿しております。
小説家になろう、ノベルアップ+、マグネットでも同小説を掲載しております

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる