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第七話 婚約解消、直後の婚約打診
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「どうして学園からいなくなった!!」
一年ぶりの再会、真っ先に投げかけられた言葉がそれだった。
場所はラボリ男爵家。山のようにやって来ていたノディの手紙に返事を書き、ここで顔を合わせることになったのである。
ノディの生家で会う手もあったが、何をされるかわからないのでやめておいた。
まあ怒るのも無理もない、とは思う。手紙の一つでも寄越せば良かった。でも――。
「どうして、と言われましても。私が今一体何の仕事をしているかご存知ないのですか?」
「知るわけがないだろう。勝手にお前が姿を消して、俺がどれほど恥をかいたかわかっているのか!」
そんなの知らない。というかどうでもいい。
そう思いながらフィルミーはノディを眺めた。
くたびれた黒髪、くすんだ青の瞳。決して健康的とは言えない。彼はそれなりに顔が整っていたのだが、それも見る影もなかった。
きっとフィルミーに見放されたとでも言われて嘲笑の対象になったに違いない。
しかしだから何だというのだ。だってフィルミーはずっとそれに耐えてきた。文句一つ漏らすことなく。
「忘れたわけではないでしょう、魔術師団からのスカウトが来たのを。あそこで今も私は魔術師団の団員として今も働いているんですよ」
「お前なんかが働き続けられるわけがないだろう……! どうせ見栄を張っているだけだ。あんな連中から目をつけられたからってなんだっていうんだ。
婚約者との交流を欠かし、恥をかかせたお前は大罪人だ。地味なお前が俺より出しゃばろうとするんじゃないっ!!」
またそれだ。フィルミーが地味だから、何を言っても許されると思っているのだ。
ほんの少し腹が立って――ついうっかり手のひらの上に炎を揺らめかせてしまった。
「おうわぁっ!?」
情けない悲鳴を上げて飛び退くノディ。
フィルミーはふっと笑った。
「地味? 確かに私は地味でしょう。でも、貧乏だった実家は私の収入で建て直しました。今や魔法の腕はこの国で三番目です。それでも私を、地味だからと馬鹿にし続けるのですか」
「い、今のはただ突然だったから驚いただけだ! というかお前、いつの間に魔法なんか。なんで俺に言わなかったんだ」
「言う必要がありましたか? あなたは私に己のことを話してくれとは求めなかった。ただ、私にはいじめられているか弱い女であってほしかった……それだけですよね?」
炎はもう消している。しかしノディは明らかに怯えていた。
フィルミーが無力な女ではないことが、それほどまでに都合が悪いのだろう。きっと結婚してもノディはフィルミーを馬鹿にし続け、こんな女と結婚した自分の悲劇に酔いしれたいのだ。だから――。
「婚約解消しましょう」
「……なんだと」
「婚約の解消です。あなたのような人とはもう、結婚したくないですから。もちろん多少の慰謝料はお支払いします」
「ふざけるな! そんなことをしたらお前は傷物だぞ。俺だって」
「私はいいんですよ。魔術師団を続けていられればそれで幸せですから。あなたのことは知りません」
バッサリと切り捨てる。
本当にもうノディのことは興味すらない。公爵夫人に何も言われず成り行きで結婚したとしても、すぐに破綻していたに違いなかった。
「さようなら、ノディ様。たとえ周囲のご令息に馬鹿にされたとして、自業自得ですよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ノディに度々暴言を吐かれて精神的苦痛を受けていたことなどから、負担する慰藉料額は最低限で済んだ。
フィルミーは晴れて独り身になり、今まで以上に魔術師団の仕事に全力を出すことができる。
そのはず――だったのだが。
リリシアン夫人との手合わせを控え、鍛錬を重ねている真っ最中。
フィルミーの元に一枚の手紙が届いた。
「え……」
目を見開き、絶句する。
だってそれは。
「第二王子殿下からの、お手紙?」
「そうよ。悪いことが書かれているわけじゃないから、安心なさいねぇ」
「リリシアン夫人は王子殿下とお知り合いなんですか……?」
「当然ねぇ。高位貴族ともなれば、それなりに付き合いやツテは多いから」
王家の印が押された封筒をおそるおそる開く。
悪い内容ではないとリリシアン夫人に言われたけれど、じゃあ一体何の用なのかがフィルミーには思い至らなかった。
しかしいざ手紙の文字に目を落として、さらに驚くことになる。
はっきり言って心臓が止まりそうになるほどだった。
『フィルミー・ラボリ男爵令嬢。君に婚約の打診をしたい』
流暢な字で書かれたその一言。
なん度も何度も読み返して、やっと意味を飲み込んだフィルミーはぽつりと呟いた。
「疲れてるんだな、私……」
いくら魔法の腕を上げたところで、男爵家の娘に過ぎないフィルミー・ラボリが王子殿下に見初められるなんて。
そんなこと、どう考えても正気の沙汰ではなかった。だからきっとこれはフィルミーが疲れているから見ている夢なのだ。
なのに、一度寝て起きても、手紙は現実のものとして存在していて。
フィルミーはわけがわからなくなった。
一年ぶりの再会、真っ先に投げかけられた言葉がそれだった。
場所はラボリ男爵家。山のようにやって来ていたノディの手紙に返事を書き、ここで顔を合わせることになったのである。
ノディの生家で会う手もあったが、何をされるかわからないのでやめておいた。
まあ怒るのも無理もない、とは思う。手紙の一つでも寄越せば良かった。でも――。
「どうして、と言われましても。私が今一体何の仕事をしているかご存知ないのですか?」
「知るわけがないだろう。勝手にお前が姿を消して、俺がどれほど恥をかいたかわかっているのか!」
そんなの知らない。というかどうでもいい。
そう思いながらフィルミーはノディを眺めた。
くたびれた黒髪、くすんだ青の瞳。決して健康的とは言えない。彼はそれなりに顔が整っていたのだが、それも見る影もなかった。
きっとフィルミーに見放されたとでも言われて嘲笑の対象になったに違いない。
しかしだから何だというのだ。だってフィルミーはずっとそれに耐えてきた。文句一つ漏らすことなく。
「忘れたわけではないでしょう、魔術師団からのスカウトが来たのを。あそこで今も私は魔術師団の団員として今も働いているんですよ」
「お前なんかが働き続けられるわけがないだろう……! どうせ見栄を張っているだけだ。あんな連中から目をつけられたからってなんだっていうんだ。
婚約者との交流を欠かし、恥をかかせたお前は大罪人だ。地味なお前が俺より出しゃばろうとするんじゃないっ!!」
またそれだ。フィルミーが地味だから、何を言っても許されると思っているのだ。
ほんの少し腹が立って――ついうっかり手のひらの上に炎を揺らめかせてしまった。
「おうわぁっ!?」
情けない悲鳴を上げて飛び退くノディ。
フィルミーはふっと笑った。
「地味? 確かに私は地味でしょう。でも、貧乏だった実家は私の収入で建て直しました。今や魔法の腕はこの国で三番目です。それでも私を、地味だからと馬鹿にし続けるのですか」
「い、今のはただ突然だったから驚いただけだ! というかお前、いつの間に魔法なんか。なんで俺に言わなかったんだ」
「言う必要がありましたか? あなたは私に己のことを話してくれとは求めなかった。ただ、私にはいじめられているか弱い女であってほしかった……それだけですよね?」
炎はもう消している。しかしノディは明らかに怯えていた。
フィルミーが無力な女ではないことが、それほどまでに都合が悪いのだろう。きっと結婚してもノディはフィルミーを馬鹿にし続け、こんな女と結婚した自分の悲劇に酔いしれたいのだ。だから――。
「婚約解消しましょう」
「……なんだと」
「婚約の解消です。あなたのような人とはもう、結婚したくないですから。もちろん多少の慰謝料はお支払いします」
「ふざけるな! そんなことをしたらお前は傷物だぞ。俺だって」
「私はいいんですよ。魔術師団を続けていられればそれで幸せですから。あなたのことは知りません」
バッサリと切り捨てる。
本当にもうノディのことは興味すらない。公爵夫人に何も言われず成り行きで結婚したとしても、すぐに破綻していたに違いなかった。
「さようなら、ノディ様。たとえ周囲のご令息に馬鹿にされたとして、自業自得ですよ」
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ノディに度々暴言を吐かれて精神的苦痛を受けていたことなどから、負担する慰藉料額は最低限で済んだ。
フィルミーは晴れて独り身になり、今まで以上に魔術師団の仕事に全力を出すことができる。
そのはず――だったのだが。
リリシアン夫人との手合わせを控え、鍛錬を重ねている真っ最中。
フィルミーの元に一枚の手紙が届いた。
「え……」
目を見開き、絶句する。
だってそれは。
「第二王子殿下からの、お手紙?」
「そうよ。悪いことが書かれているわけじゃないから、安心なさいねぇ」
「リリシアン夫人は王子殿下とお知り合いなんですか……?」
「当然ねぇ。高位貴族ともなれば、それなりに付き合いやツテは多いから」
王家の印が押された封筒をおそるおそる開く。
悪い内容ではないとリリシアン夫人に言われたけれど、じゃあ一体何の用なのかがフィルミーには思い至らなかった。
しかしいざ手紙の文字に目を落として、さらに驚くことになる。
はっきり言って心臓が止まりそうになるほどだった。
『フィルミー・ラボリ男爵令嬢。君に婚約の打診をしたい』
流暢な字で書かれたその一言。
なん度も何度も読み返して、やっと意味を飲み込んだフィルミーはぽつりと呟いた。
「疲れてるんだな、私……」
いくら魔法の腕を上げたところで、男爵家の娘に過ぎないフィルミー・ラボリが王子殿下に見初められるなんて。
そんなこと、どう考えても正気の沙汰ではなかった。だからきっとこれはフィルミーが疲れているから見ている夢なのだ。
なのに、一度寝て起きても、手紙は現実のものとして存在していて。
フィルミーはわけがわからなくなった。
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