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23:人間側が私の返還を要求してきました!?②

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 ――確かに愚かなのかも知れない。
 魔王陛下から言葉を「愚かだな」と言われた瞬間、私はそう思った。

 生贄と捧げられた土地で、悠々と暮らしていたことも。
 婚約破棄からのあの仕打ちというひどい過去にあえて目を向けようとしなかったことも。
 ショタ魔王子と魔王陛下のことが――あくまで同居人として、ということだが――居心地良く感じられるようになってしまっていることも。

 魔王城を歩く時、結界は一応張ってこそいるが、いざという時の襲撃に耐えられるほど頑丈に作らなくなった。ショタ魔王子が本気を出せばやられる可能性があるほどの弱さだ。
 それは彼らのことを信頼し始めていたからに他ならなくて。

 そのうち結界なしで過ごせるような……そんな仲になれるかも知れないと。そんな風に能天気に考えていた自分が愚かで哀れで、何より馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 でも、魔王陛下の言葉は単なる罵倒ではなく、どこか別の色を帯びていた気がした。

 そして彼はベリンダの瞳を真っ向から見つめ、話を続けた。

「俺がこの戯けた申し出を受けるとでも思ったか」

「……へ?」

 目線はいつものように絶対零度の冷たさなのに、言葉は少しも冷たくは聞こえなくて、私はその落差に驚いた。
 そしてもちろん、内容にも。

「誤ったからと今更花嫁を取り替えるとは、魔王たる俺への、そして魔国マニグルへの侮辱以外の何者でもないだろう。ベリンダ・パーカーズはすでに俺の花嫁となり、ベリンダ・マニグルとなった。それは魔国へ広く知れ渡ったことだ。
 今更帰国させるなど、常識的に考えてまずない。人間の国の王がなんと言おうが、決して」

「で、でも。事実私は正式な手順で選ばれた花嫁などではないのです。私はただ――」

「どんな風に選ばれたとしても、お前は俺の花嫁だ。相違あるか?」

「……ありません、けど」

 納得がいかない。
 魔王陛下は、私が間違いで嫁いできた花嫁だから、あれほど怒っていたのではなかったと言うのだ。
 それが真実だとすればまるで、私のために怒ってくれたみたいではないか。

 遠くで控えていた使い魔が魔王陛下の傍までゆらりと現れ、魔王陛下に発言許可を取った後、私に言う。

「私奴は正直、ベリンダ様と友好的な関係が結べるかどうか確信が持てません。この際だから申し上げますが、ベリンダ様のことは厄介な妃だと思っておりますから」

「……ずいぶん失礼ですね」

「しかし、魔王陛下が認められた方をみすみす他国に引き渡すことなどできかねます。きっと別の花嫁ではこの城には馴染めないでしょう。人間で魔王妃ができるような図太い女性はいない」

 いまいち評価しているのか貶しているのか、よくわからないが。
 使い魔も使い魔で私のことを見てくれていたんだとわかって、なんだか嬉しくなってしまった。

 これだけのことですぐに涙が引っ込むのだから、私は結構単純な女なのかも知れなかった。

「じゃあ、私はここにいてもいいんですか?」

「当然だろう」

 私はあくまで、お飾りの魔王妃という生贄同然の存在のはずなのに。
 どうしてこんなに高待遇なのかはわからない。でも。

「ありがとうございます。本当に、感謝します」

 私は初めて、魔王陛下に心からの感謝を告げた。
 ちょうど頭を下げたので見えなかったが、魔王陛下の刺すような視線がほんの少し柔らかくなったような気がした。

 ……もちろんただの気のせいかも知れないけれど。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私はそれから今まで以上に部屋に引きこもり、結界の中に隠れ潜みながら日々を過ごした。
 少し味気なくはあるが、魔王陛下がきちんと私の故郷の国の国王としっかり話をつけてくれるまでの間の我慢だ。

 魔王城の守りは固いし、魔物で溢れ返っているので簡単に人間が忍び込めるような場所ではないが、念のためである。

 きちんと人間側が納得し、引き下がってくれれば万々歳。
 最悪人間国との戦争になるかも知れないが、その時はなるべく無血で終わらせてほしいものだ。

 ――どうか私の平和で快適なお飾りの妻生活がこの先も続けられますように。
 居心地のいい部屋のベッドで寝転びながら、私は祈った。
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