上 下
46 / 50

第四十六話 諦め切れないから

しおりを挟む
 グレースたちがいなくなると、広間にはしばらく呆然として突っ立つ人々の姿が見られた。
 しかしそのうちに皆我に返ってバタバタと動き出す。多くの者は彼女らの後を追おうとして王に制止され、残りの者は恐怖に震え上がり、大騒ぎが始まる。

 一方でジェイミーはその様子をどこか他人事のようにただじっと見つめていた。
 結局、彼女は――お義姉様は何をしたかったのだろうと、そう思いながら。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その後は大変だった。
 国王とハーピー公爵、並びに他の重要貴族たちが緊急で会議を開き、協議。
 結局はなんとか平穏にことが済んだらしいが、ワードン伯爵家は取りつぶしになった上、アグリシエ侯爵夫妻もしばらくは顔を出さないようにと言いつけられ、王城を追い出されていった。
 他の貴族たちも慌ただしく広間を出ていった。

 そして、残されたのは国王に王妃、ハドムン、ジェイミーの四人だけになった。

「……ハドムンよ。この度の失態、グレース嬢に許されたとていい気にはなるな。余たちは判断を誤っていたのだ」

 国王の言葉に、ジェイミーの隣に立つハドムンが深く頷く。
 いくらグレースが王太子であるハドムンへ唾をかけた事実があるとはいえチャラになる話では全然ない。彼らはジェイミーのせいで、国家を揺るがしかねない大事件を引き起こしてしまったのだ。一歩間違えば命はなかった。
 王妃の視線がスッとこちらへ向けられる。

「ジェイミー・アグリシエ。あなたが我が王家の顔に泥を塗ったのです。自覚はありますね?」

「……はい、わかっておりますわ王妃殿下」

「あの優秀な娘を冤罪で陥れたなど、到底許されていいはずがありません。やはりあなたは王妃としての素質がない田舎娘だったようです。早々にここを立ち去り、勝手に没落でも何でもなさい」

 王妃の言葉を受け、ジェイミーは震えた。
 当然の話だ。『打倒義姉作戦』に失敗し、敗れ、これだけしでかしたことが露呈したのだから。でも……。

「お義姉様は」

 ジェイミーを許すどころか、言外に「お幸せに」と、そう笑っていたのだ。
 酷いことをし続けた、憎くてたまらない義妹に違いない自分に笑いかけた。その事実がジェイミーの胸に刺さる。

 義姉はジェイミーがどうなることを望んでいたのだろう。
 わからない。わからないが、ジェイミーは。

「ハドムン様が……ハドムン様がそれを望むのであれば、わたしは戻らせていただきますわ。わたしがどれだけの大罪を犯したかの自覚はございますの。ですが、どうしてもハドムン様のお言葉をいただいて決断したく」

 王妃がわかりやすく顔を顰めた。「ハドムン、どうなのです。まさかその娘を妃にするなど申さないでしょうね?」

 ハドムンはじっとジェイミーを見つめている。
 彼は被害者だ。きっとジェイミーのことを嫌い、拒絶するだろう。それでもいい。だが彼の言葉を聞くまではどうしても諦め切れないから。
 彼のことを本気で好きになってしまったことを今更ながら後悔した。

「――ハドムン様」

 呼びかけるとハドムンの黒い瞳が揺らめいた。
 しばしの沈黙が流れる。――そして、

「二人で、話させてほしい」

 ジェイミーに優しい微笑みを向け、彼女をあの庭園へと連れ出したのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 すぐに婚約破棄を突きつけられると思っていた。
 『愛している』とは言われた。だが、ジェイミーの本性を知られた以上、好きなままでいてくれるはずがない。
 なのに彼からは少しも冷たさが感じられなくて戸惑う。一体、どうしてここまで連れて来たのだろう……?

 この庭園は思い出の場所だ。
 最初、グレースがハドムンにお茶会へ呼ばれた時、おまけのようについて行ったのが彼との初めての出会いだった。
 その時、金髪のキラキラな王子様と義姉が仲良くしているのを見て――『王妃様になるだなんてずるい。この人はわたしのもの!』と心の中で宣言したのが全ての始まりだったのをよく覚えている。

 そして接触を増やしハドムンを手に入れた後、ここで「お義姉様にいじめられている」と涙を流してお願いして。
 よくこの場所でハドムンと二人の茶会を開いたことも思い出す。そして、本気で彼への気持ちを自覚したのも……。

「ああ、懐かしいわ……」

 全てが遠いことのように感じられる。
 あの時もし、彼と出会っていなかったら。あの時もし、嘘をついていなかったら。
 もしもの話をしても今更仕方ないのにそんな風に考えてしまうのは何故だろう。

「――ジェイミー」

 自分の名前を呼ぶ声がして振り返ると、そこにはハドムンの顔があった。
 いつになく真剣な目でじっと見つめてくる。ジェイミーは作り笑いをした。

「ハドムン様は、わたしを見損ないましたか? わたしと出会ったこと、後悔していらっしゃいますわよね」

「――――」

 沈黙が返ってくる。
 ジェイミーは不安になりながらも続けた。

「お義姉様はわたしを許してくださいましたわ。でも、わたしがお義姉様にしたのはあまりに酷いことで……ハドムン様を騙してしまったのです。わたしはただ、あなた様がお義姉様のものになるのが許せなかっただけ。お義姉様だけ幸せになるなんてずるい。ただその一心であなたを振り向かせ、お義姉様を突き放した。……笑ってしまいますわね。所詮、わたしは平民ですもの。何もかもを持っているお義姉様が羨ましく、妬ましかったのですわ。
 わたしのような女、王妃殿下のおっしゃる通り、王太子妃や王妃にふさわしくない……ですわよね。でも、でもっ」

 声が詰まった。その先の言葉が出てこず、代わりに涙が溢れてしまう。
 泣くべきじゃない。そんなことはジェイミーにだってわかっているのに、止まらなくなった。

「わたし……ハドムン様のことが好きなのっ……! でも……こんなのって!」

 せめて突き放してくれれば良かった。それだったらジェイミーだって、「負けてやるものか」と強がって、ハドムンにしがみつくこともできたかも知れない。
 けれど、最後に見た栗色髪の少女は厳しくも優しく、だからこそジェイミーは自分で自分を許せなくなってしまったのだ。

「わたしを、捨てて……。そしたらわたし、諦められるから」

 ――なのに。

「心配するな。私はお前を愛している」

 ハドムンは笑顔でそう言い切り、ジェイミーの唇を奪った。
 こんなの、初めてじゃないはずなのに、胸の鼓動が一気に激しくなる。
 なぜ、どうして。そんな疑問の言葉が次々に浮かんだ。

「は、ハドムン様は……どうして」

「たとえジェイミーが悪女だったとしても、ジェイミーは可愛い。私のたった一人の天使だからだ」

「そんなっ。だってわたし、罪人も同然ですわ! ワードン伯爵夫人を使ってお義姉様を暗殺しようともしました。それに冤罪で処刑させようとも」

「知っている。それでも大好きな気持ちはどうにもできない。私は王太子である以前に君の婚約者で、一人の男なのだから」

 震えた。
 どうしようもなく、震えた。

「約束しただろう? 一生支え続けると。だからこれからも私の傍にいてくれ、ジェイミー。罪人同士、お互い力を合わせて生きていこうじゃないか」

「――っ」

 どんなに自分に言い訳してもやはり諦め切れないから。だから――頷いて、彼の手をもう一度握ってしまった。
 お義姉様ごめんなさいと、そう心の中で呟きながら。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 王妃を筆頭とし、反対の声を上げる周囲の貴族たちを黙らせることは容易ではなかった。
 それでも二人の強固な意志と愛で押し通し、放置していた公務や教育などに積極的に取り組むなどして、一月ひとつき後に無事、幸せで輝かしい結婚式を挙げることになる。

 魔物被害が激減したこともあり国民は祝賀ムード一色、大きなパレードが行われたほどだ。
 その裏で活動を続けた冒険者たちの名が公に知れ渡るようになったのはほとんど同じ頃である。ジェイミー王太子妃はその話を聞いて、嬉しそうに微笑んだのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...