上 下
44 / 50

第四十四話 追い詰められたアホ王子

しおりを挟む
「……まさか」

 大罪人グレース。
 彼女が諸悪の根源など信じて来たというのに、それが大きく揺らぐ事態を前にして、ハドムンは狼狽えていた。

 ――グレースが王弟殿下を誘拐・殺害した。
 そこまでは良かった。「やはり追放処分では足りなかった。処刑してようやく彼女とのけじめがつけられる」とむしろ喜んでいたくらいだ。
 グレースを捕らえ、国王などの元に断罪する……はずだった。なのに。

 突然白髪の男が広間へやって来て、グレースを拘束していた兵士どもを吹き飛ばした。
 その凄まじい光景に目を見張っていると、ハーピー公爵まで現れる。わけがわからない状態の中、グレースの王弟暗殺疑惑が冤罪であったのだと証明されていく。
 ……もっとも、本当に王弟を殺したのはグレースなのだが、事情を聞けば確かに正当防衛だ。

 本当なのかと反論したい。
 でも、ハーピー公爵は抜け目のない人間だ。いくら味方のものであろうとも、偽証はしない。だが、それでは。

 ――ジェイミーが大嘘つきだということになるのではないだろうか?

「そんなの聞いてませんわ! 誰よあんた、何よ何よ何よっ! 何勝手なことしてくれてますのよ、このクソ女は最悪な大罪人なのよっ!? わたしを暇さえあれば馬鹿にして、嗤って! 冤罪なんて……わたしが悪いみたいじゃないの。お義姉様、あんたが仕組んだのね!? こうなるってわかってたから平気な顔をしてたんでしょ!? ずるいっ。ここはわたしの舞台なのに。これが終わったらわたしは幸せに、ハドムンと幸せに! なんであんたがそんな男とベタベタしてこっちを見てるわけ!? 大体その男何様のつもりなのっ。わたしは侯爵令嬢よ。わたしはハドムンの婚約者なのよ……。ずるい、ずるいですわ。最初からこのつもりで」

 直後、彼女が叫んだのは悪意の塊だった。
 それを聞いてハドムンは青ざめる。そして全てを理解し――震えた。

 ジェイミーは、ハドムンの天使は、義姉に嫉妬しただけなのだ。
 嫉妬のあまり「ずるい」を爆発させ、あることないことハドムンへ吹聴した。だとすれば、あの鞭打ちの形跡でさえ、グレースの言っていた自傷行為でつけたものなのかも知れない。

 根幹がガタリと崩れていく音がした。

 もしも。
 もしもグレース・アグリシエだったあの少女が、罪なき人だったとしたら?
 ハドムンは彼女から色々な物を奪ってしまった。金も、名声も、王妃という座も。

 謝るだけでは済まないだろうな、とぼんやり思った。

 しかし同時に頭をよぎったのは、彼女の義妹の存在。
 例えジェイミーがグレースを貶めたのだとしても、ハドムンは最後まで彼女を庇ってやらねばならない。

『信じろジェイミー。私もできうる限り、支えてやる。一生、約束だ。――愛してる』

 過去に彼女へかけた言葉が脳裏に蘇った。
 そうだ。約束したのだ。それであれば、ジェイミーを、例え悪女であろうとも支えてやりたいと思った。

 ではどうしてグレースは切り捨てたのか。彼女だって婚約破棄当時は元婚約者で、彼からすれば悪女であり、守らなければいけない存在だったというのに。
 ハドムンはその疑問に思い当たり、しかしすぐに一つの結論を出す。ハドムンもまた、彼女に嫉妬していたからだろうと。

 グレース・アグリシエという少女はあまりにも何もかも出来すぎた。
 例えば社交は大得意だったし、王妃教育も済ませて学歴は超優秀。魔法も何もかもが彼女の方が上。並び立つと自分が劣って見えてハドムンは嫌だった。
 ……そのせいでジェイミーを選んでしまった。しかし今はそのことを後悔している暇はないし、後悔したくもない。ハドムンはジェイミーを愛している。ただそれだけでいいのだから。

 泣き叫ぶジェイミーに、「謝罪なさい」とグレースは言った。
 それが彼女なりの義妹への思いやりか。一方で、どこまでも冷たい視線をジェイミーに向ける白髪の男は何なのだろうとハドムンは腹立たしく思った。

 お前にはそんな目で見られる理由はない。不敬だぞと叫びかけ、気づく。
 白髪に……紅色の瞳……? そんな、まさか。

 サァーっと血の気が引いていくのがわかる。
 ハドムンは慌ててジェイミーの前に出た。このままでは彼女が危険だと、そう思ったから。

「この度の件の責は私にある。ジェイミー・アグリシエに全てを指示したのは私だ。決して、ジェイミーの意思ではない!」

 あの男から愛する彼女を庇うため、ハドムンは大嘘を吐いた。
 あの男だけはやばい。例え身代わりになって自分が殺されたとしても、この男の恨みを買ってジェイミーが殺されることだけは避けなければならなかった。

 畜生。どうして今まで気がつかなかったのだろうか。
 戦士などと自称していた上に服装も雰囲気も大きく変わっていた。でも確かに声や仕草は見たことがあるものだったというのに。
 この国は終わりかも知れない、とハドムンは思い、絶望した。

 栗色髪の少女がわずかに目を見開き、背後で震える少女も息を呑むのがわかる。
 そして同時に白髪の青年が静かに笑ったのをハドムンは見逃がさない。

 彼は言った。

「ジェイミー・アグリシエが罪人なのは確証が取れている。……アホ王子、あまりに追い詰められたからってそれは卑怯というものだよ。まあ、それが君にとっての精一杯の愛の表現なんだろうけどね」

「違っ、そんなわけじゃ」

「僕はグレーが許すというなら許す。被害者はグレーだから、彼女が決めることだ」

 ハドムンは押し黙ることしかできない。
 本当ならあいつの鼻っ柱をへし折ってやりたいと思いながら、咄嗟とはいえこんな愚行に走ったことを悔やんだ。

 でもいい。
 ジェイミーを守れるのだとしたら、どんな辱めだって受けてやる。
 だって彼女は何があってもハドムンの天使なのだから。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...