上 下
41 / 50

第四十一話 再会のジェイミー

しおりを挟む
 暗く冷たい牢獄の中、ヒタヒタという足音が聞こえて来た。
 それを耳にした瞬間にグレースは微笑みを浮かべ、閉じていた目をそっと開ける。そして彼女の予想は外れていなかった。

「お義姉様――いいえ、グレース、久しぶりね」

 ネイビーブルーの髪に、グレースによく似た空色の瞳。
 以前見た時よりも健康そうに見える。しかしその敵意がこもった視線は以前と何も変わっていない。
 それに口調も乱暴になっている。でもきっとこれが彼女の素なのだろうと思った。

 ジェイミー・アグリシエ。それが数ヶ月ぶりに再会を果たした彼女の名前だった。

「あらあらジェイミー、よくこんなところまで来ましたね。元気そうで何よりです。どうやらマゾヒスト的な趣味が治ったようで安心しました」

「マゾヒストじゃないわよ。あんたに仕返しするためにわざわざやってたのくらいわかるでしょ、このクソ女」

「仮にもあなたは侯爵令嬢なのですから口汚いことはあまり言わない方がいいですよ? ――さて、ワタクシに何の用があってここまで来たのか、じっくりお話を聞かせていただきましょうね?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 グレースが馬車で王城へ連行され、地下牢に押し込められてから、ジェイミーがやって来たのはまもなくのことだ。
 つまり彼女はグレースが逮捕されることを知っていた。むしろその主犯なのだろう。

 ジェイミーと本気で話せる機会など他人の目がない今しかない。そう思い、グレースはしばし義妹と言葉を交わすことにした。

「質問させていただきましょう。どうして、今更ワタクシを捕らえようなどと思ったのです?」

「あんたが、わたしを貶めようとするからよ」

 憎々しげな目でこちらを睨み、ジェイミーが言った。
 思い当たる節がないと首を傾げるグレースに彼女は思い切り罵声を浴びせた。

「あんたが! 公爵家と手を組んでこの国をひっくり返すつもりなんでしょ!? それを怖がった王妃と国王がハドムンを王太子から降ろして王弟の娘と公爵の息子を結婚させて将来の国王・王妃にするって言ってたわ! じゃ、じゃあわたしは一体どうなるって言うのよっ。侯爵家になんかいたくないの! あんな父親と一緒に一生を過ごすなんて考えたら……。
 これはきっとあんたの復讐なんでしょ? 公爵と手を組んで、あんたを追い出したわたしたちがどうしても許せなくて、こんなことしたんでしょ?
 じゃあ、あんたさえいなければわたしはハドムンといられる。邪魔者は消さなきゃ、わたしの幸せのためにね」

 グレースはすっかり押し黙ってしまった。
 なんと言ってやればいいのか。ハドムンが廃太子になる可能性は考えていたが、しかしそれを阻止するためにジェイミーが動いたとは驚きだ。
 それに、

「あなた、父上のことが嫌いだったのですか?」

 あんなにも愛されていたのに?
 グレースには一切向けなかった愛情を見せていたのに、どうしてジェイミーが嫌っているのだろうか理解ができない。

「あんたは勘違いしてるみたいだけど、あいつはわたしが生まれてから何年も何年もほったらかしにしたの。わたしがどんなに苦しく暮らしてても、全然助けてくれなかった。……その罪悪感のせいで可愛がっているふりはしてるけど、わたしは信じられない」

 言われてみれば、そうだった。
 ジェイミーは前妻、つまりグレースの母親が死ぬまでどこに住んでいたか聞かされていなかった。でも彼女の口ぶりから想像するに、どこかで乞食のようにして暮らしていたのではなかろうか。
 あんなにもジェイミーを愛でていた父親。でも考えてみれば、実の娘を冷遇するような父親なのだから、優しい人であるはずがない。この部分に関してはジェイミーに深く同情した。

「ですが、だからと言って他人ひとに冤罪を着せていいというものではありません。あなたたちには真っ向から戦うという選択肢があったはずでしょう。公爵が攻めて来るという情報が掴めているのであれば、備えをしたり交渉したりする猶予が残されていたのではないですか?」

「知らないわよ! 勝手に全部国王と王妃が決めるのっ。わたしにはこれしかできなかった! 大体、あんたはずっとずっとずるいのよ! わたしの義姉だからって偉そうで、わたしと生まれが違うからって何でも優秀で、そしてせっかく手に入れたわたしの幸せまでぶち壊しにしようとして。……処刑されて、当然よ」

「……そうですか。それならば仕方ありませんね」

 グレースは悲しげに微笑んで見せた。
 しかし彼女は内心で、ジェイミーという少女を憐れんでいた。自分より上に立つことでしか満足できない彼女を可哀想だとそう思ったのだ。
 だから、

「手の届かぬ雲を追い求めている者は、足元の花を踏み潰してしまう。……それはよくよくお考えなさい」

「ふんっ。これから処刑されるような女に何を言われる筋合いもないわ! せいぜい約束の時間までメソメソ泣きながら恨み言を呟いていてちょうだい、お義姉様?」

「そうですね。では、また後で」

 そう言って、腹違いの姉妹は互いを睨みつけ合いながら別れる。
 グレースはジェイミーの後ろ姿を見送りながら呟いた。

「さて。本当に天罰が下されるのはあなたとワタクシ、どちらでしょうね?」と。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...