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第四十一話 再会のジェイミー
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暗く冷たい牢獄の中、ヒタヒタという足音が聞こえて来た。
それを耳にした瞬間にグレースは微笑みを浮かべ、閉じていた目をそっと開ける。そして彼女の予想は外れていなかった。
「お義姉様――いいえ、グレース、久しぶりね」
ネイビーブルーの髪に、グレースによく似た空色の瞳。
以前見た時よりも健康そうに見える。しかしその敵意がこもった視線は以前と何も変わっていない。
それに口調も乱暴になっている。でもきっとこれが彼女の素なのだろうと思った。
ジェイミー・アグリシエ。それが数ヶ月ぶりに再会を果たした彼女の名前だった。
「あらあらジェイミー、よくこんなところまで来ましたね。元気そうで何よりです。どうやらマゾヒスト的な趣味が治ったようで安心しました」
「マゾヒストじゃないわよ。あんたに仕返しするためにわざわざやってたのくらいわかるでしょ、このクソ女」
「仮にもあなたは侯爵令嬢なのですから口汚いことはあまり言わない方がいいですよ? ――さて、ワタクシに何の用があってここまで来たのか、じっくりお話を聞かせていただきましょうね?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グレースが馬車で王城へ連行され、地下牢に押し込められてから、ジェイミーがやって来たのはまもなくのことだ。
つまり彼女はグレースが逮捕されることを知っていた。むしろその主犯なのだろう。
ジェイミーと本気で話せる機会など他人の目がない今しかない。そう思い、グレースはしばし義妹と言葉を交わすことにした。
「質問させていただきましょう。どうして、今更ワタクシを捕らえようなどと思ったのです?」
「あんたが、わたしを貶めようとするからよ」
憎々しげな目でこちらを睨み、ジェイミーが言った。
思い当たる節がないと首を傾げるグレースに彼女は思い切り罵声を浴びせた。
「あんたが! 公爵家と手を組んでこの国をひっくり返すつもりなんでしょ!? それを怖がった王妃と国王がハドムンを王太子から降ろして王弟の娘と公爵の息子を結婚させて将来の国王・王妃にするって言ってたわ! じゃ、じゃあわたしは一体どうなるって言うのよっ。侯爵家になんかいたくないの! あんな父親と一緒に一生を過ごすなんて考えたら……。
これはきっとあんたの復讐なんでしょ? 公爵と手を組んで、あんたを追い出したわたしたちがどうしても許せなくて、こんなことしたんでしょ?
じゃあ、あんたさえいなければわたしはハドムンといられる。邪魔者は消さなきゃ、わたしの幸せのためにね」
グレースはすっかり押し黙ってしまった。
なんと言ってやればいいのか。ハドムンが廃太子になる可能性は考えていたが、しかしそれを阻止するためにジェイミーが動いたとは驚きだ。
それに、
「あなた、父上のことが嫌いだったのですか?」
あんなにも愛されていたのに?
グレースには一切向けなかった愛情を見せていたのに、どうしてジェイミーが嫌っているのだろうか理解ができない。
「あんたは勘違いしてるみたいだけど、あいつはわたしが生まれてから何年も何年もほったらかしにしたの。わたしがどんなに苦しく暮らしてても、全然助けてくれなかった。……その罪悪感のせいで可愛がっているふりはしてるけど、わたしは信じられない」
言われてみれば、そうだった。
ジェイミーは前妻、つまりグレースの母親が死ぬまでどこに住んでいたか聞かされていなかった。でも彼女の口ぶりから想像するに、どこかで乞食のようにして暮らしていたのではなかろうか。
あんなにもジェイミーを愛でていた父親。でも考えてみれば、実の娘を冷遇するような父親なのだから、優しい人であるはずがない。この部分に関してはジェイミーに深く同情した。
「ですが、だからと言って他人に冤罪を着せていいというものではありません。あなたたちには真っ向から戦うという選択肢があったはずでしょう。公爵が攻めて来るという情報が掴めているのであれば、備えをしたり交渉したりする猶予が残されていたのではないですか?」
「知らないわよ! 勝手に全部国王と王妃が決めるのっ。わたしにはこれしかできなかった! 大体、あんたはずっとずっとずるいのよ! わたしの義姉だからって偉そうで、わたしと生まれが違うからって何でも優秀で、そしてせっかく手に入れたわたしの幸せまでぶち壊しにしようとして。……処刑されて、当然よ」
「……そうですか。それならば仕方ありませんね」
グレースは悲しげに微笑んで見せた。
しかし彼女は内心で、ジェイミーという少女を憐れんでいた。自分より上に立つことでしか満足できない彼女を可哀想だとそう思ったのだ。
だから、
「手の届かぬ雲を追い求めている者は、足元の花を踏み潰してしまう。……それはよくよくお考えなさい」
「ふんっ。これから処刑されるような女に何を言われる筋合いもないわ! せいぜい約束の時間までメソメソ泣きながら恨み言を呟いていてちょうだい、お義姉様?」
「そうですね。では、また後で」
そう言って、腹違いの姉妹は互いを睨みつけ合いながら別れる。
グレースはジェイミーの後ろ姿を見送りながら呟いた。
「さて。本当に天罰が下されるのはあなたとワタクシ、どちらでしょうね?」と。
それを耳にした瞬間にグレースは微笑みを浮かべ、閉じていた目をそっと開ける。そして彼女の予想は外れていなかった。
「お義姉様――いいえ、グレース、久しぶりね」
ネイビーブルーの髪に、グレースによく似た空色の瞳。
以前見た時よりも健康そうに見える。しかしその敵意がこもった視線は以前と何も変わっていない。
それに口調も乱暴になっている。でもきっとこれが彼女の素なのだろうと思った。
ジェイミー・アグリシエ。それが数ヶ月ぶりに再会を果たした彼女の名前だった。
「あらあらジェイミー、よくこんなところまで来ましたね。元気そうで何よりです。どうやらマゾヒスト的な趣味が治ったようで安心しました」
「マゾヒストじゃないわよ。あんたに仕返しするためにわざわざやってたのくらいわかるでしょ、このクソ女」
「仮にもあなたは侯爵令嬢なのですから口汚いことはあまり言わない方がいいですよ? ――さて、ワタクシに何の用があってここまで来たのか、じっくりお話を聞かせていただきましょうね?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グレースが馬車で王城へ連行され、地下牢に押し込められてから、ジェイミーがやって来たのはまもなくのことだ。
つまり彼女はグレースが逮捕されることを知っていた。むしろその主犯なのだろう。
ジェイミーと本気で話せる機会など他人の目がない今しかない。そう思い、グレースはしばし義妹と言葉を交わすことにした。
「質問させていただきましょう。どうして、今更ワタクシを捕らえようなどと思ったのです?」
「あんたが、わたしを貶めようとするからよ」
憎々しげな目でこちらを睨み、ジェイミーが言った。
思い当たる節がないと首を傾げるグレースに彼女は思い切り罵声を浴びせた。
「あんたが! 公爵家と手を組んでこの国をひっくり返すつもりなんでしょ!? それを怖がった王妃と国王がハドムンを王太子から降ろして王弟の娘と公爵の息子を結婚させて将来の国王・王妃にするって言ってたわ! じゃ、じゃあわたしは一体どうなるって言うのよっ。侯爵家になんかいたくないの! あんな父親と一緒に一生を過ごすなんて考えたら……。
これはきっとあんたの復讐なんでしょ? 公爵と手を組んで、あんたを追い出したわたしたちがどうしても許せなくて、こんなことしたんでしょ?
じゃあ、あんたさえいなければわたしはハドムンといられる。邪魔者は消さなきゃ、わたしの幸せのためにね」
グレースはすっかり押し黙ってしまった。
なんと言ってやればいいのか。ハドムンが廃太子になる可能性は考えていたが、しかしそれを阻止するためにジェイミーが動いたとは驚きだ。
それに、
「あなた、父上のことが嫌いだったのですか?」
あんなにも愛されていたのに?
グレースには一切向けなかった愛情を見せていたのに、どうしてジェイミーが嫌っているのだろうか理解ができない。
「あんたは勘違いしてるみたいだけど、あいつはわたしが生まれてから何年も何年もほったらかしにしたの。わたしがどんなに苦しく暮らしてても、全然助けてくれなかった。……その罪悪感のせいで可愛がっているふりはしてるけど、わたしは信じられない」
言われてみれば、そうだった。
ジェイミーは前妻、つまりグレースの母親が死ぬまでどこに住んでいたか聞かされていなかった。でも彼女の口ぶりから想像するに、どこかで乞食のようにして暮らしていたのではなかろうか。
あんなにもジェイミーを愛でていた父親。でも考えてみれば、実の娘を冷遇するような父親なのだから、優しい人であるはずがない。この部分に関してはジェイミーに深く同情した。
「ですが、だからと言って他人に冤罪を着せていいというものではありません。あなたたちには真っ向から戦うという選択肢があったはずでしょう。公爵が攻めて来るという情報が掴めているのであれば、備えをしたり交渉したりする猶予が残されていたのではないですか?」
「知らないわよ! 勝手に全部国王と王妃が決めるのっ。わたしにはこれしかできなかった! 大体、あんたはずっとずっとずるいのよ! わたしの義姉だからって偉そうで、わたしと生まれが違うからって何でも優秀で、そしてせっかく手に入れたわたしの幸せまでぶち壊しにしようとして。……処刑されて、当然よ」
「……そうですか。それならば仕方ありませんね」
グレースは悲しげに微笑んで見せた。
しかし彼女は内心で、ジェイミーという少女を憐れんでいた。自分より上に立つことでしか満足できない彼女を可哀想だとそう思ったのだ。
だから、
「手の届かぬ雲を追い求めている者は、足元の花を踏み潰してしまう。……それはよくよくお考えなさい」
「ふんっ。これから処刑されるような女に何を言われる筋合いもないわ! せいぜい約束の時間までメソメソ泣きながら恨み言を呟いていてちょうだい、お義姉様?」
「そうですね。では、また後で」
そう言って、腹違いの姉妹は互いを睨みつけ合いながら別れる。
グレースはジェイミーの後ろ姿を見送りながら呟いた。
「さて。本当に天罰が下されるのはあなたとワタクシ、どちらでしょうね?」と。
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