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第三十四話 腹黒
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ワードン伯爵領は、王国のどちらかと言えば北部に位置する。
あちら側――つまり王家の味方であることは最初から推測できていたので驚きはしなかった。
しかし、大伯爵だ。できれば敵に回したくなかったが、こうなった以上は仕方ないようだ。
ワードン夫人はグレースを自分の領地へ連れて行きたがっている。そこでどんな仕打ちに合うのかは想像に難しくなかった。
鞭で打たれる? その程度では済まないに違いない。王国の牢屋へ送られるか、その場ですぐに殺されるか。いずれにしろ二度と帰って来られなくなるだろう。
そんな危険な場所へ、しかし夫人は強引に招こうとしている。つまり夫の圧力か何なのかは知らないが、彼女も後に引けないに違いなかった。
「どうしてもと申されましても、無理なものは無理なのです。お手数ではございますがこちらの屋敷までご足労いただきましたらお話は可能かとは思いますが」
「あら。冒険者ってそんなにお忙しいのかしらぁ? あたくしたち夫婦も暇じゃないんですのよぉ? 今日はあたくしはたまたま時間が取れましたけれども夫がここまで来ることなど到底不可能ですわぁ。でもあなたは現に今日はお仕事を休まれたのでしょぉ? つまりは我が領地へ足を運ぶ時間だってあるはずですわ。そうですわよねぇ?」
この豚は……いいやワードン夫人は、とても腹黒な女だ。
グレースを連れ帰ったという功績があれば夫に気に入られるとでも思っているのだろう。夫婦仲が険悪なのかも知れない、とグレースはどうでもいいことを思った。
それはともかく、
「無理なものは無理なのです。それに、大体からして突然やって来るだなんて貴族として無礼ではなくて? 大抵まずはお手紙を寄越すものでしょう。そんな礼儀もなっていない方の領地にワタクシが呑気に行くとでも考えたのでしょうか? そんなのは殺されに行くのも同然、当然ながら断固拒否いたします」
明確な拒絶。
それを突きつけてやると、ワードン夫人は目に見えて激昂した。
「――っ! あなた、何を言っていらっしゃるのかしらぁ! 平民風情がこの、このジュリア様にぃ! つ、追放された悪女がぁ!」
「あらあら、ワタクシのことをやはりご存知。どなたから教えられたのです? ハドムン殿下? それとも、ワードン伯爵様に王家から手紙でも届いたのでしょうか?」
「い、いちいち話してやる義理はないですわぁ! わざわざこんな場所までやって来てやっているんですから大人しく話を聞けってんですのよぉ!」
醜く、まさに豚のように鳴き喚くジュリア・ワードン夫人。
あまりにも想像通りすぎてつまらない。一思いにここで灰にしてやろうかと考え、しかしやめる。
こんな女ならばきっと、少し『お話』をすれば吐いてくれるに違いないからだ。
だから殺さないようにして彼女を無力化する必要がある。しかし――。
「あんたたち! こいつをやっちまいなさいなぁ!」
伯爵夫人の怒声で、グレースの屋敷に見知らぬ男十人ほどが雪崩れ込んで来た。
おそらく私兵団だろうか。
やはり、彼女は単独ではなかったらしい。貴族女性はグレースのように皆ずば抜けて魔法が使えるわけではないので、基本護衛がいないと一人で行動したりはまずできない。
そしてこんな戦場に臨むということは、相応の人材を手に入れているということだろうとは考えていたが、十人は少し多すぎやしないだろうか。
彼らが手に持っている武器はそれぞれ長剣やら短剣、棍棒など様々。
もしもグレースが無力な少女であれば一秒で肉塊にされていたであろう。
だがまあ、
「邪魔者には消えていただきましょう。『赤き炎よ、弾となりて敵を撃て』」
グレースが静かに呟くなり、途端にどこからともなく十発の火の玉が出現する。
それはメラメラと赤く燃えながらまっすぐ武装集団へ飛んでいき、それぞれの体を四散させた。
悲鳴を上げる暇もなく、頭や胸を熱球で貫かれた十人が倒れ伏す。
即死だった。紛れもない勝利にグレースは深く息を吐く。
そして改めて本命へ向き直った。
「あなたの手札はこれで全てですか? もしも残っているなら早めに切ってほしいのですが」
「あ……そんなぁ……嘘よぉ……っ」
「嘘ではありません。目の前の現実を認めなさい。貴族たる者、その程度のことで慄くなど情けないですよ。二つ目の切り札くらい、もちろんのことお持ちですよね? ――さあ早く」
「も、持っていませんわよそんなのぉ! た、助けてぇ! 許してぇ! あたくし、あなたがそんなに強いだなんて聞かされてなかったのよぉ……!」
聞かされていないのは当然だ。グレースは貴族子女としてあまり魔法は乱発しないほうがいいと思って控えていたし、ここまでの魔法を身につけたのは冒険者になって以降のこと。
どうやらこちらについての調査が足りなかったことが敗因らしい。まあ、グレースについてきちんと調べ上げていたなら、こんな半端な女は送り込まなかっただろうけれど。
「ワードン夫人、ワタクシはただ自由に生きたいだけなのです。ですがその障害となるであろうあなたたちは早急に対処しなければなりません。……ご協力いただければお許ししても構いませんよ?」
グレースはまるで咲き誇る美しい花のように笑った。――否、嗤ったのだった。
あちら側――つまり王家の味方であることは最初から推測できていたので驚きはしなかった。
しかし、大伯爵だ。できれば敵に回したくなかったが、こうなった以上は仕方ないようだ。
ワードン夫人はグレースを自分の領地へ連れて行きたがっている。そこでどんな仕打ちに合うのかは想像に難しくなかった。
鞭で打たれる? その程度では済まないに違いない。王国の牢屋へ送られるか、その場ですぐに殺されるか。いずれにしろ二度と帰って来られなくなるだろう。
そんな危険な場所へ、しかし夫人は強引に招こうとしている。つまり夫の圧力か何なのかは知らないが、彼女も後に引けないに違いなかった。
「どうしてもと申されましても、無理なものは無理なのです。お手数ではございますがこちらの屋敷までご足労いただきましたらお話は可能かとは思いますが」
「あら。冒険者ってそんなにお忙しいのかしらぁ? あたくしたち夫婦も暇じゃないんですのよぉ? 今日はあたくしはたまたま時間が取れましたけれども夫がここまで来ることなど到底不可能ですわぁ。でもあなたは現に今日はお仕事を休まれたのでしょぉ? つまりは我が領地へ足を運ぶ時間だってあるはずですわ。そうですわよねぇ?」
この豚は……いいやワードン夫人は、とても腹黒な女だ。
グレースを連れ帰ったという功績があれば夫に気に入られるとでも思っているのだろう。夫婦仲が険悪なのかも知れない、とグレースはどうでもいいことを思った。
それはともかく、
「無理なものは無理なのです。それに、大体からして突然やって来るだなんて貴族として無礼ではなくて? 大抵まずはお手紙を寄越すものでしょう。そんな礼儀もなっていない方の領地にワタクシが呑気に行くとでも考えたのでしょうか? そんなのは殺されに行くのも同然、当然ながら断固拒否いたします」
明確な拒絶。
それを突きつけてやると、ワードン夫人は目に見えて激昂した。
「――っ! あなた、何を言っていらっしゃるのかしらぁ! 平民風情がこの、このジュリア様にぃ! つ、追放された悪女がぁ!」
「あらあら、ワタクシのことをやはりご存知。どなたから教えられたのです? ハドムン殿下? それとも、ワードン伯爵様に王家から手紙でも届いたのでしょうか?」
「い、いちいち話してやる義理はないですわぁ! わざわざこんな場所までやって来てやっているんですから大人しく話を聞けってんですのよぉ!」
醜く、まさに豚のように鳴き喚くジュリア・ワードン夫人。
あまりにも想像通りすぎてつまらない。一思いにここで灰にしてやろうかと考え、しかしやめる。
こんな女ならばきっと、少し『お話』をすれば吐いてくれるに違いないからだ。
だから殺さないようにして彼女を無力化する必要がある。しかし――。
「あんたたち! こいつをやっちまいなさいなぁ!」
伯爵夫人の怒声で、グレースの屋敷に見知らぬ男十人ほどが雪崩れ込んで来た。
おそらく私兵団だろうか。
やはり、彼女は単独ではなかったらしい。貴族女性はグレースのように皆ずば抜けて魔法が使えるわけではないので、基本護衛がいないと一人で行動したりはまずできない。
そしてこんな戦場に臨むということは、相応の人材を手に入れているということだろうとは考えていたが、十人は少し多すぎやしないだろうか。
彼らが手に持っている武器はそれぞれ長剣やら短剣、棍棒など様々。
もしもグレースが無力な少女であれば一秒で肉塊にされていたであろう。
だがまあ、
「邪魔者には消えていただきましょう。『赤き炎よ、弾となりて敵を撃て』」
グレースが静かに呟くなり、途端にどこからともなく十発の火の玉が出現する。
それはメラメラと赤く燃えながらまっすぐ武装集団へ飛んでいき、それぞれの体を四散させた。
悲鳴を上げる暇もなく、頭や胸を熱球で貫かれた十人が倒れ伏す。
即死だった。紛れもない勝利にグレースは深く息を吐く。
そして改めて本命へ向き直った。
「あなたの手札はこれで全てですか? もしも残っているなら早めに切ってほしいのですが」
「あ……そんなぁ……嘘よぉ……っ」
「嘘ではありません。目の前の現実を認めなさい。貴族たる者、その程度のことで慄くなど情けないですよ。二つ目の切り札くらい、もちろんのことお持ちですよね? ――さあ早く」
「も、持っていませんわよそんなのぉ! た、助けてぇ! 許してぇ! あたくし、あなたがそんなに強いだなんて聞かされてなかったのよぉ……!」
聞かされていないのは当然だ。グレースは貴族子女としてあまり魔法は乱発しないほうがいいと思って控えていたし、ここまでの魔法を身につけたのは冒険者になって以降のこと。
どうやらこちらについての調査が足りなかったことが敗因らしい。まあ、グレースについてきちんと調べ上げていたなら、こんな半端な女は送り込まなかっただろうけれど。
「ワードン夫人、ワタクシはただ自由に生きたいだけなのです。ですがその障害となるであろうあなたたちは早急に対処しなければなりません。……ご協力いただければお許ししても構いませんよ?」
グレースはまるで咲き誇る美しい花のように笑った。――否、嗤ったのだった。
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