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第三十二話 Aランクになりました

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 Aランクに到達したのは、あの怪しい男との邂逅から七日ほど経ったある日のことである。
 Aランクと言えば上から二番目、かなりの実力者ということになる。追放されてこの海辺の町へやって来てから数ヶ月しか経っておらず、周りの冒険者たちからは大層驚かれたものだ。

「すごいじゃねえか」
「お嬢さんたちすごいわねぇ」

 次々に「俺もパーティーに」「私を仲間に入れて」と男女問わずせがまれるように。
 しかしグレースはそのことごとくを笑顔で断った。危険なことに巻き込む危険性があったし、第一彼女としてはセイドと二人でいたかったのだ。

「問題は戦士と魔道士だけで、回復士がいないことですが……、まあいいでしょう。そもそも負傷するようなことがないように注意すればいいだけですし」

 一応、薬草は常備するようになった。いつ何時敵襲があるかわかったものではない。
 セイドには理由を聞かれたが、グレースは頑なに答えることはなかった。彼にはグレースの事情を知らないでいてほしい。変な肩書きを持たぬ自分を見てもらいたいと……そう思う乙女心のせいだ。

「本当は知らせた方が良いのでしょうが。ワタクシ、どこまでも自分勝手な女なので」

 少女は誰にともなく呟き、くすくすと笑った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 Aランクになれば、当然王国に把握されるだろう。
 つまり、本格的な戦いの始まりになると思っていたのだが。

「あくまで得られた情報の中の話だが、グレース嬢の居場所に関する話はまだ持ち上がっていない。女魔道士グレーへの疑惑も」

 ハーピー公爵がそう明言したので、グレースは驚いた。
 まだ自分の居場所を掴めていなかったのか? それだとすればあの暗殺者は一体。

「アグリシエ侯爵家の者だったとして、それを王国と共有しない理由がわかりませんね。これは注意しておく必要があるでしょう」

 グレースは周りを警戒しながら、日々を過ごす。
 が、今のところは何の事件も起こっていなかった。あの男の襲来の後は平々凡々な毎日を送り、とても楽しくやっている。
 もしかしてあの男はグレースを狙った単独犯だったのかも知れない。そのうちにそう思うようになり、冒険者活動に熱中していった。

 とにかく、人々の役に立ち、信頼を得る。これが何より大事なことでありグレースのやりがいであった。
 昔は倦厭されがちだった冒険者という職業はこの町ではすっかり親しまれ、普通に挨拶をしてもらえるようにもなった。困り事があればすぐ依頼してくれるので、依頼料も下がり住民たちは喜んでいる。

「……国家の運営方法を覚えたことが吉と出たようですね。民衆の心を掴むのはそんなに難しくないということですか」

 オーネッタ男爵にも随分と気に入られてしまった。彼らには『グレーが狙われている』という情報しか伝えていないが……時たま男爵夫人がお忍びでグレースの屋敷までやって来てお茶会を開いたり、なかなか仲良しになりつつある。
 このままこの毎日が続けばいいなと思う。しかし現実がそんな甘いものではないことも、グレースは知っていた。

 ある日、不安になって聞いてみたことがある。

「セイド様。ワタクシがもし死んでしまったら、あなたは悲しみますか」

 「急に何を言っているんだい」と首を傾げられるが、彼はすぐに優しい顔になると、

「そりゃあ悲しむさ。だって君は、僕の仲間なんだからね」

 手を取って微笑まれてしまった。

 グレースは彼にとっての何なのだろう。
 大切な仲間? きっとそれ以上でも以下でもないに違いない。それでもグレースの死を悲しんでくれるのだとしたら、絶対に死ぬことはできないと彼女は改めて心に誓う。

 彼の熱い視線に、グレースは気づくことはなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その頃、公爵は頭を抱えていた。
 グレース・アグリシエ。かつて彼が社交界で何度も言葉を交わした相手であり、今は侯爵家を追放された彼女は、隣町で冒険者として働いている。

 冒険者とは汚らわしい職業だとずっと思っていたが、案外そうではないのだと彼女は言った。そうしてどんどんと華々しい活躍を遂げる彼女に、再び見惚れたものだ。

 冤罪を着せられてここまで追い出された深窓の令嬢のはずなのに、この逞しさは一体何なのだろう。
 そんなことを思っていたある日のこと、彼女が何者かに襲撃され返り討ちしたそうだ。

 その人物の正体をハーピー公爵は必死に探した。
 そして……掴んでしまったのだ。

 最近、貴族界を賑わしているとある事件との関係性を。

 こうなってしまった以上はそれなりの準備が必要だ。
 王家と本気で戦うことになるだろう。あちら側につく上位貴族は多いだろうが、こちらには多数の下級貴族家が味方する。質と数、どちらが勝るかの勝負となる。
 その争いには、すでに貴族からは脱したグレースを巻き込みたくはないが……一体どうなることやら予想がつかない。

 確実に言えることは、もうどうやっても激戦は避けられないだろうという事実だけだった。
 深くため息を吐くと、公爵は従者を呼びつけ、早速武器を買い集めるよう命令を下した。
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