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第二十五話 自由に生きる!

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 本当はグレースは復讐をする必要などなかったのだ。
 復讐したところで幸せになるわけではない。むしろ、多くの人を不幸にするだけかも知れない。

 だから、彼女は考え直した。
 今は侯爵令嬢の立場を捨て、思いのままに行動することを許されている。だから――。

「ワタクシは、ワタクシがやりたいことをやる。自由に生きます!」

 夜空に向かってそう宣言した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 恋心に全てを委ねてしまうなど、と、笑われるだろうか。
 でもこれがグレースの選べる最善であるのではないか。

 ハドムン王太子など勝手に破滅してしまえばいい。彼のことだ。いずれ自分の足りなさを自覚せぬまま、廃太子になるに違いない。
 そしてジェイミーも同様。彼女としてはグレースの立場を奪ったので文句は言えないだろう。

 わざわざグレースがこの手で反乱を起こす必要はなかったのである。
 今後ハーピー公爵家がどう動くかはわからないが、そんなことは知ったことではない。グレースは、女魔道士グレーとしての自由気ままな人生を生きたい。心からそう思った。

「本当に、いいのでしょうか」

 自分へと静かな問いかけをする。
 この選択を選べば、戻れなくなってしまう。もうグレースがグレースとして生きる道はない。だが、

 ――構わない。
 だって、やりたいことがたくさんありすぎるから。

 例えば、世界中を巡ってみたい。
 お嬢様時代には決して許されなかった危険な場所へ足を踏み込んで、外国を飛び回って、色々な人と交流してみたい。
 後はもっと強い魔物と戦ってみるのもいいかも知れない。まるでおとぎ話のような冒険ができれば一番だ。

 グレースはさらに妄想を膨らませる。
 セイドとキスをしたい。「好き」と伝えたい。「好きだよ」と言ってもらいたい。そのためなら何でもしたい。どうやったら好きになってもらえるだろう? 可愛く着飾ったらいい? それとも強いところを見せれば? その前にまずもっと仲良くならなければならない。今までは互いにどこかよそよそしくしていた面がある。

 胸の中の昂る気持ちを、もう隠さない。
 誰に何を言われようとグレース・アグリシエは世界のどこにもいない。今ここに立っているのは、グレーという流れ者の冒険者の少女。
 それであれば、何の責任を負う必要もないのだ。

 心がすっきりとした。
 今まで、何をそんなにこだわっていたのだろうかとおかしな気持ちになる。復讐という名の鎖から解放されたグレースは身が軽くなったように感じ、何度か飛び跳ねる。

 これからはもう、一人の女の子として生きていい。
 淑女の嗜みだとか、頂点に立たなければならないだとか、貶める・貶められる必要もない。
 なんて素晴らしいことだろう。これに気づけないで今までウジウジしていた自分が馬鹿だった。

 運命の人と出会ったのだ。復讐なんてどうでもいい。彼と愛し合えることができるなら、それで。

「ああ、これで今日はぐっすり眠れそうですね。明日からは素敵な毎日が待ってます! うふふっ」

 ベッドに思い切りダイブし、そのまま眠りに落ちた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昨日とはまるで違うグレーの様子に、セイドは正直驚いていた。

「セイド様、今日はたくさん働きましょう」
「セイド様、あの仕事、やりたいです」
「今度二人でお出かけをしてみませんか? いい場所とかがあったら教えてほしいです」
「あの……セイド様、ワタクシ、綺麗ですか?」

 顔を赤らめながら猛烈な勢いでこちらに詰め寄ってくる彼女。
 セイドは対応に困るばかりで、うっすらと笑みを浮かべることしかできない。

 もしかするとあの魔獣騒動が彼女に何らかの影響を与えたのだろうか。
 今まで凛としていて静かでそっけなかった印象のグレーが年相応の明るさになって良かった、と思う反面、その劇的な変貌ぶりには何かあったのかと疑わざるを得ない。

 しかしセイドの心配など気にする様子すらなく、グレーはギルドの掲示板からCランクの依頼をありったけ持ってくると、「これを今日中に片付けてしまいましょう!」などと言い出すのである。

「これを全部って……無理じゃないかい?」

「大丈夫ですって! ワタクシとセイド様がいれば無敵! これくらいの仕事朝飯前ですよ!」

「そ、それならいいけど……。僕を買いかぶりすぎじゃないのかなぁ?」

 そんなことを言いつつ、しかしグレーの勢いには負けて、その日はたくさんの場所を連れ回されることになった。
 魔物退治をした昨日より遥かに疲れた気がするが……、まあ、グレーが嬉しそうなので良しとしようとセイドは思う。

「今日は楽しかったですね! セイド様、また明日です! ――ワタクシ、明日こそはきちんと伝えますから」

「伝えるって、何を?」

「えっ、もしかして聞こえてしまっていましたか!? これだから独り言の癖は……。な、なんでもありませんっ。また明日、明日ですっ!」

 今まで見たこともないくらいに耳まで真っ赤になって、グレーは慌てて帰って行ってしまった。
 彼女に一体何があったかはわからないが、これが何かの悪い兆候でなければいいなと願うセイドなのだった。
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