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第二十一話 魔犬騒動

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 ディーナリアスは、国王陛下の元に行っている。
 私室には、ジョゼフィーネとサビナの2人。
 
「こ、国王陛下、だ、大丈夫、かな?」
 
 ディーナリアスがいない時、ジョゼフィーネはテーブルセット側のイスに座る。
 日本風かどうかはさておき、小さめの、ワッフルに似たお菓子と紅茶がテーブルには、置かれていた。
 けれど、今は手を伸ばす気になれずにいる。
 
「殿下が仰られておりましたが、危篤の報せがあれば王宮内が乱れます。今はそこまで病状は悪化されておられないと思われます」
「そ、そう……」
 
 少しだけ、ホッとした。
 ジョゼフィーネには、身内らしい身内がいない、と言える。
 実母は他界しているし、父や姉とは「身内」的なつきあいをしてきていない。
 むしろ、今ではディーナリアスやサビナのほうが距離感は近くなっていた。
 
「サ、ザヒナの……旦……こ、婚姻してる、人に、会ったよ?」
「パッとしない人でしたでしょう?」
「え、え……そ、そんなことない、と思う、けど……」
「近衛騎士隊長などやっておりますけれど、言い寄ってくる女性の1人もいないのですから、パッとしないのですよ」
 
 ジョゼフィーネは、ちょっぴり笑ってしまいそうになる。
 サビナのこれは、明らかに「ツンデレ」だ。
 ディーナリアスはわからなかったらしいが、ジョゼフィーネからすれば明らか。
 
 女性の1人も言い寄って来ないことに、サビナは安心している。
 オーウェンに言い寄る女性がいたらどうしようと、気にかけている証拠だ。
 いつも喧嘩をしていたというのも、素直になれなかったせいだろう。
 
 オーウェンのことを話題に出したので思い出す。
 ディーナリアスから「今は2人の子を育てている」と聞いていた。
 自分の侍女になったせいで、サビナは子供と一緒にいる時間が減っている。
 幸せな家庭を崩してしまってはいないかと、心配になった。
 
「こ、子育ては……?」
 
 ジョゼフィーネの心情が、顔に出ていたらしい。
 サビナが、にっこりと微笑んでくれる。
 
「元々、エヴァンが近衛騎士隊長をしているものですから、私たちは、王宮内の別宅で暮らしております。彼はともかく、私は転移ができますし、それほど離れているわけではありませんわ」
「さ、寂しく、ない、かな?」
「2人とも、今年で9歳になりました。親にベッタリする歳は過ぎましたね」
「ふ、2人、とも??」
「ええ、双子でしたの」
 
 ジョゼフィーネは引きこもりでやってきたし、人とのつきあいも避けてきた。
 さりとて、サビナの子供は、ちょっと見てみたい気がする。
 双子なんて見たことはなかったし、サビナとオーウェンの子供ならば、可愛いのではないかと思えた。
 
「落ち着かれましたら、殿下と2人で、いらっしゃいませんか?」
「い、いいの?」
「我が家は狭く、子供もうるさくしておりますが、それでも、よろしければ」
 
 こくこくと、うなずく。
 今までのジョゼフィーネからすると、考えられないことだが、彼女に、その自覚はなかった。
 ジョゼフィーネは、自分から「外」に出ようとしているのだ。
 
「た、楽しみ……ふ、双子、似てる……?」
「男の子なのですが、見分けがつきにくいほど、似ております。妃殿下は、双子をご覧になったことはございませんか?」
「な、ないよ。そんなに、似てるんだ」
「エヴァンは、時々、からかわれていますね」
 
 ということは、サビナは、ちゃんと見分けられているのだろう。
 やはり母親なんだなぁと思う。
 今世での母親が生きていたら、どんなふうだったかを考えた。
 とはいえ、生まれた時には、すでにいなかったので、わからない。
 
 ジョゼフィーネの母は、当時、26歳。
 子供を産むのに命の危険が伴う年齢と言われている。
 前世の記憶では、それほどの危険などない歳だと思われるが、この世界では違うのだ。
 いろいろ照らし合わせれば、体質自体が違うとわかる。
 
「わ、私……ちゃんとした、お母さんになれる自信、ないな……」
「私も、ちゃんとした母になれているかは、未だにわかりません」
「え……? そ、そうなの?」
「親になったのは、初めてですもの。なにが正しいか、判断がつきかねます」
 
 サビナが、ちょっぴりいたずらっぽい笑みを浮かべた。
 
「妃殿下は、殿下との、お子を成すことを考えておいでなのですね」
「えっ? あ、あの……そ、そういう……」
 
 言われて、気づく。
 自分の子供ということは、彼との子供であるということなのだ。
 かあっと、頬が熱くなる。
 具体的に考えていたわけではないが、恥ずかしくなった。
 
「ですが、当面、殿下には黙っておかれたほうがよろしいかと」
「よ、喜ばない、から?」
「いいえ、逆です。喜び過ぎて、ぶっ倒れます。あんな図体で倒れられても、面倒ですからね」
 
 ジョゼフィーネは、まばたき数回。
 サビナが笑ったので、つられてジョゼフィーネも笑う。
 気持ちが楽になり、お菓子に手を伸ばした時だ。
 扉の叩かれる音がした。
 
 サビナの表情が、わずかに硬くなっている。
 それを察して、ジョゼフィーネも緊張につつまれた。
 立ち上がり、サビナは身構えている。
 が、ジョゼフィーネのそばから離れようとはしなかった。
 
「急ぎの用件でなければ、のちほど出直してくださいませ」
 
 扉の向こうが静かになる。
 それでも、サビナは動かない。
 目に険しさが漂っていた。
 その意味が、すぐにわかる。
 
 室内に、パッと3人の魔術師が現れたのだ。
 いずれもローブ姿だったので、魔術師で間違いない。
 動いたのはサビナが先だった。
 3人の足元から火柱が上がる。
 
 驚いて、ジョゼフィーネも立ち上がった。
 サビナに任せるのがいいのだろう、とは思う。
 ジョゼフィーネは魔術も使えないし、なにもできないのだ。
 
 火柱につつまれても、3人の魔術師は平気らしい。
 炎が消され、なにもなかったかのように魔術師が近づいてくる。
 3人から同時に、何かが飛んできた。
 手を振ったサビナの前で、氷の矢や黒い球、石のようなものが動きを止める。
 
 ジョゼフィーネには前世の記憶があったため、それが「属性」だとわかった。
 サビナは炎を使っていたので、そちら系統なのかもしれない。
 だとすると、水や氷系統は、苦手とする属性となるはずだ。
 その上、3人には炎に対する耐性がある。
 サビナのほうが不利に思えたのだけれども。
 
 ぶわっ!!
 
 強い風が3人に向かって吹き上げた。
 ローブに裂け目が入るのが、見てとれる。
 そこから血が滲んでいるのに気づいたのか、3人がサビナと距離を取った。
 その下がった先に、針のようなものが大量に飛んで行く。
 
(サ、ザビナ、すごい……強い……)
 
 3人が、一斉に飛んで逃げた。
 さりとて、けきれず、体に多くの針が突き刺さっている。
 さらに、3人の体から血が流れ出していた。
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