上 下
18 / 50

第十八話 冒険者改革

しおりを挟む
 Cランクへの昇格により、ある程度活動内容が増えていく。

 少し遠くまで足を伸ばし、海辺の魔物を退治したり。
 あの赤い草よりさらに貴重な薬草の採取であったり。

 しかしそんな日々がしばらく続き……グレースは思った。
 セイドは色々と頼りになり、一緒にいると楽しい。ハドムン王太子よりしょっちゅう喋りかけてくれる。これが友人というものなのだろうかなどと思い始めていた。
 しかし、だ。

 これはグレースの目指していたものとは少し違うのではないか、と気づいてしまったのだ。
 本当ならここの町の人々を味方につけ、さらにそれを広げていき王国の南部を支配、その上で事実上の領主になるという算段だった。
 そのためにはまず領民の交流が大切だ。そのための冒険者業のはずだったのに……。

「領民と少しも交わる機会がないですね」

 そうなのだ。
 ギルドにある仕事は魔物退治ばかりで、直接的に民と関わり信頼を得るなんていうことはできていなかった。
 しかも、あちらこちらでは素行の悪い冒険者が人々を困らせており、冒険者は毛嫌いされている。まずはこの仕組みをどうにかしなければ、たとえSランクに上がれたとして、国を牛耳るようなことはできないだろう。

 グレースは頭を悩ませた。唯一のパーティーメンバーであるセイドに相談できないのが痛手だが、もちろんバラすわけには行かないのだ。だから、彼女一人で何かを思いつくしかない。

 とりあえず、ただただ昇格を目指すだけではダメだ。
 もっと民と仲良くなり、信頼を勝ち取る必要がある。そのためには、我が物顔でのさばる愚民どもを排除すべきだっろう。

 彼女は早速行動を開始した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「そこのあなた。何をしていらっしゃるのですか?」

 平民の女に詰め寄っていた人物へにっこり笑いかけ、グレースは小首を傾げて見せる。
 精一杯に淑女の微笑みを浮かべて、しかし目だけは敵意を込めて。

「だ、誰だお前は」

「ワタクシですか? ワタクシはCランクの冒険者、女魔道士グレーと申します。以後、お見知り置きを」

 ワンピースの裾をつまみお辞儀。
 あまりにも丁寧な仕草にひとまず男――Aランクでありながら悪評高い冒険者は驚きを見せた。
 しかしすぐに立ち直ると、

「オレは今この女とお話ししてるんだ。娘っ子はどっかに行きな」

 この女と言って差す女性には、おそらくこれから暴行をするつもりに違いない。
 グレースはこういった愚かで醜い男が一番嫌いだった。だから、手加減などするつもりもない。

「『蒼炎よ、この者の魂までも消し炭にせよ』」

 静かに呪文を唱えた瞬間、青い炎が視界を埋め尽くす。
 これがグレースの魔法の一つである。火力は最大、身も心も魂も焼き尽くす恐ろしい魔法。

 よくよく考えてみればハドムン王太子は幸運な方だ。もしもグレースの情がほんの少しでも残っていなければ、この男のようになっていただろうから。
 悪質冒険者の男は絶叫し、その場に崩れ落ちる。炎が轟々と燃え男の身体中に広がり、彼に拘束されていた女も悲鳴を上げた。

 しかし彼女を救い出す手が差し伸べられる。それはこの作業に協力してくれたセイドだった。

「レディー、僕と安全な場所へ。グレーはその男を頼むよ」

「もちろんです。もはや起き上がる可能性すらありません」

 この時すでに男は、魂ごと消えてしまっていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 自分が魔獣退治をしてやるのだからと平民たちを脅し、好き放題にやっていた冒険者たちはあらかた片付けた。
 あの男のように焼いてしまうことはあったが、大抵は力を見せつけて怯ませ、「今度やったら容赦しない」と言っておく。
 冒険者の意識改革にも取り組み、彼らが町の人々と親しくするように仕向け、成功させた。

 そうするとこのオーネッタ男爵領の治安が目に見えて良くなり、男爵から褒美をもらってしまうことになる。
 そして町の人々からもたいへん感謝され、女魔道士グレーの名が知れ渡ったのだった。

「これで満足かい」

「はい、とても。他の真っ当な冒険者の方々も助かったと言ってくださいましたし、味方をたくさん作れたので良いことばかりです」

「出会った当初、君はただの女の子かと思ってたけど意外に強いんだな」

「これでもワタクシ、元侯……いいえ、女魔道士ですので」

 血統のおかげで魔力値は高いし、使える魔法も多いが。
 自慢げに微笑むグレースはこの先のことに思いを馳せる。このまま徐々に信頼を厚くし、そして広範囲に広げていく必要があるだろうか。

 ギルドでは想像以上に評判が良くなって、その分妬まれることも増えたが、そんなことはどうでもいい。
 とにかく次の昇格と人気集めに奮闘しなければならないのだから。

「ハドムン殿下。あなたの知らない場所で、あなたに牙を剥く用意はすでに整ってきつつあります。お覚悟はできているでしょうか」

 かつての婚約者を思い浮かべ、その残像にそっと語りかける。
 哀れな王子はきっとまだ何も気づいてはいないだろう。気づいた時にはもう手遅れなのだ。

 グレースの計画は着々と進んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪女に駄犬は手懐けられない

兎束作哉
恋愛
「俺は『待て』の出来るお利口な犬じゃないです」 監禁、誘拐、心中……ドロドロとしたヤンデレばかり出てくるR18乙女ゲームの悪役令嬢、スティーリア・レーツェルに転生してしまった主人公。 自分は、死亡エンド以外ないバッドエンドまっしぐらの悪役令嬢。どうにか、未来を回避するために、一番危険なヤンデレ攻略キャラ・ファルクスを自分が監視できる場所に置いておこうと考えるスティーリア。奴隷商で、彼を買い、バッドエンドルートから遠ざかったように見えた……だが、ファルクスは何故か自分に執着してきて!? 執着はいりません、バッドエンドルートを回避したいだけなんです! しかし、自分はスティーリアの犬だと語る、ファルクスの目には既に執着と欲望が渦巻いていた。 もしかして、選択を間違えたかも!? バッドエンドを回避したい悪役令嬢×執着ワンコ系騎士の溺愛ロマンスファンタジー! ※◇印の所はr18描写が入っています

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音
恋愛
男爵令嬢ロザリーンは、母を失って以降、愛を感じた事が無い。 父は人が変わったかの様に冷たくなり、何の前置きも無く再婚してしまった上に、 再婚相手とその娘たちは底意地が悪く、ロザリーンを召使として扱った。 義姉には縁談の打診が来たが、自分はデビュタントさえして貰えない… 疎外感や孤独に苛まれ、何の希望も見出せずにいた。 義姉の婚約パーティの日、ロザリーンは侍女として同行したが、家族の不興を買い、帰路にて置き去りにされてしまう。 パーティで知り合った少年ミゲルの父に助けられ、男爵家に送ると言われるが、 家族を恐れるロザリーンは、自分を彼の館で雇って欲しいと願い出た___  異世界恋愛:短めの長編(全24話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

処理中です...