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第十四話 ドラゴン
しおりを挟む「こんな展開、聞いてません……!」
それがその瞬間抱いたグレースの率直な感想であり、恐怖というよりかは困惑だった。
視線の先に佇んでいるのは、紫色の体をした大きな怪物だった。
森に生えている大木よりも図体がでかい。まるで小さな屋敷のようであるそれには、しかしきちんと四肢と胴体、そして凶暴そうな顔がついている。
それはまさしく昔、世話係だった侍女が読んでくれたおとぎ話に登場した化け物――竜やドラゴンと呼ばれる存在で間違いなかった。
そのドラゴンはこちらをじっと見つめている。
紫紺の瞳が楽しげに光った。これからこいつは自分を殺す気なのだとグレースは直感し、そしてどうしようかと思考を巡らせる。
とりあえず立とうとしたが、足に力が入らなかった。おそらくはこのドラゴンによってもたらされたであろう先ほどの激痛のせいだ。足に浮かぶ斑点を見る限り、毒で間違いなかった。
足が完全に麻痺してしまっている。どうにか片足を引き摺って進めないこともないがそれでは間に合わないことは確か。
グレースはあくまで薬草を取りに来ただけなのだ。未だに薬草がどれかはわからないが。
ともかく、こんなドラゴンが住んでいるだなんて話は聞かされていない。予想外の遭遇だったがこちらの打てる手は現在一つだけだった。
「――『赤き炎よ、悪しき魔物の体を焼き焦がせ』」
ドラゴンへ向かって魔法を唱え、紅炎を放つ。
それはまっすぐにドラゴンの方に飛んでいく。だが、
「ガァ――ッ!」
それを長い尾を一振りするだけで、最も簡単に打ち払ってしまった。
その一撃だけでグレースは理解する。これはDランクの自分が関わるべき相手ではない、と。
ドラゴンというのは昔話によく悪者として出てくる。
その大抵は森に住み、英雄を邪魔する。それを英雄が打倒してなんらかの力を得る……という展開が多い。実際にそういうことも史実の中にはあったそうな。
そしてその怪物と今対峙している。いくら魔力が大きく、炎が扱えるとはいえ、グレースは英雄でもなければ熟練の魔術師でもない。こんな巨竜を相手にできるわけがないのだ。
ここはまず、逃げるべきだ。そして薬草採取も諦め別の仕事にしよう。
こんな魔物は別の奴が倒せばいい。これを仲間につければ国を滅ぼすことくらい容易いが、だからと言って勝てる気がしない。
「『金の炎よ、魔物を包み痛みを与えよ』っ!」
黄色い火炎を放ち、グレースは必死に逃げようとする。
こんなところで死んでたまるか。こんなドラゴンがいるなんて計算外もいいところだった。最初の仕事だというのになんてついていないのだろう。
とにかく逃げなくては、一刻も早く――。
しかし、そううまくはいかなかった。
両手と片足で地面を這うグレース。彼女へ、まっすぐ跳ね返された黄色い炎の粉がかかる。
「あつっ!」
黄色い炎は実際に身を焦がす炎ではないが、痛みは実際に火傷を負ったのと同程度。
火の粉がかかっただけでも猛烈で、悲鳴を上げずにはいられない。
そしてそれと同時に、ドラゴンが一歩、また一歩とこちらへ近づいてくるのだ。その牙からは紫の息が漂っており、あれがおそらく足の痛みをもたらした毒。
このドラゴンは毒を持っている。しかもかなり強力な。
詰んだかも知れない、とその瞬間にグレースは思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……死ぬのか?
こんなところで? こんな、まだ何も始まっていないところで?
それも正体不明のドラゴンに。全く何も関係のない奴に。
まだ復讐劇は始まったばかりだ。それを途上で終わらせることなどできないし、したくない。
やがては国を持ち女王になる覚悟をグレースは持っている。なのにこんな森の片隅で殺されるなど許せるはずがなかった。
しかし便りの魔法は少しも効力がないのだからなすすべがない。
かつての婚約者の顔が脳裏に浮かんだ。
あいつさえいなければワタクシはこんな思いをせずに済んだのに、そう思い、無性に腹が立ってくる。
その怒りのままにドラゴンへ攻撃をぶちかますが、どれも空振り。魂を焼く青の炎ですら効かなかったのは初めてだった。
やはりパーティーメンバーとやらを雇っておく必要があったかも知れない。
色々と面倒ごとはあるだろうがいざという時の捨て駒に使えたのに。惜しいことをした。
魔獣の牙が彼女に迫る。
その時に感じたのは、ただただ悔しさだった。義妹の嘲笑う声がどこからか聞こえる。
『お義姉様お義姉様、先に逝ってしまうなんてずるいですわ。お義姉様っていつもいつもわたしより先なんですのね。おほほほほほほほ』
その幻聴から逃れたくてももはや毒が回って体が動かなくなってきてしまった。
死が、来る――。
「ギャゥ!?」
直後、突如としてドラゴンが悲鳴を上げる。
その肩口から血飛沫が勢いよく飛び散り、グレースの頬を濡らした。
目の前で起こったことが理解できずに彼女は目を見開く。
そしてそこに映り込んだのは、見たこともない青年の姿で。
「例の魔物がまさかドラゴンだったとは……。レディーに牙を向けるとははしたないな。この剣の餌食になるがいい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それが、グレースの人生を大きく変えることとなる彼との出会いだった。
それがその瞬間抱いたグレースの率直な感想であり、恐怖というよりかは困惑だった。
視線の先に佇んでいるのは、紫色の体をした大きな怪物だった。
森に生えている大木よりも図体がでかい。まるで小さな屋敷のようであるそれには、しかしきちんと四肢と胴体、そして凶暴そうな顔がついている。
それはまさしく昔、世話係だった侍女が読んでくれたおとぎ話に登場した化け物――竜やドラゴンと呼ばれる存在で間違いなかった。
そのドラゴンはこちらをじっと見つめている。
紫紺の瞳が楽しげに光った。これからこいつは自分を殺す気なのだとグレースは直感し、そしてどうしようかと思考を巡らせる。
とりあえず立とうとしたが、足に力が入らなかった。おそらくはこのドラゴンによってもたらされたであろう先ほどの激痛のせいだ。足に浮かぶ斑点を見る限り、毒で間違いなかった。
足が完全に麻痺してしまっている。どうにか片足を引き摺って進めないこともないがそれでは間に合わないことは確か。
グレースはあくまで薬草を取りに来ただけなのだ。未だに薬草がどれかはわからないが。
ともかく、こんなドラゴンが住んでいるだなんて話は聞かされていない。予想外の遭遇だったがこちらの打てる手は現在一つだけだった。
「――『赤き炎よ、悪しき魔物の体を焼き焦がせ』」
ドラゴンへ向かって魔法を唱え、紅炎を放つ。
それはまっすぐにドラゴンの方に飛んでいく。だが、
「ガァ――ッ!」
それを長い尾を一振りするだけで、最も簡単に打ち払ってしまった。
その一撃だけでグレースは理解する。これはDランクの自分が関わるべき相手ではない、と。
ドラゴンというのは昔話によく悪者として出てくる。
その大抵は森に住み、英雄を邪魔する。それを英雄が打倒してなんらかの力を得る……という展開が多い。実際にそういうことも史実の中にはあったそうな。
そしてその怪物と今対峙している。いくら魔力が大きく、炎が扱えるとはいえ、グレースは英雄でもなければ熟練の魔術師でもない。こんな巨竜を相手にできるわけがないのだ。
ここはまず、逃げるべきだ。そして薬草採取も諦め別の仕事にしよう。
こんな魔物は別の奴が倒せばいい。これを仲間につければ国を滅ぼすことくらい容易いが、だからと言って勝てる気がしない。
「『金の炎よ、魔物を包み痛みを与えよ』っ!」
黄色い火炎を放ち、グレースは必死に逃げようとする。
こんなところで死んでたまるか。こんなドラゴンがいるなんて計算外もいいところだった。最初の仕事だというのになんてついていないのだろう。
とにかく逃げなくては、一刻も早く――。
しかし、そううまくはいかなかった。
両手と片足で地面を這うグレース。彼女へ、まっすぐ跳ね返された黄色い炎の粉がかかる。
「あつっ!」
黄色い炎は実際に身を焦がす炎ではないが、痛みは実際に火傷を負ったのと同程度。
火の粉がかかっただけでも猛烈で、悲鳴を上げずにはいられない。
そしてそれと同時に、ドラゴンが一歩、また一歩とこちらへ近づいてくるのだ。その牙からは紫の息が漂っており、あれがおそらく足の痛みをもたらした毒。
このドラゴンは毒を持っている。しかもかなり強力な。
詰んだかも知れない、とその瞬間にグレースは思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……死ぬのか?
こんなところで? こんな、まだ何も始まっていないところで?
それも正体不明のドラゴンに。全く何も関係のない奴に。
まだ復讐劇は始まったばかりだ。それを途上で終わらせることなどできないし、したくない。
やがては国を持ち女王になる覚悟をグレースは持っている。なのにこんな森の片隅で殺されるなど許せるはずがなかった。
しかし便りの魔法は少しも効力がないのだからなすすべがない。
かつての婚約者の顔が脳裏に浮かんだ。
あいつさえいなければワタクシはこんな思いをせずに済んだのに、そう思い、無性に腹が立ってくる。
その怒りのままにドラゴンへ攻撃をぶちかますが、どれも空振り。魂を焼く青の炎ですら効かなかったのは初めてだった。
やはりパーティーメンバーとやらを雇っておく必要があったかも知れない。
色々と面倒ごとはあるだろうがいざという時の捨て駒に使えたのに。惜しいことをした。
魔獣の牙が彼女に迫る。
その時に感じたのは、ただただ悔しさだった。義妹の嘲笑う声がどこからか聞こえる。
『お義姉様お義姉様、先に逝ってしまうなんてずるいですわ。お義姉様っていつもいつもわたしより先なんですのね。おほほほほほほほ』
その幻聴から逃れたくてももはや毒が回って体が動かなくなってきてしまった。
死が、来る――。
「ギャゥ!?」
直後、突如としてドラゴンが悲鳴を上げる。
その肩口から血飛沫が勢いよく飛び散り、グレースの頬を濡らした。
目の前で起こったことが理解できずに彼女は目を見開く。
そしてそこに映り込んだのは、見たこともない青年の姿で。
「例の魔物がまさかドラゴンだったとは……。レディーに牙を向けるとははしたないな。この剣の餌食になるがいい」
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それが、グレースの人生を大きく変えることとなる彼との出会いだった。
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