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第二話 ずるい義妹
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グレースの母が死に、侯爵家に後妻が迎え入れられたのはグレースが八歳の時だったろうか。
母の死から三ヶ月も経っていなかったように思う。そんな中で新たにできた家族は、それはそれは酷いものだった。
美貌だけはあるが金遣いが荒く、妙に着飾って顔色が悪い継母。
そして彼女が連れて来た少女――義妹となったジェイミー。
ジェイミーは一見すれば、可愛い花のような少女だった。
ネイビーブルーの髪に空色の瞳。空色の瞳は父親譲りで、グレースとジェイミーが一歳しか歳が離れていなかったことから事情は察せる。
グレースはそれでも、例え彼女が父親の不貞によって生まれた子供でも、可愛がるつもりだった。
しかしアグリシエ侯爵家に彼女らが慣れてきたある時からそれは始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お義姉様お義姉様、そのドレスずるいですわ。わたしのよりも手をかけたでしょう」
「お義姉様、栗毛なんてずるいですわ。わたしより美しいなんて酷いですわよ!」
「お義姉様ったらずるいですわ。社交界に自分だけ出るだなんて。わたしも出させてくれなきゃ嫌です」
まるで幼子のような甘え方だった。
しかしそれをさらに助長させたのは継母の侯爵夫人だ。
彼女はジェイミーを甘やかし、継子であるグレースを極端に冷遇する。
ジェイミーの発言が絶対だった。ドレスが欲しいと言えば奪われ、社交界に出たいとジェイミーが言い出せば自分は出られなくなる。
そんな生活の中、当然ながらグレースは不満を募らせていた。しかしそれでもにこやかに過ごして来たつもりだ。
ずるいことなんて本当は何もありはしない。
ずるいのはジェイミーの方だ。五歳下ならまだしも、そんな歳でそれを言うのは明らかに卑怯だと思っていた。
しかしそれを口に出せば引っ叩かれる。父親も結局はジェイミーの味方で誰もグレースを庇ってくれる者などいない。
辛くなかったと言えば嘘になる。
それでも彼女は耐えていた。ジェイミーにだってプレゼントを贈り、精一杯尽くしていたのに、彼女はずるいずるいを繰り返すのだから。
「……ワタクシ、なんだか虚しいです」
――元平民だから?
――一歳下の義妹だから?
――まだ貴族の世界には慣れていないから?
そんなのは関係ない。
どうしてジェイミーだけが優遇され、自分は蔑ろにされなければならないのだろう。
そう思い、もう死んでしまおうかなどと考えていたある日のことだった。
グレースに婚約者ができたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハドムン・ボークス。
第一王子であり、出会った当時はまだ十歳だった彼。癖っ毛の金髪が眩しく、橙色の瞳は太陽のようだと思った。
「ワタクシはグレース・アグリシエと申します」
「ハドムンだ。お前が私の婚約者か。なかなかに美しい娘だな、せいぜい私の婚約者としてふさわしいように努めよ」
ハドムン王太子は、明るい人だった。
凍りついていたグレースの心に光を与えたのは彼だ。彼は上から目線で傲慢であったが、いつもグレースを美しいと褒め、励ましてくれた。
この人となら未来を生きられる。そう思っていたのは何歳の頃までだったか。
成長していくうち、ハドムンがダメな奴だとわかっていった。
自分が王妃教育に励んでいるというのに彼はちっとも王太子教育を受けようとしない。そればかりか面倒ごとは全てグレースに任せ、遊び呆けるようになっていく。
グレースはそれでもいいと思っていた。
侯爵家では相変わらずの冷遇だ。ハドムンにもらったプレゼントも全部ジェイミーのもの。「ずるい」と言ってしまえば何でも奪える、ジェイミーはそう思っているのだろう。そしてそれは間違っていない。
ハドムンに縋りたい気持ちがあった。
けれどそれも叶わない。ハドムンはいつの間にかグレースから遠ざかっていき、義妹のジェイミーと親しくするようになった。
「でもいいです。ワタクシが殿下の婚約者なのですから……」
しかしそれは間違いだった。
また、奪われたのだ。
ジェイミーはとうとうハドムンに恋してしまったのだ。そして遠慮なくこう言い放った。
「お義姉様、ずるいですわ。婚約者をわたしに寄越して」
これにはさすがにグレースの堪忍袋の尾が切れた。
その晩中ずっと口を利かなかった。そうしていたら継母に殴られ、父親に罵倒され、「お前が悪い」と言われた。
「ワタクシが、何をしたというんですか」
胸の中に怒りが湧いてくる。
けれどグレースにはどうすることもできなかった。だって彼女はまだ十五歳。何をするにもまだ若すぎた。
そのうち、ジェイミーはマゾヒスト的な奇行を始める。
自分を鞭で叩き、花瓶を割って破片で体を傷つける。それはそれは見苦しいもので。
しかしその真意に気づけなかったのはグレースの過失だろう。
ジェイミーはそれによって、グレースの罪を偽造する。
誰も、もはやハドムンすらも味方ではなくなってしまったグレースに、手を差し伸べる者はいなかった。
「ジェイミー。あなたは本当にずるい女です」
グレースは口の中だけで呟いたのだった。
母の死から三ヶ月も経っていなかったように思う。そんな中で新たにできた家族は、それはそれは酷いものだった。
美貌だけはあるが金遣いが荒く、妙に着飾って顔色が悪い継母。
そして彼女が連れて来た少女――義妹となったジェイミー。
ジェイミーは一見すれば、可愛い花のような少女だった。
ネイビーブルーの髪に空色の瞳。空色の瞳は父親譲りで、グレースとジェイミーが一歳しか歳が離れていなかったことから事情は察せる。
グレースはそれでも、例え彼女が父親の不貞によって生まれた子供でも、可愛がるつもりだった。
しかしアグリシエ侯爵家に彼女らが慣れてきたある時からそれは始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お義姉様お義姉様、そのドレスずるいですわ。わたしのよりも手をかけたでしょう」
「お義姉様、栗毛なんてずるいですわ。わたしより美しいなんて酷いですわよ!」
「お義姉様ったらずるいですわ。社交界に自分だけ出るだなんて。わたしも出させてくれなきゃ嫌です」
まるで幼子のような甘え方だった。
しかしそれをさらに助長させたのは継母の侯爵夫人だ。
彼女はジェイミーを甘やかし、継子であるグレースを極端に冷遇する。
ジェイミーの発言が絶対だった。ドレスが欲しいと言えば奪われ、社交界に出たいとジェイミーが言い出せば自分は出られなくなる。
そんな生活の中、当然ながらグレースは不満を募らせていた。しかしそれでもにこやかに過ごして来たつもりだ。
ずるいことなんて本当は何もありはしない。
ずるいのはジェイミーの方だ。五歳下ならまだしも、そんな歳でそれを言うのは明らかに卑怯だと思っていた。
しかしそれを口に出せば引っ叩かれる。父親も結局はジェイミーの味方で誰もグレースを庇ってくれる者などいない。
辛くなかったと言えば嘘になる。
それでも彼女は耐えていた。ジェイミーにだってプレゼントを贈り、精一杯尽くしていたのに、彼女はずるいずるいを繰り返すのだから。
「……ワタクシ、なんだか虚しいです」
――元平民だから?
――一歳下の義妹だから?
――まだ貴族の世界には慣れていないから?
そんなのは関係ない。
どうしてジェイミーだけが優遇され、自分は蔑ろにされなければならないのだろう。
そう思い、もう死んでしまおうかなどと考えていたある日のことだった。
グレースに婚約者ができたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハドムン・ボークス。
第一王子であり、出会った当時はまだ十歳だった彼。癖っ毛の金髪が眩しく、橙色の瞳は太陽のようだと思った。
「ワタクシはグレース・アグリシエと申します」
「ハドムンだ。お前が私の婚約者か。なかなかに美しい娘だな、せいぜい私の婚約者としてふさわしいように努めよ」
ハドムン王太子は、明るい人だった。
凍りついていたグレースの心に光を与えたのは彼だ。彼は上から目線で傲慢であったが、いつもグレースを美しいと褒め、励ましてくれた。
この人となら未来を生きられる。そう思っていたのは何歳の頃までだったか。
成長していくうち、ハドムンがダメな奴だとわかっていった。
自分が王妃教育に励んでいるというのに彼はちっとも王太子教育を受けようとしない。そればかりか面倒ごとは全てグレースに任せ、遊び呆けるようになっていく。
グレースはそれでもいいと思っていた。
侯爵家では相変わらずの冷遇だ。ハドムンにもらったプレゼントも全部ジェイミーのもの。「ずるい」と言ってしまえば何でも奪える、ジェイミーはそう思っているのだろう。そしてそれは間違っていない。
ハドムンに縋りたい気持ちがあった。
けれどそれも叶わない。ハドムンはいつの間にかグレースから遠ざかっていき、義妹のジェイミーと親しくするようになった。
「でもいいです。ワタクシが殿下の婚約者なのですから……」
しかしそれは間違いだった。
また、奪われたのだ。
ジェイミーはとうとうハドムンに恋してしまったのだ。そして遠慮なくこう言い放った。
「お義姉様、ずるいですわ。婚約者をわたしに寄越して」
これにはさすがにグレースの堪忍袋の尾が切れた。
その晩中ずっと口を利かなかった。そうしていたら継母に殴られ、父親に罵倒され、「お前が悪い」と言われた。
「ワタクシが、何をしたというんですか」
胸の中に怒りが湧いてくる。
けれどグレースにはどうすることもできなかった。だって彼女はまだ十五歳。何をするにもまだ若すぎた。
そのうち、ジェイミーはマゾヒスト的な奇行を始める。
自分を鞭で叩き、花瓶を割って破片で体を傷つける。それはそれは見苦しいもので。
しかしその真意に気づけなかったのはグレースの過失だろう。
ジェイミーはそれによって、グレースの罪を偽造する。
誰も、もはやハドムンすらも味方ではなくなってしまったグレースに、手を差し伸べる者はいなかった。
「ジェイミー。あなたは本当にずるい女です」
グレースは口の中だけで呟いたのだった。
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