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第九話 暴かれる王家の罪②
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「こ、国王陛下に物申させていただきます」
声が震える。今すぐにでも俯いてしまいそうなのをグッと我慢して、淑女の礼もせずにまっすぐ国王を見据えた。
自分の血縁上の父親とされている男。
逆らわない方がいいと、ずっと思っていた。耐えて耐えて耐え続ければいいのだと――そうするしかないのだと自分に言い聞かせ、いずれ逃げてみせるという淡い希望を胸に生きてきた。
けれど、本音を口にしていいというのなら、わたしが言いたいことは一つだ。
「わたしはあなたの……あなたの娘なんかではありませんっ。考えるだけでも、おぞましい」
「アグネス。フレミング侯爵にたぶらかされたのか? お前に危害を加えたことなど一度もないだろう」
国王の反論に、わたしはゆるゆると首を横に振る。
彼の言う通り、直接的に手を上げられたことはなかった。いつかこのような状況に陥った際、少しでも有利に立てるようにするためかも知れない。
それでも、こうなったらもう言い逃れなんてさせてやらない。
「わたしは長年腹違いの兄たち、そして使用人に暴力を振るわれていました。ほとんどのアザは消えてしまいましたが、城中の誰もが見ていたはず。しかしその行為を黙認し助長したのは、あなただったでしょう。
そもそもわたしの母を殺したのはあなたです。側妃であった母を道具のように使い捨て、娘も道具として使おうとして。さぞ楽しかったでしょうね。わたしが今までの半生を地獄の中で過ごさなければならなかった元凶のくせに、優しい父親ヅラをしないで!」
依然として恐怖による震えは止まらない。いまだに国王のことを恐ろしいと思っているのだ。
国王だけではない。使用人や兄たちも、今でも怖い。それでも真正面からこうして話しかけられているのは、侯爵様の支えがあるからこそ。
わたしは心の中でそっと、侯爵様に感謝していた。
「何を言うか! 育ててやった恩も忘れて――」
「親子の仲なんてあった覚えが一切ないです。唯一恩があるとすれば、一生ズタボロのまま飼い殺しにせずに城の外に出してくれたことくらいですもの!」
嫁がせてもらえたのは、今までの仕打ちについてわたしが口外しないと思われたからだろう。
事実、このようなことがなければ誰にも明かすつもりはなかった。だからと言ってそこにつけ込まれたのは腹立たしいことこの上ない。
「この……ッ!」
国王は怒りのあまり血管が切れたのか、鼻から血をぼたぼたと垂らし、真っ赤な顔でこちらを睨みつける。
それでもわたしは、怯まない。その程度で折れるつもりはなかった。
わたしと国王が睨み合う中、無謀にも割り込んでくる人物が一人。
それは国王の一歩後ろで息を潜めていた王妃だった。
王妃は、まるで小動物のような可愛らしい女性と称されている、いや、称されていたらしい。
歳は三十くらいだろうに、小柄なのと若々しいせいで少女と言っても通用するような見た目をしている。それが目に涙をいっぱいに溜めて、声を上げればまるでその言葉が正しいかのように聞こえることだろう。
「おやめください、アグネス姫。こんな形で今までの関係を全て壊すだなんて……! 私、あなたのことを実の娘のように思って」
しかしそれを即座に遮り、反論したのは侯爵様だった。
「裏で手を回し、使用人たちを利用してアグネスを執拗に痛めつけたことも知っている。迂闊だったな。城に出入りしていた複数の貴族に聞かれていたぞ。国王が賄賂を渡していたらしいが、それも寝返った」
「そんな、言いがかりです!」
「二人の伯爵は国の特別機関で正式に尋問され、応答した記録が残っている」
予想していないわけではなかったものの、王妃のことに関してはわたしは初耳だった。
やはり王妃もろくでもない。それをしっかり調べてくれた侯爵様は、本当にすごいと思う。
一気に分が悪くなった王妃だけれど、「アグネス姫……」という涙声での訴えかけをわたしは無視する。
パーティーの参加者たちの視線は徐々に冷ややかになっていった。公爵たちと侯爵様、そしてわたしの証言・証拠の数々に、さすがにどちらが正しいかわかったらしい。
「言いがかりはそちらです。虚言を吐くのも泣くのもお好きにどうぞ。わたしはもう、フレミング侯爵家の人間。あなたたちとは何の関係もない。……持ちたくも、ないですから」
強張る頬を笑みの形に歪める。
本当は侯爵家からの脱走を目論んでいたなんてことはこの場では言わないでおくとしよう。
「なんてひどいっ……!」
悲劇の主人公のようにすすり泣き始める王妃。国王は彼女を支えることもせず、ただ必死に罵倒の言葉を呑み込んでいるようだ。
しかしその一方で、そんな光景を見ていた兄たちが黙っているはずがなかった。
「父のみならず母への侮辱、側妃腹の穢らわしい子のくせに許しはせぬぞ!!」
「本当にどういうつもりなのかな? こんなことなら最初から殺しておけば良かったみたいだ。病死にならず生き永らえられたのは誰のおかげだと思っている?」
烈火の如き怒声を上げ、猛然とこちらへ飛びかかってくる腹違いの長兄、胸ポケットから護身用らしきナイフを抜き出す腹違いの次兄。
久々に向けられる敵意――いや、敵意を超えた殺意。でもわたしは悲鳴を上げなかった。
だってここは、誰の助けも来ない城の中ではない。それより何より、侯爵様が腕で庇ってくれたから。
「王子たちが乱心だ。直ちに取り押さえよ」
宰相の命令に従い、衛兵が一気に動き出す。
それによって王子二人は大勢に取り囲まれ、驚くほどの素早さで無力化された。
わたしに暴力を振るい続けてきた彼らが地面に組み伏せられるその光景を見ていたわたしは、呆然とするしかない。まさかここまであっさりと終わってしまうなんて……と。
「よく、耐えたな」
ぼそりと、他の人には聞こえないだろう小声で侯爵様がわたしに囁く。
それにこくりと頷いた途端、なぜだか胸が温かくなった。
「ありがとうございます、侯爵様」
わたしは静かに微笑んだ。
声が震える。今すぐにでも俯いてしまいそうなのをグッと我慢して、淑女の礼もせずにまっすぐ国王を見据えた。
自分の血縁上の父親とされている男。
逆らわない方がいいと、ずっと思っていた。耐えて耐えて耐え続ければいいのだと――そうするしかないのだと自分に言い聞かせ、いずれ逃げてみせるという淡い希望を胸に生きてきた。
けれど、本音を口にしていいというのなら、わたしが言いたいことは一つだ。
「わたしはあなたの……あなたの娘なんかではありませんっ。考えるだけでも、おぞましい」
「アグネス。フレミング侯爵にたぶらかされたのか? お前に危害を加えたことなど一度もないだろう」
国王の反論に、わたしはゆるゆると首を横に振る。
彼の言う通り、直接的に手を上げられたことはなかった。いつかこのような状況に陥った際、少しでも有利に立てるようにするためかも知れない。
それでも、こうなったらもう言い逃れなんてさせてやらない。
「わたしは長年腹違いの兄たち、そして使用人に暴力を振るわれていました。ほとんどのアザは消えてしまいましたが、城中の誰もが見ていたはず。しかしその行為を黙認し助長したのは、あなただったでしょう。
そもそもわたしの母を殺したのはあなたです。側妃であった母を道具のように使い捨て、娘も道具として使おうとして。さぞ楽しかったでしょうね。わたしが今までの半生を地獄の中で過ごさなければならなかった元凶のくせに、優しい父親ヅラをしないで!」
依然として恐怖による震えは止まらない。いまだに国王のことを恐ろしいと思っているのだ。
国王だけではない。使用人や兄たちも、今でも怖い。それでも真正面からこうして話しかけられているのは、侯爵様の支えがあるからこそ。
わたしは心の中でそっと、侯爵様に感謝していた。
「何を言うか! 育ててやった恩も忘れて――」
「親子の仲なんてあった覚えが一切ないです。唯一恩があるとすれば、一生ズタボロのまま飼い殺しにせずに城の外に出してくれたことくらいですもの!」
嫁がせてもらえたのは、今までの仕打ちについてわたしが口外しないと思われたからだろう。
事実、このようなことがなければ誰にも明かすつもりはなかった。だからと言ってそこにつけ込まれたのは腹立たしいことこの上ない。
「この……ッ!」
国王は怒りのあまり血管が切れたのか、鼻から血をぼたぼたと垂らし、真っ赤な顔でこちらを睨みつける。
それでもわたしは、怯まない。その程度で折れるつもりはなかった。
わたしと国王が睨み合う中、無謀にも割り込んでくる人物が一人。
それは国王の一歩後ろで息を潜めていた王妃だった。
王妃は、まるで小動物のような可愛らしい女性と称されている、いや、称されていたらしい。
歳は三十くらいだろうに、小柄なのと若々しいせいで少女と言っても通用するような見た目をしている。それが目に涙をいっぱいに溜めて、声を上げればまるでその言葉が正しいかのように聞こえることだろう。
「おやめください、アグネス姫。こんな形で今までの関係を全て壊すだなんて……! 私、あなたのことを実の娘のように思って」
しかしそれを即座に遮り、反論したのは侯爵様だった。
「裏で手を回し、使用人たちを利用してアグネスを執拗に痛めつけたことも知っている。迂闊だったな。城に出入りしていた複数の貴族に聞かれていたぞ。国王が賄賂を渡していたらしいが、それも寝返った」
「そんな、言いがかりです!」
「二人の伯爵は国の特別機関で正式に尋問され、応答した記録が残っている」
予想していないわけではなかったものの、王妃のことに関してはわたしは初耳だった。
やはり王妃もろくでもない。それをしっかり調べてくれた侯爵様は、本当にすごいと思う。
一気に分が悪くなった王妃だけれど、「アグネス姫……」という涙声での訴えかけをわたしは無視する。
パーティーの参加者たちの視線は徐々に冷ややかになっていった。公爵たちと侯爵様、そしてわたしの証言・証拠の数々に、さすがにどちらが正しいかわかったらしい。
「言いがかりはそちらです。虚言を吐くのも泣くのもお好きにどうぞ。わたしはもう、フレミング侯爵家の人間。あなたたちとは何の関係もない。……持ちたくも、ないですから」
強張る頬を笑みの形に歪める。
本当は侯爵家からの脱走を目論んでいたなんてことはこの場では言わないでおくとしよう。
「なんてひどいっ……!」
悲劇の主人公のようにすすり泣き始める王妃。国王は彼女を支えることもせず、ただ必死に罵倒の言葉を呑み込んでいるようだ。
しかしその一方で、そんな光景を見ていた兄たちが黙っているはずがなかった。
「父のみならず母への侮辱、側妃腹の穢らわしい子のくせに許しはせぬぞ!!」
「本当にどういうつもりなのかな? こんなことなら最初から殺しておけば良かったみたいだ。病死にならず生き永らえられたのは誰のおかげだと思っている?」
烈火の如き怒声を上げ、猛然とこちらへ飛びかかってくる腹違いの長兄、胸ポケットから護身用らしきナイフを抜き出す腹違いの次兄。
久々に向けられる敵意――いや、敵意を超えた殺意。でもわたしは悲鳴を上げなかった。
だってここは、誰の助けも来ない城の中ではない。それより何より、侯爵様が腕で庇ってくれたから。
「王子たちが乱心だ。直ちに取り押さえよ」
宰相の命令に従い、衛兵が一気に動き出す。
それによって王子二人は大勢に取り囲まれ、驚くほどの素早さで無力化された。
わたしに暴力を振るい続けてきた彼らが地面に組み伏せられるその光景を見ていたわたしは、呆然とするしかない。まさかここまであっさりと終わってしまうなんて……と。
「よく、耐えたな」
ぼそりと、他の人には聞こえないだろう小声で侯爵様がわたしに囁く。
それにこくりと頷いた途端、なぜだか胸が温かくなった。
「ありがとうございます、侯爵様」
わたしは静かに微笑んだ。
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