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第五話 不可思議な花嫁 〜sideサイモン〜

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 本当にこの少女は何なのだろうか。
 抱きしめられるがままになっている彼女の金髪をいじりながら、俺は静かに思案していた。

 病弱で城から一歩も出られない薄幸の姫。
 そんな風に伝え聞いてはいたが、彼女の様子はあまりに違い過ぎる。確かに世間知らずなところは多分にある。だが、それならどうして逃亡を繰り返していたのかの説明がつかない。

 まるで彼女は常に何かに怯え続けているかのように見える。
 しかし悪い噂ばかりの俺を嫌っているわけではなさそうで、ますます彼女の意図がわからないのだった。

 これは王命による婚姻でもあるから、逃げられては困る。
 そんな理由で始めた彼女の監視であったが、その中で俺は気づいていた。

 この不可思議な少女に、自分が強く興味を引かれているということに。



 ――最初は、どうせろくでもない女が嫁いでくるのだろうと決めつけていた。

 フレミング侯爵家は国内においてかなり重要な立ち位置にある。
 国内の三大公爵家と呼ばれる名家たちと肩を並べるほどの広大な領地を持ち、過去に宰相を輩出しているほど。発言権がかなり大きい国内情勢の要だ。

 今代の当主となった俺ことサイモン・フレミングはしかし、いつまで経っても誰も娶らない。それでは色々不都合が生じる故に、王命という形で結ばれることになったのが今回の縁談だ。
 けれど、花嫁となるアグネス王女を心的にも肉体的にも愛するつもりは毛頭なかった。

 女なんて目にするのさえ嫌だ。
 そう思うようになったのは、とある事件がきっかけだった。

 俺は少年期はひょろっとしていながらも可愛いと称される類の子供だった。
 女性人気が高く、勝手にクッキーを持参したり俺の後を尾けてくるような令嬢が少なからずいたのだが、しかし当時俺はとある伯爵家の令嬢と婚約していたから、礼儀知らずの令嬢たちの相手をしていなかった。

 もしかするとそれを上手くあしらっておけば、あんなことは起こらずに済んだのかも知れない。

 俺に心酔する令嬢の一人の屋敷で開かれたガーデンパーティーへ足を運んでいた時、「ちょっとよろしいかしら?」と強引に物陰へ連れ込まれ、押し倒された。

 必死で抵抗したが、とてもではないが敵わなかった。その令嬢は俺より数歳年上であったので体格差があったのだ。
 人生で初めての口付けをされ、気持ちの悪い愛の言葉を囁かれ――――それ以降はもう思い出したくもない。

 俺の責ではないはずなのに、勝手に俺が浮気をしたことになった。
 そして元婚約者の伯爵令嬢から投げかけられた言葉がトドメだったのだと思う。

『あなたがそんなことをなさるなんてね。失望せざるを得ませんわ。……この、クズ男』

 それから俺は女嫌いになった。……いや、きっと怖かったのだろう。
 女とろくに言葉を交わすことなく、全てが汚物に見えて仕方なく、侍女すらなるべく遠ざけていたほどだ。

 そんな俺だから、嫁いできた花嫁にだって興味がなかった。
 金髪に丸い紅の瞳の少女。病弱というだけあって痩せ過ぎだが、そこそこ可憐な顔はしているなと思った。

 あくまで書類上の結婚。そう思っていたのに、花嫁の奇行から徐々に目が離せなくなっていく。

「何をしている」

「…………ぎゃぁぁああああああ!!!」

 結婚翌日、早速窓を割って外へ出て行こうとしていた彼女を見つけた。
 その夜も、数日後も。度々繰り返されるその逃亡を受け、俺は「野獣か」と驚きとも憤りとも言えない感情を抱くばかりだった。

 そして彼女を監視するうち、気づく。
 普通の人生を送ってきたとは思えない、彼女の態度の一つ一つの異様さ。そして俺を恍惚とした目で見ないということにも。

 ――なんなんだ、この娘は。

 噂通りとは違う。心が醜く汚らしくもなければ、ただの病弱で軟弱な女というわけでもない。
 彼女のことを詳しく調べなければと思った。これは絶対、何かある。

 アグネス・エル・シェブーリエ――今は形式上とはいえ俺の妻であるので正確にはアグネス・フレミングだが――の過去の全てを探った。
 側妃腹にして王家唯一の王女。病弱だが家族に溺愛されていると有名で、娘のためを想って国王がやっと彼女を嫁に出した。これが表向きの情報だ。

 では、裏は?

 金はいくらでもある。それを使って調べれば使用人あたりからポロポロと情報は漏れてくるものだ。
 それだけで美談の皮はあっという間に剥がれていった。

 本人の言う通り、彼女は至って健康だった。ただ、信じられないほどのひどい虐待を受けていただけで。

 国王が嫌悪していた側妃の娘だからという理由で長年王族としての扱いを受けておらず、薄汚れていたこと。
 使用人たちや正妃腹の王子たちからの度重なる暴力、そして正妃からも裏から嫌がらせの指示があったこと。国王自身はそれを知っていながら無言を貫くことで加担し、俺の元へ嫁いできたこと自体が嫌がらせであったこと。
 浮気者の訳あり侯爵に嫁いで不幸になることを望んでいたというのだ。

 知れば知るほど吐き気を催すその内容に、俺はぎゅっと目を閉じた。

 全部、辻褄が合う。合ってしまう。
 彼女は使用人を苦手がるところがあった。他にもこちらが少々不機嫌を表せば身構え、悲鳴を上げていたが、あれはこの過去が原因だったのか。
 これなら何もかもから逃げ出したくもなるだろう。俺だって何年間も女という化け物から逃げ続けていたのだから、彼女の気持ちがわかる気がした。

 けれどもあれほど嫌悪していたのが嘘であるかのように近頃などは彼女を抱きしめているのが当たり前になった。これは彼女を見張っておかなければならないという義務感というよりは、もっと別の感情に起因するもので。

 だから――。

「これを見て見ぬふりなどできないな」

 俺は呟いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今の王家などに、国を任せてはいられない。
 俺が探った全てを明かし、三大公爵家に協力を仰いだ。

「王国へ叛くというのですか」
「ご意見はもっともです。ですがフレミング侯爵、いささかそれは難しいのでは」

 こういう風に難色を示す二人の公爵。
 しかし筆頭公爵家の当主であり今代の宰相はというと――。

「そうですな。国王陛下、そして王子の方々の傲慢さは表には出ていませんが、あれは必ず国を傾げるとは考えておりました。ずさんな状態が顕になった今が狙い目でしょう」

 さらにはこの計画を失敗すれば全て自分の責としていいとまで言うのだから、頼もしい限りだ。
 そういうことならと他二つの公爵家も頷いてくれ、俺たちは秘密裏に話を進めることになった。
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