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【明の章:あみだくじの殺人】
3(3)「その十二時間のうちに起きたこと/下」
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午前七時十五分、洗面所に行った木葉が、息子の死体を発見した。半開きとなったトイレの扉の前に、頭をこちらへ向けてうつ伏せで倒れていた。やはり首には紐状のもので絞められた痕があり、凶器は見当たらず。
木葉はすぐに、まずは史哲と稟音の部屋へ行って、扉を何度も強く叩いた。目覚めた二人が中から扉を開け、木葉は名草の死を報告。この騒がしさによって彩華も廊下に出てきた。だが菜摘は起きてこない。
夫の死をその妻に知らせるべく、木葉は息子夫婦の客室を同じく何度もノックした。しかし反応がない。ドアノブをひねると、錠は掛かっていなかった。そして開かれた扉の先、部屋の隅に置かれたベッドの上で、菜摘もまた死んでいた。首には紐状のもので絞められた痕があり、凶器は見当たらず。
間もなく史哲によって報せは全員に回った。名草と菜摘を除いた皆は無事で、それぞれの部屋にいた。名草・菜摘の客室の前に揃った一同は、寝不足や疲労や焦燥や恐怖や昂奮や悲嘆がごちゃ混ぜになりながらも、状況を確認した。
名草と菜摘のうち、先に殺されたのはおそらく名草の方だろう。彼は朝方にトイレへ行き、其処から出たときに襲われた。午前六時前後に一度目を覚ました稟音が、史哲に付き添ってもらいながらトイレに行った際には死体なんてなかったと云うので、名草が殺害されたのはそれから七時十分頃までの約一時間の間と分かる。続いて犯人は、部屋でひとりとなった菜摘を殺しに向かった。きっと菜摘は眠っていたのだろう。ならば名草が出たことで錠も開いたままとなっていたに違いないから、犯人は易々とベッドの上の彼女を殺害し、自室へと戻って行けたはずである。
アリバイを認められる者は皆無だった。六時過ぎにトイレから部屋へ戻った稟音と史哲はすぐにまた眠ったと云うし、他の人々についてもこの一時間は就寝中だった。かしこは朝食の準備のために起きているべき時間だったけれど、昨晩が遅かったこともあり、史哲に扉を叩かれてやっと目覚めたとのことだ。
また、ここで再三となる館内の調査が行われた。東側を史哲と木葉が、西側を秋文と圭太が見て回り、他の者は食堂で待機した。とはいえ、さすがに今度の調査は微に入り細を穿つようなそれではない。主に扉と窓に異常がないか、簡単に確認していっただけである。案の定、芳しい成果は得られず、八時半、食堂にて全員が席に着いた。
「……そして探偵・渦目摩訶子に事件解決を依頼する運びとなり、今に至るってわけだ」
「ありがとう、茶花くん。とても良かったよ」
労をねぎらわれ、俺は軽く頭を下げる。摩訶子のターンとなる。
「名草と菜摘の死に対する人々の反応に言及しておこう。史哲については先刻述べたとおりだが、他に気になったのはまず木葉だ。妻の死体を前にしてさえ冷笑的な態度をとっていた彼なのに、今朝は誰の目にも明らかに狼狽が表れていたではないか」
「そうだったな。あれは俺も引っ掛かったよ」
「食堂での話し合いのときにはいつもの調子に戻っていたがね、ならばなおのこと、今朝の苛立った様子は本心の発露だったのだと分かる。どうして妻と子でこうも反応が変わるのだろうか? 史哲にも木葉にも云えるのは、一貫性のおかしな欠如だよ。その点、どの死に対しても平等にヒステリーぶりを発揮し続けている稟音は分かりやすいものさ」
歯に衣着せぬ云い方……中傷になってしまいかねないので、同調はせずにおいた。
「圭太は娘の死を悲しんでいるのが見受けられたね。瑞羽の方は複雑だ――彼女は益美の死から終始、怯えきっていると共に、何かを迷っているような煮えきらない態度が続いている。茶花くんは姉と義兄の死を真っ当に悲しみ、悔しそうにもしていたな」
「ああ、姉さんはもちろんだし、名草さんと彩華を含めた俺ら四人は、幼いころからよく遊んでいた。姉さんと名草さんが結婚したことからも分かるだろう、とても仲が良かったんだ」
「その割には、彩華は大した反応を示してなかったがね。もっとも彼女の場合、表情の変化が分かりにくいというのはある」
俺はそれにはあえて反応しなかった。すると摩訶子は、今度も唐突に席から立った。
心の奥を見透かすような双眸が、俺を見下ろす。何某かギクリとして、言葉を待つ。
「そろそろ行くとしよう。皆さんお待ちかねだ」
「……分かった」
後ろめたいことなんてないのに、俺は何を恐れたのだろうか。これでは間抜けである。
探偵に続いて、助手も腰を上げる。それが役割であり、いまの俺がすべきことだ。そして特に返答は期待せず、館の東側に出る扉へと向かって行く探偵の背中に問い掛けた。
「でも、どうなんだ? 君は今日中に解決すると約束していたけど、俺にはだいぶ難しいように思える」
探偵は振り返って微笑むと、事も無げに答えた。
「既に八合目だと云ったではないか。容疑者はたったひとりに絞られている。これから行うのは、その確認作業だよ」
木葉はすぐに、まずは史哲と稟音の部屋へ行って、扉を何度も強く叩いた。目覚めた二人が中から扉を開け、木葉は名草の死を報告。この騒がしさによって彩華も廊下に出てきた。だが菜摘は起きてこない。
夫の死をその妻に知らせるべく、木葉は息子夫婦の客室を同じく何度もノックした。しかし反応がない。ドアノブをひねると、錠は掛かっていなかった。そして開かれた扉の先、部屋の隅に置かれたベッドの上で、菜摘もまた死んでいた。首には紐状のもので絞められた痕があり、凶器は見当たらず。
間もなく史哲によって報せは全員に回った。名草と菜摘を除いた皆は無事で、それぞれの部屋にいた。名草・菜摘の客室の前に揃った一同は、寝不足や疲労や焦燥や恐怖や昂奮や悲嘆がごちゃ混ぜになりながらも、状況を確認した。
名草と菜摘のうち、先に殺されたのはおそらく名草の方だろう。彼は朝方にトイレへ行き、其処から出たときに襲われた。午前六時前後に一度目を覚ました稟音が、史哲に付き添ってもらいながらトイレに行った際には死体なんてなかったと云うので、名草が殺害されたのはそれから七時十分頃までの約一時間の間と分かる。続いて犯人は、部屋でひとりとなった菜摘を殺しに向かった。きっと菜摘は眠っていたのだろう。ならば名草が出たことで錠も開いたままとなっていたに違いないから、犯人は易々とベッドの上の彼女を殺害し、自室へと戻って行けたはずである。
アリバイを認められる者は皆無だった。六時過ぎにトイレから部屋へ戻った稟音と史哲はすぐにまた眠ったと云うし、他の人々についてもこの一時間は就寝中だった。かしこは朝食の準備のために起きているべき時間だったけれど、昨晩が遅かったこともあり、史哲に扉を叩かれてやっと目覚めたとのことだ。
また、ここで再三となる館内の調査が行われた。東側を史哲と木葉が、西側を秋文と圭太が見て回り、他の者は食堂で待機した。とはいえ、さすがに今度の調査は微に入り細を穿つようなそれではない。主に扉と窓に異常がないか、簡単に確認していっただけである。案の定、芳しい成果は得られず、八時半、食堂にて全員が席に着いた。
「……そして探偵・渦目摩訶子に事件解決を依頼する運びとなり、今に至るってわけだ」
「ありがとう、茶花くん。とても良かったよ」
労をねぎらわれ、俺は軽く頭を下げる。摩訶子のターンとなる。
「名草と菜摘の死に対する人々の反応に言及しておこう。史哲については先刻述べたとおりだが、他に気になったのはまず木葉だ。妻の死体を前にしてさえ冷笑的な態度をとっていた彼なのに、今朝は誰の目にも明らかに狼狽が表れていたではないか」
「そうだったな。あれは俺も引っ掛かったよ」
「食堂での話し合いのときにはいつもの調子に戻っていたがね、ならばなおのこと、今朝の苛立った様子は本心の発露だったのだと分かる。どうして妻と子でこうも反応が変わるのだろうか? 史哲にも木葉にも云えるのは、一貫性のおかしな欠如だよ。その点、どの死に対しても平等にヒステリーぶりを発揮し続けている稟音は分かりやすいものさ」
歯に衣着せぬ云い方……中傷になってしまいかねないので、同調はせずにおいた。
「圭太は娘の死を悲しんでいるのが見受けられたね。瑞羽の方は複雑だ――彼女は益美の死から終始、怯えきっていると共に、何かを迷っているような煮えきらない態度が続いている。茶花くんは姉と義兄の死を真っ当に悲しみ、悔しそうにもしていたな」
「ああ、姉さんはもちろんだし、名草さんと彩華を含めた俺ら四人は、幼いころからよく遊んでいた。姉さんと名草さんが結婚したことからも分かるだろう、とても仲が良かったんだ」
「その割には、彩華は大した反応を示してなかったがね。もっとも彼女の場合、表情の変化が分かりにくいというのはある」
俺はそれにはあえて反応しなかった。すると摩訶子は、今度も唐突に席から立った。
心の奥を見透かすような双眸が、俺を見下ろす。何某かギクリとして、言葉を待つ。
「そろそろ行くとしよう。皆さんお待ちかねだ」
「……分かった」
後ろめたいことなんてないのに、俺は何を恐れたのだろうか。これでは間抜けである。
探偵に続いて、助手も腰を上げる。それが役割であり、いまの俺がすべきことだ。そして特に返答は期待せず、館の東側に出る扉へと向かって行く探偵の背中に問い掛けた。
「でも、どうなんだ? 君は今日中に解決すると約束していたけど、俺にはだいぶ難しいように思える」
探偵は振り返って微笑むと、事も無げに答えた。
「既に八合目だと云ったではないか。容疑者はたったひとりに絞られている。これから行うのは、その確認作業だよ」
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