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桔梗の観覧が知らせる秘密⑥
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ショックがないと云えば嘘になる。
たぶん僕は、矢韋駄創儀が立派で信頼できる人物であると、思い込みたかったのだろう。
父親はいなかったし、母さんには捨てられた。そのうえ叔父さんまで信じられないとなれば、僕は僕があまりに惨めで、堪らなかったのである。
裏切りではない。僕が勝手に理想を押し付けていただけ。
事実を知ろうとしていなかった。傷つくのを恐れて、それこそ甘えていた。
知らなければならないのだ。
自分だけならばともかく、誰かを守りたいと願ったなら、もう何からも目を背けてはならないのだ。
〈イリアスB〉を出た僕とムツミは、昼間の茜条斎をあてもなく歩き続けていた。
「馬米さん、本当によかったんですか」
半歩遅れてついて来るムツミが、やっと声を発した。表情は帽子の鍔に隠れている。
「よかったよ」
僕は即答した。
「はじめは何とか説得することも考えていたけど、あの人が意見を変えることはないだろう。それに僕自身、もうあの人のところで生活するのは絶対に嫌だから」
「そうですね。馬米さんはそういう人です。だから私は……」
ムツミは云い掛けて、口を噤んだ。何を云おうとしたのか、分かる気がする。
矢韋駄の暴行を知れば、僕がこうするだろうことをムツミは分かっていた。だから隠していた。経済的に自立していない僕が、矢韋駄のもとを出てどうするのか。学校にはもう通えない。人生が大きく変わることになる。
「僕が自分で納得して選んだことだよ。むしろ勝手に決めて連れてきて、申し訳ないと思ってる。もちろん、暴行に気付いてあげられなかったことも」
足を止めて、ちゃんとムツミの方へ向き直って、僕は頭を下げた。
「いえ。私はいいんですよ……ところで馬米さん、」
彼女は周りを見回しながら、しかつめらしく云う。
「此処、ラブホテル街ですね」
「……うん。ちょっと前から僕も気付いてた」
無垢な子供であれば何かのアミューズメント施設と勘違いしそうな、派手な外装のホテルが立ち並んでいる。通りから入口が見えないようになっているし、看板の料金表に宿泊と休憩の区分が表示されているのはつまり、そういうことだろう。人通りは少ないが、たまにどう見てもカップルとは思えない中年男と若い女のペアが腕を組んで歩いている。
「普通のホテルより安いですもんね。しばらくは私達、ラブホテルに連泊ですか」
「いやいやいやいやいや、」
別にそれでもいいけど! 何もないけど! でも違うだろ!
「泊まるとしても真っ当なホテルだよ。財布に九万はあるんだ」
「矢韋駄さんからもらったお金、今ある分はちゃっかり持ってきたんですね」
「支度してるときは意識してなかったんだよ。それに九万なんてすぐになくなるぞ」
「すぐになくなったら、まずいですよ」
「たしかにまずいけど……」
「馬米さん、分かってて私をラブホテル街に連れてきたんじゃないんですか」
「違うよ! 何も考えずに歩いていたら迷い込んでしまったんだ。引き返すぞ」
僕もムツミも制服だ。この程度で補導される茜条斎でないとはいえ、僕が困る。
「それよりもムツミ、真面目な話に戻るけどさ、」
「私はずっと真面目です」
「それはごめん」
わざとラブホ街に誘導したのだと真面目に疑われたのは遺憾だが。
「君が咲いた理由についても、さっきは勝手に決めつけて矢韋駄と話しちゃっただろ。ムツミとしてはあれ、どうなんだ?」
「どうとは?」
右隣を並んで歩く彼女は、素朴に首を傾げる。
「君は自分の居場所を求めていて、だから椿が咲いたって話。君自身はどう思う?」
「その通りだと思いますよ」
彼女はそれから、独白するように続けた。
もう俯いてはいないものの、こちらからでは眼帯に隠れて表情は窺えない。
「昔からです。此処は自分の居場所じゃないという想いが、常にありました。パパもママも、学校の先生もクラスの人達も、私が少しでも本心を話すと周りはいつも苦笑いで、ちゃんと聞いてくれませんでした。でもそれはきっと、私がおかしいから。普通が何なのか、全然分からないんです。悩んでいるつもりはなかったんですけど……」
僕も同じだ――と、云うのはやめた。思うだけにとどめた。
ムツミは共感を欲しているわけじゃないだろう。
ただ、はじめから互いに感じていたのかも知れない。
「初めて逢った日を除けば、僕といるときは一度も椿が開かなかったよね」
「そうですね……」
声が少し小さくなった。
おそらく、照れたのだ。それが意味するものは、もはや自明である。
彼女は僕といる間は、別の場所に行きたいと思うことがなかった。
回数制限なんかではない。箸盾に右目を抜き取られてしまったのも、あのときの彼女はそういう意味で、とても無防備だったためだ。
椿乃幼少帰咲の謎は、これですべて解けた。
「僕は今から、ちょっと思い上がったことを云うよ」
何だろう。心臓がドキドキする。ムツミの方を見ることができない。
しかし云わないといけない。云うべきことであり、云いたいことだ。
正面を向いたまま、僕は精一杯、真剣に言葉を選んだ。
「椿の華は、もう開かない。これからはずっと、僕がいる場所がムツミの居場所だ」
反応は――なかった。
しばらく待ってみたけれど――僕らは変わらない歩調で歩いているだけ。
滅茶苦茶――気まずい。
「…………ごめん。調子乗りすぎたかも」
「あははっ」
ムツミがいきなり笑い出した。彼女がこんなに可笑しそうに声を出して笑うとは。
「ごめんなさい。でも馬米さんらしすぎたので!」
「……僕は何か、少しでも本心を話すと周りはいつも嘲笑なんだよな」
「やめてくださいよ。本当は私――――あ、」
珍しくハイテンションなムツミが、そこで足を止めた。
振り返ってみれば、彼女は立ち竦み、右目をぱちりぱちりと瞬かせている。
「どうした」
「馬米さん、椿が……」
彼女はベレー帽を外した。その異変には、すぐに気付けた。
頭の上に咲いていた椿の華が、
ぼろぼろと、
枯れ始めているのだ。
「ムツミ!」
どうしたらいいか分からない。
触れてどうにかなるものでもない。
椿は根本からしなしなになって、
ムツミが両手で持っているベレー帽の中に、
いやに呆気なく、はらりと落ちた。
ドッドッドッドッ――早鐘を打つ鼓動。血の気が引いていく。
薔薇が傷ついたことで、蘭果さんは昏睡状態に陥った。
華が当人と繋がっているたぐいの華乃幼少帰咲の罹患者は、華にダメージを受けると最悪の場合、死に至る。
しかし、
「馬米さん……私、平気です」
ムツミはきょとんとして、倒れる兆しさえない。
その頭の上には、もう椿が咲いていた痕跡さえ見受けられないのに。
「もしかして――」
僕が継ぐはずだった次の言葉を、ムツミが云った。
「治りました?」
自分でも信じられない様子で。
「私は、治ったんでしょうか?」
聞いたことがない。華乃幼少帰咲が治るとき、華がどのようになるのか、僕は聞いたことがない。それでもムツミの、嘘のような問い掛けは、どういうわけか深く、腹落ちできるものだった。
「そうだよ。治ったんだよ、ムツミ」
確かめるように、僕は彼女のきれいなおかっぱ頭に手を乗せて撫でる。
「だって君にはもう、その華は必要ないんだ」
居場所を見つけた彼女は、もう此処ではない場所を探さなくていい。
咲いた理由は取り除かれた。華乃幼少帰咲が治るとは、そういうことなのだ。
「ムツミ――」
何か云おうとしたのだが、ムツミが勢い良く抱き着いてきた。
泣いているのだろうか。それは分からないけれど、僕はようやく悟った。
華はその人の願いを叶えるために咲く。
もしかすると、この子が〈イリアスB〉の五〇五号室にやって来たのもまた、椿に導かれてのことだったのかも知れない。
椿は、彼女の居場所を知覚していた。伊升ムツミと馬米逸見は、そうやって出逢ったのかも知れない――なんて、これは何でも理屈で考えようとする僕の悪い癖か。
僕はこんなときくらい言葉は無粋と分かったから、彼女を黙って抱き締めた。
華奢な身体。血が通っていて、体温があって、心音がすることを確かめられる。
僕の方こそ、目頭が熱くなる。
だって感無量じゃないか。実感がじわじわと、遅れてやって来た。
本当に良かったと思うし、物凄く嬉しいのだ。
今、椿の華が役目を終えて、枯れ果てたこと。
それはムツミが、僕のいる場所が自分の居場所なのだと認めてくれた証明なのだから。
「…………馬米さん、締め付けすぎです」
「あ、ごめん」
加減を間違えたらしい。
ムツミは僕からゆっくりと離れた。別に涙ぐんでいる様子はなかった。
周りを見回しながら、眉を八の字にする。
「真昼間にラブホ街で抱き合っていたら、あらぬ誤解を受けそうですね」
「だ、抱き着いてきたのは君からだろ」
なんで他人事みたいに云っているんだよ。
「少し感極まっただけです。このままホテルに連れ込めると思わないでくださいね」
「あのさぁ……云っておくが、僕は君をそういう目で見たことは一度もないからな」
「これからも、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるムツミ。依然として言動が読めない奴だ。
「こちらこそ、よろしく……」
何だかぎこちなくなってしまった。
とはいえ、こんな感じが僕とムツミらしいだろう。
他に代替のない特別なそれ。これが僕らの関係なのだ。
「さて、どうしますか?」
ムツミは枯れた椿を大事そうにハンカチで包むとランドセルの中に仕舞い、再びベレー帽を被った。
もう必要ないと思うのだが、この方が様になっている。
「そうだな……とりあえず、どこか喫茶店にでも入ろうか。電話もしないといけない」
「誰にですか」
「月豹由布だよ」
携帯の電話帳には、あの烏瓜の女から教えられた番号が登録されている。
「だけど馬米さん、さすがに危険すぎますよ。無視することだって――」
「できないよ。どうしてムツミの両親は殺されたのか、知らないではおけないだろう」
それに折角、椿乃幼少帰咲まで治ったのである。
「今日はすべてを精算する日にしようじゃないか」
ショックがないと云えば嘘になる。
たぶん僕は、矢韋駄創儀が立派で信頼できる人物であると、思い込みたかったのだろう。
父親はいなかったし、母さんには捨てられた。そのうえ叔父さんまで信じられないとなれば、僕は僕があまりに惨めで、堪らなかったのである。
裏切りではない。僕が勝手に理想を押し付けていただけ。
事実を知ろうとしていなかった。傷つくのを恐れて、それこそ甘えていた。
知らなければならないのだ。
自分だけならばともかく、誰かを守りたいと願ったなら、もう何からも目を背けてはならないのだ。
〈イリアスB〉を出た僕とムツミは、昼間の茜条斎をあてもなく歩き続けていた。
「馬米さん、本当によかったんですか」
半歩遅れてついて来るムツミが、やっと声を発した。表情は帽子の鍔に隠れている。
「よかったよ」
僕は即答した。
「はじめは何とか説得することも考えていたけど、あの人が意見を変えることはないだろう。それに僕自身、もうあの人のところで生活するのは絶対に嫌だから」
「そうですね。馬米さんはそういう人です。だから私は……」
ムツミは云い掛けて、口を噤んだ。何を云おうとしたのか、分かる気がする。
矢韋駄の暴行を知れば、僕がこうするだろうことをムツミは分かっていた。だから隠していた。経済的に自立していない僕が、矢韋駄のもとを出てどうするのか。学校にはもう通えない。人生が大きく変わることになる。
「僕が自分で納得して選んだことだよ。むしろ勝手に決めて連れてきて、申し訳ないと思ってる。もちろん、暴行に気付いてあげられなかったことも」
足を止めて、ちゃんとムツミの方へ向き直って、僕は頭を下げた。
「いえ。私はいいんですよ……ところで馬米さん、」
彼女は周りを見回しながら、しかつめらしく云う。
「此処、ラブホテル街ですね」
「……うん。ちょっと前から僕も気付いてた」
無垢な子供であれば何かのアミューズメント施設と勘違いしそうな、派手な外装のホテルが立ち並んでいる。通りから入口が見えないようになっているし、看板の料金表に宿泊と休憩の区分が表示されているのはつまり、そういうことだろう。人通りは少ないが、たまにどう見てもカップルとは思えない中年男と若い女のペアが腕を組んで歩いている。
「普通のホテルより安いですもんね。しばらくは私達、ラブホテルに連泊ですか」
「いやいやいやいやいや、」
別にそれでもいいけど! 何もないけど! でも違うだろ!
「泊まるとしても真っ当なホテルだよ。財布に九万はあるんだ」
「矢韋駄さんからもらったお金、今ある分はちゃっかり持ってきたんですね」
「支度してるときは意識してなかったんだよ。それに九万なんてすぐになくなるぞ」
「すぐになくなったら、まずいですよ」
「たしかにまずいけど……」
「馬米さん、分かってて私をラブホテル街に連れてきたんじゃないんですか」
「違うよ! 何も考えずに歩いていたら迷い込んでしまったんだ。引き返すぞ」
僕もムツミも制服だ。この程度で補導される茜条斎でないとはいえ、僕が困る。
「それよりもムツミ、真面目な話に戻るけどさ、」
「私はずっと真面目です」
「それはごめん」
わざとラブホ街に誘導したのだと真面目に疑われたのは遺憾だが。
「君が咲いた理由についても、さっきは勝手に決めつけて矢韋駄と話しちゃっただろ。ムツミとしてはあれ、どうなんだ?」
「どうとは?」
右隣を並んで歩く彼女は、素朴に首を傾げる。
「君は自分の居場所を求めていて、だから椿が咲いたって話。君自身はどう思う?」
「その通りだと思いますよ」
彼女はそれから、独白するように続けた。
もう俯いてはいないものの、こちらからでは眼帯に隠れて表情は窺えない。
「昔からです。此処は自分の居場所じゃないという想いが、常にありました。パパもママも、学校の先生もクラスの人達も、私が少しでも本心を話すと周りはいつも苦笑いで、ちゃんと聞いてくれませんでした。でもそれはきっと、私がおかしいから。普通が何なのか、全然分からないんです。悩んでいるつもりはなかったんですけど……」
僕も同じだ――と、云うのはやめた。思うだけにとどめた。
ムツミは共感を欲しているわけじゃないだろう。
ただ、はじめから互いに感じていたのかも知れない。
「初めて逢った日を除けば、僕といるときは一度も椿が開かなかったよね」
「そうですね……」
声が少し小さくなった。
おそらく、照れたのだ。それが意味するものは、もはや自明である。
彼女は僕といる間は、別の場所に行きたいと思うことがなかった。
回数制限なんかではない。箸盾に右目を抜き取られてしまったのも、あのときの彼女はそういう意味で、とても無防備だったためだ。
椿乃幼少帰咲の謎は、これですべて解けた。
「僕は今から、ちょっと思い上がったことを云うよ」
何だろう。心臓がドキドキする。ムツミの方を見ることができない。
しかし云わないといけない。云うべきことであり、云いたいことだ。
正面を向いたまま、僕は精一杯、真剣に言葉を選んだ。
「椿の華は、もう開かない。これからはずっと、僕がいる場所がムツミの居場所だ」
反応は――なかった。
しばらく待ってみたけれど――僕らは変わらない歩調で歩いているだけ。
滅茶苦茶――気まずい。
「…………ごめん。調子乗りすぎたかも」
「あははっ」
ムツミがいきなり笑い出した。彼女がこんなに可笑しそうに声を出して笑うとは。
「ごめんなさい。でも馬米さんらしすぎたので!」
「……僕は何か、少しでも本心を話すと周りはいつも嘲笑なんだよな」
「やめてくださいよ。本当は私――――あ、」
珍しくハイテンションなムツミが、そこで足を止めた。
振り返ってみれば、彼女は立ち竦み、右目をぱちりぱちりと瞬かせている。
「どうした」
「馬米さん、椿が……」
彼女はベレー帽を外した。その異変には、すぐに気付けた。
頭の上に咲いていた椿の華が、
ぼろぼろと、
枯れ始めているのだ。
「ムツミ!」
どうしたらいいか分からない。
触れてどうにかなるものでもない。
椿は根本からしなしなになって、
ムツミが両手で持っているベレー帽の中に、
いやに呆気なく、はらりと落ちた。
ドッドッドッドッ――早鐘を打つ鼓動。血の気が引いていく。
薔薇が傷ついたことで、蘭果さんは昏睡状態に陥った。
華が当人と繋がっているたぐいの華乃幼少帰咲の罹患者は、華にダメージを受けると最悪の場合、死に至る。
しかし、
「馬米さん……私、平気です」
ムツミはきょとんとして、倒れる兆しさえない。
その頭の上には、もう椿が咲いていた痕跡さえ見受けられないのに。
「もしかして――」
僕が継ぐはずだった次の言葉を、ムツミが云った。
「治りました?」
自分でも信じられない様子で。
「私は、治ったんでしょうか?」
聞いたことがない。華乃幼少帰咲が治るとき、華がどのようになるのか、僕は聞いたことがない。それでもムツミの、嘘のような問い掛けは、どういうわけか深く、腹落ちできるものだった。
「そうだよ。治ったんだよ、ムツミ」
確かめるように、僕は彼女のきれいなおかっぱ頭に手を乗せて撫でる。
「だって君にはもう、その華は必要ないんだ」
居場所を見つけた彼女は、もう此処ではない場所を探さなくていい。
咲いた理由は取り除かれた。華乃幼少帰咲が治るとは、そういうことなのだ。
「ムツミ――」
何か云おうとしたのだが、ムツミが勢い良く抱き着いてきた。
泣いているのだろうか。それは分からないけれど、僕はようやく悟った。
華はその人の願いを叶えるために咲く。
もしかすると、この子が〈イリアスB〉の五〇五号室にやって来たのもまた、椿に導かれてのことだったのかも知れない。
椿は、彼女の居場所を知覚していた。伊升ムツミと馬米逸見は、そうやって出逢ったのかも知れない――なんて、これは何でも理屈で考えようとする僕の悪い癖か。
僕はこんなときくらい言葉は無粋と分かったから、彼女を黙って抱き締めた。
華奢な身体。血が通っていて、体温があって、心音がすることを確かめられる。
僕の方こそ、目頭が熱くなる。
だって感無量じゃないか。実感がじわじわと、遅れてやって来た。
本当に良かったと思うし、物凄く嬉しいのだ。
今、椿の華が役目を終えて、枯れ果てたこと。
それはムツミが、僕のいる場所が自分の居場所なのだと認めてくれた証明なのだから。
「…………馬米さん、締め付けすぎです」
「あ、ごめん」
加減を間違えたらしい。
ムツミは僕からゆっくりと離れた。別に涙ぐんでいる様子はなかった。
周りを見回しながら、眉を八の字にする。
「真昼間にラブホ街で抱き合っていたら、あらぬ誤解を受けそうですね」
「だ、抱き着いてきたのは君からだろ」
なんで他人事みたいに云っているんだよ。
「少し感極まっただけです。このままホテルに連れ込めると思わないでくださいね」
「あのさぁ……云っておくが、僕は君をそういう目で見たことは一度もないからな」
「これからも、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるムツミ。依然として言動が読めない奴だ。
「こちらこそ、よろしく……」
何だかぎこちなくなってしまった。
とはいえ、こんな感じが僕とムツミらしいだろう。
他に代替のない特別なそれ。これが僕らの関係なのだ。
「さて、どうしますか?」
ムツミは枯れた椿を大事そうにハンカチで包むとランドセルの中に仕舞い、再びベレー帽を被った。
もう必要ないと思うのだが、この方が様になっている。
「そうだな……とりあえず、どこか喫茶店にでも入ろうか。電話もしないといけない」
「誰にですか」
「月豹由布だよ」
携帯の電話帳には、あの烏瓜の女から教えられた番号が登録されている。
「だけど馬米さん、さすがに危険すぎますよ。無視することだって――」
「できないよ。どうしてムツミの両親は殺されたのか、知らないではおけないだろう」
それに折角、椿乃幼少帰咲まで治ったのである。
「今日はすべてを精算する日にしようじゃないか」
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