甘施無花果の探偵遊戯

凛野冥

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血染めの結婚式・聖プシュケ教会編

5、冬日3「純白の解決」

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 地下は想像していたよりも広くて、書籍や武器類の収められた大小様々な棚、パソコン等の電子機器が乗ったデスクが複数、その他にも寝台やソファー、テーブルなんかが雑多に置かれていながら、なお窮屈な印象ではなかった。

 その中に、レザーフェイスの仮面を被っていない〈悪魔の生贄〉構成員たち――全員女性――が三、四十名ほどいて切羽詰まった感じで話し合っていたが、僕らを見るとまた別種のざわめきが起こり、そこで弥魅エリードールがすかさず、

「落ち着きなさい! これから甘施無花果さんと話をします。彼女にも、塚場壮太さんにも、決して銃を向けないように!」

 そのリーダー格らしい威厳のこもった声により、〈悪魔の生贄〉は静まり返った。彼女は振り返って、自分にピストルを向けている無花果に対し、毅然として「座って話しましょう。どうぞ」と、近くのソファーを勧めた。その通り、二人は向かい合って腰掛け、僕は無花果の側に控える。うーん、周りの〈悪魔の生贄〉からの視線が痛い。

 無花果は淡々と話し始めた。

「結婚式の招待状を送ったのは、壮太のこれまでの人生において、私の判断基準に照らして一定以上親しい間柄であった人達のうち、現在の住所が調べられた者のみです。そういう者にはもっぱら、壮太はこの私の亭主であるのだと、認知していただく必要がありましたからね。実のところ、招待状を送るだけで目的のほとんどは達成されますので、別段、来ていただかなくとも良いと考えていました。来そうにない者に対しても矢鱈に招待状を送っていたのは、これが理由でした。

 ところで弥魅エリードール、貴様についてですが、貴様は壮太の中学までの同級生であって充分に基準をクリアしていました。しかし、所在が不明でした」

 ん……岬乃絵を騙ったこの人だけど、ちゃんと僕の同級生ではあったのか。それは知らなかった。と云うか、憶えていなかった。

「現在、貴様は行方不明とされています。そこで貴様の経歴を洗ってみますと、エリードールの姓は父親の再婚によって変わった後のもので、出生時のそれは巣蛾。父親は一度目も二度目も婿入りのかたちでしたから、巣蛾の姓は貴様を産んだ母親――巣蛾詐由さゆのものでした。貴様を産んですぐに事故死した巣蛾詐由ですが、彼女の姉こそが巣蛾未知来です。巣蛾未知来もまた、行方不明。その弟である巣蛾徳都はといえば、この聖プシュケ教会の神父であり、此処は去年にあった密室殺人から、テロ組織〈悪魔の生贄〉との繋がりを噂されている。と、ここまで辿ったところで私は、密室殺人の真相と合わせることで、おおよその事情を掴むに至ったのでした。おそらく、いまの貴様は叔母である巣蛾未知来から勧誘を受け、〈悪魔の生贄〉の構成員になっているのだろう――というところまで。

 とはいえ、聖プシュケ教会で式を挙げるというのは、一番はじめに決めていたことです。この教会の意匠は素晴らしい。そこに〈悪魔の生贄〉ひいては貴様が裏で関係していたというのは、まったくの偶然でした。当然、此処で私達が結婚式を開くことは貴様の耳にも入る。もしかすると当日にこっそりとまぎれ込み、昔馴染みである壮太の晴れ姿を拝もうとするかも知れない。とは考えましたが、それだけのことです。本来、所在が分かっていれば貴様にも招待状を送るはずだったのですから、気にしませんでした。

 果たして、貴様はそうした。しかしながら、行方不明ということになっている貴様ですし、〈悪魔の生贄〉について多少調査している者ならば、貴様が構成員のひとりであるとは容易に辿り着けます。これは警察の捜査員たちの中でも共有されている情報でしょう。ゆえに、単に招待状を受け取っていなかったからという以上の理由で、貴様は決して弥魅エリードールとしては参列できなかった。そこで岬乃絵を騙ることにした。岬乃絵は中学時代の同級生ですね。貴様は彼女が招待状を受け取っており、かつ参列する意思がないということを、事前に確認していたのでしょう。いくらでも方法はあります。

 また、岬乃絵を騙れば参列できると判断したなら、貴様はどうやら知っているようですね。壮太には中学を転校する前までの記憶がないということを」

 無言で以て肯定する弥魅さん。

 と云うか、僕が中学一年生のころに記憶を失って、それから桜野と二人で遠くへ転校したんだってことについては、無花果にも話していないんだけど……まぁ、僕の過去を調べれば、無花果なら簡単に突き止められるか。

「壮太は貴様のことも岬乃絵のことも憶えていない――だから岬乃絵を騙るのが可能なのです。ただし招待状を受け取っている岬乃絵については顔くらい知っているという可能性もあったのですから、もし岬乃絵でないと露見してしまった場合は、代理だとでも適当に云い繕うつもりだったのでしょう。

 それから、この策の問題はもうひとつあります。壮太は記憶喪失なのでいいとしましても、同じ中学までの同級生には、貴様が弥魅エリードールであることが分かってしまうことです。なので、もし該当する者が他にやって来た場合は、綻びが出る前に対処する必要がある。参列者のリストは私もチェックしましたが、小々森冬日がいましたね。披露宴のときには既に姿が見えませんでしたから、それ以前にタイミングを見つけ、どこかに閉じ込めるか何か手を打ったのでしょう。ベンゾジアゼピン系薬剤などを使えば、短期の記憶を飛ばすことも可能です」

 そこまでして僕を祝いに来てくれたなんて、弥魅さん……まったく誰だか思い出せないが、なんて友情に厚いのだろう。一瞬僕と目が合って、彼女は哀しげに微笑した。

「本来であれば、これだけの話でした。しかしここで、予期せぬ事態が起きた。聖プシュケ教会が警察に包囲され、内部の〈悪魔の生贄〉と睨み合いのていとなったのです。ところで、これは〈悪魔の生贄〉の方々に訊きたいのですが、こういうことでしょうか――警察がこちらへ向かってきていることを察知し、突入をさせないように先手を打って私達を人質に取った、と」

 周囲で話を聞いていた〈悪魔の生贄〉構成員のひとりが「そうよ」と答えた。歳のころは二十代後半だろう。他を見ても、少なくとも此処にいる人々は全体的に若い。しかしながら、このような状況にあっても肝が据わっている印象だ。

「外にいた仲間達が警察の動きを捉えて、此処に先回りして来たの。私達への報告と共に、教会の大々的な占拠を決断、実行したわ。ただ弥魅さんが客の中にまぎれ込んでいたから……」

「困ったことになったのですね。仮面で顔を隠している〈悪魔の生贄〉です。しかもその幹部クラスの顔を知られるわけにはいかない。しかし事は一刻を争う。人質を披露宴会場に固めた後で、弥魅エリードールをどう扱ったものか判断が付けられなくなった。

 私が岬乃絵を騙っている彼女こそ弥魅エリードールであると看破できたのは、その点でも違和感が感じ取れたからです。〈岬乃絵〉は人質にしては出すぎた真似をいくつかしていましたが、〈悪魔の生贄〉はそれを認めていた。結果、この〈特別扱い〉を周囲に気取られぬよう、他の人質に対しても強く出られなくなってしまった。拘束が甘かった理由もこれで分かります。人質の中に組織の幹部が混じっていたからだったのです。

 その一方で、弥魅エリードールは上手く抜け出す機会を狙っていました。私はそこに付け込ませていただきました。ちなみに極め付けは、弥魅エリードールの声による『こちら、異常ありません』が通じたことですね。〈悪魔の生贄〉はこの報告を、『人質から抜け出せた。これから合流する』という意味にでも捉えたのでしょう。

 さて、ここまでの話は以上です。警察がこのタイミングでやって来た理由――と云うより、それを仕向けた人間とその思惑については心当たりがありますが、そろそろ貴様らも焦っていることと思います。これからの話をしましょうか。先ほども述べたとおり、私はすべてを解決します。貴様らが陥っているこの窮地、その解決策を教えます」

 その言葉に、弥魅さんが目を見開いた。

「私達に力を貸す――と云うの? 探偵の貴女が?」

 周りの〈悪魔の生贄〉も息を呑んだ。しかし無花果は、平然と頷く。

「そうですよ。それが私の考えるこの事件の解決だからです。人質も警察も〈悪魔の生贄〉も、ひとりとして命を落とすことのない解決策。つまり〈悪魔の生贄〉が人質を傷付けることなく警察の包囲を突破し、逃げおおせることができる解決策。善悪なんてものは、どこを視点に取るかによって如何様にも変わるものです。私の行動は、そんな不明確なものを基準とはしていません。

 今回の私が望むのはただひとつ私の大切な結婚式を、血染めの結婚式にしないこと。このウェディングドレスの純白は、穢れのないことを表すのです。これが一滴の血によってでも汚されるようなことがあっては、これからの私と壮太の結婚生活に差し障ります。

 貴様らからしても、これで文句はないでしょう? 罪のない人間が死ねば、また誰かがそれを気に病んで自殺してしまうかも知れませんしね」

 ピストルを下げて、皮肉っぽく微笑む無花果。ああ、僕の嫁は本当に性格が悪い。


   ▽冬日3


 全然まったく何が何やら分からない。目が覚めるとテーブルや花瓶やパネルなんかの道具が詰め込まれた狭くて暗い部屋の中で、両手両足を縛られて口にガムテープを貼られていた。これまで経験したことのない恐怖に泣き出してしまった。

 すると先ほど、外から扉が開かれて不気味な……何か見たことがあるマスクを被った女の人が這入ってきて、私の拘束を解いてくれてガムテープも外してくれたんだけど、今度はピストル……本物だよね?……を突き付けられて、披露宴会場まで連れてこられた。

 披露宴会場には結婚式の招待客とか教会の人とかが皆いて少しだけ安心したけど、でもそれを私を連れてきた人と同じマスクを被って物騒な銃器を構えた女の人たちが囲んでいて、皆は不安そうに身を縮めている。何? 何なの?

 どうして、こんなことになってるの?

 駄目だ。思い出せない。私は気を失ったんだと分かるが、いつ、どうやってそうなったのか……思い出そうとすると頭はもやもや胸はむかむかして気持ち悪くなる。怖い。とにかく結婚式はこのマスクの人達によって壊されちゃってて……これが弥魅ちゃんも云ってた〈ひと波乱〉なんだろうか? 弥魅ちゃんはどこだろう? 無事なんだろうか? 会場を見回してみても姿がないし、それに壮太くんや甘施無花果さんもいないみたい……。

 二人の結婚を快く思っていなかった人達……このマスクの人達がそうなのかな? でも、こんな人数、しかも銃器まで持って……これじゃあ、何と云うか……結婚式ジャック? 教会ジャック? バスジャックとかハイジャックみたいな……。

 私は私を連れてきたマスクの人に軽く突き飛ばされるようにして、人質……ということでいいのかな?……の中に加えられた。近くには控室にいたときから目立っていた私服の二人組がいて、金髪の怖そうな人の方が、意外に優しく「あんた大丈夫?」と訊いてくれる。「な、なんとか……」といちおう、頷いてみたけど……大丈夫なわけないよね、これ。

「ちょっと! 壮太と甘施無花果と、あとえーっと……岬さんをどうしたのさ!」

 これも近くにいた、可愛い顔して怖いもの知らずな女性がマスクの人に突っかかった。そ、そんな態度を取っていいの? 私は冷や汗が噴き出したけど、マスクの人は煩わしそうに、しかし質問には答えた。

「無事だよ。あの三人は別の、もっと大事な人質になったんだ。人質は生きててもらわんと話にならないでしょ。そんで、お前達だが――」

 そのマスクの人は、そこで披露宴会場を見渡して、皆に聞こえるように声を張り上げた。

「お前達! お前達にはこれから、テロリストになってもらうぞ! 良かったな! 滅多にできない貴重な体験だ!」

 な、なななな、何ですって?

 も、もう一度、気絶していいかな?
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