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出会い編

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「う、う~~~ん」
昼を知らせる陽気な音楽がスマートスピーカーから流れて、思いっきりのびをする。
世界的な感染症の拡大で世の中が一変して1年。
僕の職場もとうとうテレワークというやつに移行した。
最初こそ喜んだもんだが、はっきりとした区切りがつけにくい生活は仕事の終わりが見えづらく、随分遅い時間まで作業をしてしまうこともしばしばだ。
昨夜はまさしくそういう日だった。
午前のオンライン会議中にはうたたねしそうになるし、こりゃよくないよなあ…。

だがこんな状況を喜んでいるやつが身近に一匹。
僕が立ち上がったとたん足にまとわりつく黒猫。
「お前はいつでも楽しそうだねえ~」
よしよしと背中をなでてやる。
二年ほど前に迎えた元保護猫のレオだ。
普段なら日中は外に出たきりの主人が毎日家にいて、自分の相手をしょっちゅうしてくれるようになったものだから随分と甘えん坊になってしまった。
ままならない日々でこれだけは嬉しい誤算である。
「とりあえずメシにするかな」

小さなデザイン事務所でアートディレクターとは名ばかりのなんでもやります屋をやってもう10年近くなってしまった。
こんな世の中になる前はそれなりにワーカーホリックめいた暮らしをしていて、食事もおざなりで家は猫と睡眠のための場だったのだが、テレワークでフリーになった時間を持て余し、3食自前でメシを作るようになった。
最初こそ構えて道具を揃え、レシピを眺めながら作っていたが、慣れるにしたがってすっかり雑メシである。
とはいえ自分好みの味が錬成できるのと体に入るものが全部把握できるのはなかなか面白い。
自然と栄養バランスなんかにも気を使ってしまう。
社会人になりたての頃の自分では考えられないことだ。

「…うーん、そろそろ買い物にいかないと何もなかった気が…」
冷蔵庫の扉をあけたところで後ろからレオのあまり聞き慣れないタイプの鳴き声がする。
「なんだなんだ」
こんなに鳴くのは珍しいな。
腹が減っているのか、でも普段のエサの時間ではないし。
リビングには姿が見えない。
となると日向ぼっこと換気のために開けておいたベランダだが…。

脱走防止のネットの前に丸くなった黒猫1匹。
…いや、2匹!?
「れ、レオがもう一匹!?」
んん!?いやこれレオじゃない!?
落ち着け僕、2匹いるってことは当然別猫だ。
立ち上がりこちらの様子を伺う1匹は、同じ黒猫だがレオの胸に少しだけある白い部分がない。
「どこから来たんだお前…」
首輪もないので手がかりがないな。

ピンポーン。
と、今度はインターホンの音が響く。
今日はデリバリーも頼んでないし特に荷物が届く予定もなかったと思うんだけど…。
「は~~い」
ひとまず黒猫2匹をリビングに入れ、ドタバタとモニターをのぞきに行くと、慌てた様子の大柄な男性が写っていた。
「す、すみません、猫がこちらに来ていませんか!?」
「え!もしかして…ええ、来てます来てます。黒猫が」
「あぁ~~よかった…!!ウチの猫です!
ベランダの、お宅との仕切り板の隙間からそちらに入り込んでしまったみたいで」
「なるほど!今開けますね!」

招き入れた男性を見るなり、レオのそっくりさんはウニャウニャいいながら飛びついていった。
「ああもう…心配させて…本当にご迷惑をおかけしまし…あれ!?」
抱き上げて僕の方をむいた男性が素っ頓狂な声をあげる。
それもそのはずだ、飼い猫とほとんど同じような顔の猫がもう一匹いるんだから。
「そっくりですよね…」
「ほ、ほんと…に…」
「!?」
ほのぼのした空気が漂った次の瞬間!
男性はその場にヘナヘナとへたりこんでしまった。
「え、あの、具合が!?」
「すみ…ませ…」
「大変だ…きゅ、救急車」
「ち、違うんです、大丈夫です…ちょっと…おなかが減って」
「お、おなかが」

-------------------------------------------------------------------------
「すみません…すみません…」
大柄な男性は精一杯縮こまってテーブルの前に座っている。
救急車を呼ぶ事態なのか最後まで迷うところではあったが、
意識はしっかりしているようだし横になるようにすすめても固辞されてしまったので、
とりあえず口になにかいれてもらうことにしたのだ。
勢いにまかせて妙な行動をしてしまった気がするが、そっくりの黒猫2匹をみていたらなんだかそんな気分になったのである

男性には白湯を置いて水分を確保してもらいつつ、台所で考える。
さっとだせるものなんてインスタント食品くらいしか。
…いや待てよ。
朝炊いたメシがまだのこってるな。
空腹の胃に脂っこいインスタント食品を放り込むよりはましだろう。
作り置きしてある昆布ダシを冷蔵庫からとりだす。
特売で買ったたまご、冷凍してあったネギ、きのこ類…あとはなにかあったかなあ。
…とりあえず目についたものを鍋にぶっ込もう。
コンロで弱火にかけたダシがくつくつと煮えだす。

「はぁ…いいにおいです…」
「うわっ」
ぬっと頭上からのぞきこむ顔。
「すみません、少し落ち着いたのでお手伝いを」
「だめですよ!お腹になにかいれるまで一旦休んでやすんで」
あわてて男性を押し返すとひゃあとかいいながらリビングへ座り直した。
周りを黒猫2匹が元気にじゃれあいながら駆けている。
改めて見ると妙な風景だ…。

「…本当にぱっとしないものばっかですみませんがとりあえずお腹の足しになれば」
「いえ、とんでもないです…ご迷惑にさらにお気遣いまで…」
どんぶりにたっぷりとはいったおじやと、別に作り置きしていたほうれんそうの胡麻和えをすこし。
向かいには自分の分の昼飯も準備。
「熱いんで気をつけて」
「はい…!」
男性は目を輝かせながらフーフーと匙にすくったおじやをさまし、くちにはこんだ。
「はぁあああ…」
「…残り物ばかりで雑なメシですが」
「とんでもないです!人心地つきました…本当に感謝してもしきれません…」
「ははは、そんな大げさな」
しばし二人してモグモグ、ずずず、と食べすすめる。
「さっぱりして滋味深い…でも塩気ひかえめの大変良いおだしで…」
「あぁ、テレワークになってから自炊はじめて。ダシなんてとるようになっちゃったんですよね。
といっても適当に買った昆布を水につけてるだけのもんで」
男性は最初こそハフハフしつつもあっという間におじやをたいらげた。
ほうれん草も嫌いではなかったみたいで一安心だ。
「ハッ……私としたことが。名乗りもせずにごちそうになってしまいました」
きれいになった皿を前に一息つくと、急に居ずまいを正した男性は僕へと向き直る。
「改めまして…お隣の部屋に住んでおります、合川朋と申します。
これで一応商業作家など営んでおります。今日はほんとうに、アラン共々ありがとうございました」
ぺこりと一礼されつられた僕も頭を下げる。
「作家さんとは…またすごい」
なにがすごいんだかわからないがアホみたいな感想が口をつく。
「脱サラして専業になったのは去年なんで名乗っていいものか怪しいですが」
「どんな著作かお聞きしても?」
「ええっと…」
すり寄る黒猫をなれた手付きでなでながら、合川さんは少し困ったように口ごもる。
「ご、ご存知なければ説明が難しいのですが…いわゆるラノベ、といいますかもう少し古い言葉でいうとヤングアダルト向け…若年層向けの小説で…」
「ラノベ!わかりますよ!本屋さんでよく見かける華やかな表紙の」
「ご存知なら話が早いです」
「あ、作家さんならわかるかな…在宅の仕事って、どうやったらメリハリつくんでしょうか」
「…そ、それは私も教えてほしいくらいですね」
「そうなのかあ~!」
おもわず後ろににけぞった。プロによる解決策、特になし!
「難しいですよね…筆が乗ると今日のように寝食忘れて活動してしまう…かと思えば動けないときはまるで駄目」
「すごくわかります。僕も昨夜調子に乗りすぎて今日は駄目で」
「同居人がいればどうしたってあわせたタイムスケジュールになりますが一人だとね…」
合川さんのもとをはなれたそっくりさん猫は僕たちの周りをぐるぐる回ってじゃれあっている。
今日が初対面のはずだが随分となれたものだ。相性がいいのかな。
「よその猫と会わせたの、はじめてですけど随分なついてますね」
「あ、ウチも保護猫カフェにいた時以来じゃないかな。仲良しになっちゃいましたね」
レスリングが激しくなってきたので一旦レフェリーストップをかけてレオを抱き上げた。
「山城レオといいます、よろしくおねがいします。
あ、飼い主の僕は山城心一です、こちらもよろしくおねがいします」
「はい、よろしくおねがいします。こちらは合川アランと申します」
合川さんもアランくんを抱き上げて一礼。
その様子を見ていたら自分でもビックリする一言が口をついて出た。
「よければまた、飯食いにきてくださいよ」
「えっ」
…あ、しまった。
昔から迂闊にこういうことを言ってしまうクセがある。
今日は寝不足も手伝って余計に感覚がバグってるぞ。
「あ、す、すみません!軽率に…」
「……」
「えーーー!?」
なんと合川さんは目に涙をうかべて小刻みにふるえている。
「うれしいです…私、会社辞めてからは編集さんとしか喋ってなくて…その上ちょっと新作で煮詰まってるところにアランが飛び出していっちゃって…腹も減ってたとこにあったかいもの食べたら感極まって…すびばせん」
「そ、そうだったんですね。あ、いや、僕もこの生活で人恋しい…とまではいわないですがちょっと調子が狂ってたので…こうして話してもらえたの、うれしいですよ」
ティッシュボックスを手渡しながらフォローする。
…そうか、僕もうれしかったのか。
誰かと自分ちで手料理を食べる。
めちゃくちゃ久しぶりのこの行為が、うれしかったのだ。
実家を離れて久しく、恋人もいない。
友達と会うのも難しいこのご時世に、とりとめもない話をしながら食事ができたことが。
「あのぅ…お代は」
ずびずびとティッシュで鼻をかんでいた合川さんが遠慮がちにそんな声をあげた。
「ははは!さすがに冷蔵庫の残りメシで代金はとれませんよ」
「し、しかし食べさせてもらいっぱなしというのは」
そのあとしばし、近所のおばさん同士のようなやりとりが続き、なんやかや一緒に食べる時は食材の持ち寄りでもしましょうというところで合意となった。

こうして、僕と大きな作家先生、加えて黒猫2匹の奇妙な食事会がはじまったのだ。
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