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番外編
皇太子妃は大変そうです。
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その日皇太子妃エリザベスは、神殿にあつらえられた特別な寝台の上でかちこちに硬直していた。
「う、いよいよなのね……」
胃がキリキリする。思わず手のひらを当てて撫でるが、さらりとした肌触りの薄衣が手に触れた。
膝に畳まれた薄い衣ーー。
午前中の大神殿での結婚の儀も、半年前の婚約の儀もどれもがベテラン転生者のリズにしてはじめてのこと、いずれもガチガチに緊張したが、それとは桁違いである。
天蓋付きのベッドまわりには巨大な松明がいくつも置いてあり、石造の堅牢な大神殿にあって明るさと適度な室温をもたらしていた。
ベッドサイドに置かれた鳥の形をした香炉からは甘い匂いが漂っている。
そして寝台から少し離れたところにおかれた衝立の影では、レオが大神官に清めの水をザバザバとかけてもらっているはずである。
子孫繁栄を願う、この国の王族につたわる儀式らしく、王族と結婚するひとはもれなく全員ーーどんなに王族の末端であってもーー儀式をしなければならないのだ。
説明を受けたとき、リズは卒倒するかと思った。
大神官以下ずらりと並ぶ前で全裸になり、祈りによって守護を授けてもらったあと、額、両手首、胸、腰、膝、足首ーーと、大きな聖杯になみなみと注がれた水が何往復もかけられる。
その聖なる水を浴びれば浴びただけ心身ともに壮健になるのだとか。
王家の繁栄を願う聖なる儀式なのだと真摯に言われると断るわけにはいかない。
リズもこのあと儀式をする予定であるが、いくら神職の人たちとはいえ複数の人の前で全裸になるのは恥ずかしい。そこで導入されたのが、この薄い衣である。
リズは、この時代の令嬢たちの例から大きく外れて、入浴も着替えも最低限の身だしなみも全部自分一人でやってきた。そのため、人に肌を晒すことに大きな抵抗があった。
それを思い切ってレオに訴えてみたところ、驚くほどあっさりと、
「そうか……。じゃあ……きみは白い薄衣を着られるよう、大神殿にかけあってみるよ」
と言ってくれ、慣例が崩れると渋い顔をする大神殿を瞬く間に説き伏せてしまった。
「頭のコチコチな老人相手に一歩も引かず説き伏せる殿下、すごかったですよ。貴女にもお見せしたかったな」
と、側近であるシュテファンが嬉しそうに教えてくれた。
わたくしのためにそこまで? と、戸惑ってしまうリズであるが、誰もリズを責めない。
「これが……地位がある、権力がある、ということかしら?」
これまでの転生で得た知識を総動員して考える。
ーーちょっと怖いわね。
そして数日後の夜。
互いに夜着に着替えて寝るだけ、という頃になって、はい、と、手渡されたのは真新しい白い衣だった。
「レオさま、これは?」
「お針子部隊が余り布で作ってくれたんだ。リズ、当日はこれを着てくれたらいいよ」
「レオさま……ありがとうございます。お針子の皆さまにもお礼を……」
急な仕事だ、さぞ大変だっただろう。何がいいかと考えるが、規律を大きく乱してもいけないし、過分でもいけない。
「あ、甘いお菓子の差し入れなどはどうでしょう? もちろん調理場で母とわたくしが作ります」
レオが目を丸くしたあと、柔らかい笑みを浮かべた。
「優しいね、リズは」
「え?」
「そんなところもーー好きなんだ」
ぎゅ、と抱き寄せられてそのまま唇が塞がれる。リズもそっと目を閉じる。
触れるだけだったキスがたちまち深くなる。
リズが息継ぎのために開けた唇の間から舌が入ってくる。ぞくり、とリズの腰から背中にかけて快感の小さな波がわき起こる。
「は、あ……」
「……可愛いなぁ……」
リズを見下ろすレオの瞳が潤んで色気が漂う。このひとはこんな表情も出来たのか、と、新しい発見の連続である。
「レオ、さま……」
「……このままだと、歯止めがきかなくなりそうだからーー」
おやすみ、と。
額にキスが落ちてきてそれぞれのベッドで眠る。
だが、それも今日、儀式を迎えるまでのこと。
ーー知識の上では経験ありなのよ!
何度も何度も転生した中で、ロストバージンは経験している。希望どおりだったことより、望まない男が相手だったことの方が多いのが悲しいが、記憶上は「経験者」なのである。
「……あそこまで太くて長いのは見たことがないわ……」
リズが王城に来てから最も戸惑ったのはソレだと言っていいかもしれない。
「あんなのが……本当にはいるの?」
「ん、なにか言ったかい?」
「い、い、いいえ……」
素晴らしすぎる股間の逸物をぶら下げて、レオが衝立の影から顔を出して微笑む。
「そろそろ月が中天にさしかかるそうだよ」
「はい」
もちろん逞しいのはソレだけではない。服の下は無駄なく鍛えられた筋肉が出てきた。見た目よりずっとがっしりしていたのである。
「さあ……最後の儀式だよ、リズ……おいで」
「は、はいっ……」
レオが差し出す手を取り、衝立の影へ行く。
女官たちが恭しくやってきて、今朝夜明けと同時に叩き起こされて大勢の人たちが着付けてくれた白いウエディングドレスが脱がされていく。
ほんの一瞬、レオの前で全裸になる。緊張と恥ずかしさでリズの肌は粟立つ。
なにせこれが、リズがレオに肌を見せるはじめてのことである。
「ああ、リズ……想像以上に綺麗だ……」
ほぅ、と、レオが感嘆の吐息を漏らし、リズは恥ずかしさで真っ赤になる。
「もっと……見ていたいくらい美しい……」
「あ、あの、殿下……恥ずかしい、です……」
レオの眼差しも恥ずかしいが、女官たちが微笑ましいものを見る目で見守ってくれるのも、居た堪れない。
「ああ、すまない。神官たちが待っているはこれを着て」
「はい、殿下」
レオがリズに衣を着せて、その手を取る。
「さあ、行こうかーー我が妃殿下」
「はい」
「う、いよいよなのね……」
胃がキリキリする。思わず手のひらを当てて撫でるが、さらりとした肌触りの薄衣が手に触れた。
膝に畳まれた薄い衣ーー。
午前中の大神殿での結婚の儀も、半年前の婚約の儀もどれもがベテラン転生者のリズにしてはじめてのこと、いずれもガチガチに緊張したが、それとは桁違いである。
天蓋付きのベッドまわりには巨大な松明がいくつも置いてあり、石造の堅牢な大神殿にあって明るさと適度な室温をもたらしていた。
ベッドサイドに置かれた鳥の形をした香炉からは甘い匂いが漂っている。
そして寝台から少し離れたところにおかれた衝立の影では、レオが大神官に清めの水をザバザバとかけてもらっているはずである。
子孫繁栄を願う、この国の王族につたわる儀式らしく、王族と結婚するひとはもれなく全員ーーどんなに王族の末端であってもーー儀式をしなければならないのだ。
説明を受けたとき、リズは卒倒するかと思った。
大神官以下ずらりと並ぶ前で全裸になり、祈りによって守護を授けてもらったあと、額、両手首、胸、腰、膝、足首ーーと、大きな聖杯になみなみと注がれた水が何往復もかけられる。
その聖なる水を浴びれば浴びただけ心身ともに壮健になるのだとか。
王家の繁栄を願う聖なる儀式なのだと真摯に言われると断るわけにはいかない。
リズもこのあと儀式をする予定であるが、いくら神職の人たちとはいえ複数の人の前で全裸になるのは恥ずかしい。そこで導入されたのが、この薄い衣である。
リズは、この時代の令嬢たちの例から大きく外れて、入浴も着替えも最低限の身だしなみも全部自分一人でやってきた。そのため、人に肌を晒すことに大きな抵抗があった。
それを思い切ってレオに訴えてみたところ、驚くほどあっさりと、
「そうか……。じゃあ……きみは白い薄衣を着られるよう、大神殿にかけあってみるよ」
と言ってくれ、慣例が崩れると渋い顔をする大神殿を瞬く間に説き伏せてしまった。
「頭のコチコチな老人相手に一歩も引かず説き伏せる殿下、すごかったですよ。貴女にもお見せしたかったな」
と、側近であるシュテファンが嬉しそうに教えてくれた。
わたくしのためにそこまで? と、戸惑ってしまうリズであるが、誰もリズを責めない。
「これが……地位がある、権力がある、ということかしら?」
これまでの転生で得た知識を総動員して考える。
ーーちょっと怖いわね。
そして数日後の夜。
互いに夜着に着替えて寝るだけ、という頃になって、はい、と、手渡されたのは真新しい白い衣だった。
「レオさま、これは?」
「お針子部隊が余り布で作ってくれたんだ。リズ、当日はこれを着てくれたらいいよ」
「レオさま……ありがとうございます。お針子の皆さまにもお礼を……」
急な仕事だ、さぞ大変だっただろう。何がいいかと考えるが、規律を大きく乱してもいけないし、過分でもいけない。
「あ、甘いお菓子の差し入れなどはどうでしょう? もちろん調理場で母とわたくしが作ります」
レオが目を丸くしたあと、柔らかい笑みを浮かべた。
「優しいね、リズは」
「え?」
「そんなところもーー好きなんだ」
ぎゅ、と抱き寄せられてそのまま唇が塞がれる。リズもそっと目を閉じる。
触れるだけだったキスがたちまち深くなる。
リズが息継ぎのために開けた唇の間から舌が入ってくる。ぞくり、とリズの腰から背中にかけて快感の小さな波がわき起こる。
「は、あ……」
「……可愛いなぁ……」
リズを見下ろすレオの瞳が潤んで色気が漂う。このひとはこんな表情も出来たのか、と、新しい発見の連続である。
「レオ、さま……」
「……このままだと、歯止めがきかなくなりそうだからーー」
おやすみ、と。
額にキスが落ちてきてそれぞれのベッドで眠る。
だが、それも今日、儀式を迎えるまでのこと。
ーー知識の上では経験ありなのよ!
何度も何度も転生した中で、ロストバージンは経験している。希望どおりだったことより、望まない男が相手だったことの方が多いのが悲しいが、記憶上は「経験者」なのである。
「……あそこまで太くて長いのは見たことがないわ……」
リズが王城に来てから最も戸惑ったのはソレだと言っていいかもしれない。
「あんなのが……本当にはいるの?」
「ん、なにか言ったかい?」
「い、い、いいえ……」
素晴らしすぎる股間の逸物をぶら下げて、レオが衝立の影から顔を出して微笑む。
「そろそろ月が中天にさしかかるそうだよ」
「はい」
もちろん逞しいのはソレだけではない。服の下は無駄なく鍛えられた筋肉が出てきた。見た目よりずっとがっしりしていたのである。
「さあ……最後の儀式だよ、リズ……おいで」
「は、はいっ……」
レオが差し出す手を取り、衝立の影へ行く。
女官たちが恭しくやってきて、今朝夜明けと同時に叩き起こされて大勢の人たちが着付けてくれた白いウエディングドレスが脱がされていく。
ほんの一瞬、レオの前で全裸になる。緊張と恥ずかしさでリズの肌は粟立つ。
なにせこれが、リズがレオに肌を見せるはじめてのことである。
「ああ、リズ……想像以上に綺麗だ……」
ほぅ、と、レオが感嘆の吐息を漏らし、リズは恥ずかしさで真っ赤になる。
「もっと……見ていたいくらい美しい……」
「あ、あの、殿下……恥ずかしい、です……」
レオの眼差しも恥ずかしいが、女官たちが微笑ましいものを見る目で見守ってくれるのも、居た堪れない。
「ああ、すまない。神官たちが待っているはこれを着て」
「はい、殿下」
レオがリズに衣を着せて、その手を取る。
「さあ、行こうかーー我が妃殿下」
「はい」
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