上 下
33 / 41

レオさまの恋が叶うようお手伝いしますわ!

しおりを挟む
 それから五日ほど後、リズはアンナベルと待ち合わせをして買い物に出かけていた。先日、アンナベルをほったらかしで、歌劇を見に行ってしまったお詫びである。
「リズさま、こちらよ!」
「リズでいいわよ、アンナベル……」
「貴女は……さままで含めた愛称よ」
 それにしても、と、アンナベルが嬉しそうに笑った。
「もう、イシュタルと呼ばれる心配は無さそうね」
「え?」
「ギラギラした覇気がなくなって、雰囲気が丸く柔らかくなったわ」
「そういえば……ライバルを蹴散らす計画や嫌がらせの計画、練らなくなったわ。それよりも、レオさまと馬の研究をしたり自転車の改良をしたり、そっちに忙しいの」
 聞いたわ、とアンナベルが笑う。
「イシュタルってブランドの自転車が発売になるそうね?」
「そうなのよ! レオさまが改良チームに加わって下さった途端、資金も材料もどんどん集まって……びっくりしたわ」
 そりゃ自国の王子が手掛けるブランド、ご縁を繋いでおきたい商人は山のようにいるだろう。

ーーホントに、リズさまはいつレオさまの正体と恋心に気付くのかしらね……

 近頃の社交界は、その話題でもちきりである。

 そんな状態であるから、アンナベルはリズたちの動きを完璧に把握していて、「歌劇はどうだったのか、レオさまとの仲はどうなったのか、詳しく教えて」と興味津々である。
 恋の話をおおっぴらにするなら、屋根のついた馬車の方がいいだろうと思い、王都のメインストリートを、リズの家の馬車で走っているのである。
が。

「あ、あ、あ、あ、ちょ、なんて速度なのっ……」

 と、アンナベルが目を白黒させる。恋の話どころではない。が、その横でリズは「え、ええ!?」と困惑していた。リズにしてみれば大事なお友達を乗せているので普段よりかなりゆっくり走っているつもりである。

 すっかり目を回してしまったアンナベルのために、近くの公園で急遽休息をとることにした。
 さほど大きな公園ではないが、今日はお天気がいいため、若い貴族たちがそこかしこに集っている。

「あら!」

 と、アンナベルが驚いた声をあげた。彼女の視線をたどれば、驚いたような表情の男性が二人――アンナベルの婚約者と、レオである。
「レディ・リズ、レディ・アンナベル! 会えてうれしいよ。きみたち、どうしてここにいるんだい?」
 と、レオが言う。
「こんにちは、レオさま。二人でお買い物に来ましたの。ね、レディ・アンナベル」
「ええ」
 挨拶のあと、人の好さそうな紳士に向かってアンナベルが嬉しそうに駆け寄り、リズの横にはごく自然にレオが立つ。
 そしてアンナベルはリズを婚約者に紹介した。こうしてきちんとアンナベルの婚約者と対面するのは、はじめてなのである。
「あなたが、レディ・リズ……フォントレー侯爵令嬢……噂に違わずお美しい」
 リズが完璧なカーテシーで応えた。流れるような挙措で、心が籠っている。
「わたくし自慢のお友達なのよ」
 アンナベルが嬉しそうに言う。婚約者というより新婚夫婦といった雰囲気である。
「ああ、よくわかるよ。きみに友達がいたことが嬉しい。レディ・エリザベス、良ければこの先ずっと、彼女と仲良くしてやって欲しい」
「もちろんです。わたくしにとって、彼女がどれだけ支えになっているか」

 ――と、なぜかレオが勢いこんで「もちろん、彼女たちの仲は不滅だ。心配いらない」と応える。

「ちょっとレオ、なぜあなたがここでお返事するの!」
「レディ・リズ、きみのような跳ねっ返りのお転婆に付き合える上に、沈着冷静できみを制御できる貴重な存在なのだよ、彼女は! ぜひ、この先ずっと仲良くしたまえ」
「なによ、偉そうね。たかだか侯爵家の嫡男に命令される筋合いはないわ」
 ぷん、とそっぽを向いたリズ。可愛いなぁ、などとレオは言い、ついでに抱き寄せて額にキスを贈る始末である。が、それはさらにリズの御機嫌を損ねてしまった。
「なによ、二言目には可愛い、可愛いって……わたくしを揶揄うのもほどほどになさって!」
「可愛いと思うから、正直に伝えているんだよ。俺の偽りのない本心さ!」
 再び額にキスが落ちてくる。
 ぼ、と、リズの頬が真っ赤になった。おや、と、レオが嬉しそうに言う。

「き、気安く触れてキスなんてしちゃって……はしたないわよ」
「大丈夫、誰も咎めやしないよ」
「あら、御大層なおうちなのね? シェーバー侯爵家は!」
 さらにつーん、とそっぽを向いたゆえに――アンナベルたちの微妙な視線がレオに向けられたことに気付かなかった。

 アンナベルはすかさずレオの腕を掴んで、少し距離を置く。

「殿下……まだ、シェーバー侯爵家の嫡男レオンハルト・ゲーアハウス・シェーバーと名乗っていらっしゃるの?」
「……うん。気付いてもよさそうなのに、彼女も彼女でちっとも気付いてくれない」
「彼女の心は、だいぶ殿下に移っているはずなのに……もうあと一押しね!」
 アンナベルが扇の影で小さく頷いた。と、ふいに、
「ね、あなた。こうして並ぶとレオさまとお似合いだと思わない?」
 わざと、リズに聞こえるように言う。婚約者もすぐにアンナベルの意図を理解した。
「あ? ああ、会話も弾んでいるし、美男美女とはこのことだろうね。良いと思うよ」
「さぞ美しい子どもが生まれるだろうって、わたくし思うの」
「そうだろうね。父に似ても母に似ても、男の子でも女の子でも、美形間違いナシだろうね」

 おっとりととんでもないことを言われて、リズは真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと、アンナベル、わたくしとレオさまはそんな関係じゃ……誤解されてはレオさまにご迷惑を……。ね、ねぇ、レオさま? レオさまは……え? あら? レオさまの意中の方ってどなた? わたくし、知らない……」
 どうしましょう、 と、慌てたリズがレオを見上げる。
「ああ……ここまで鈍かったとは。そんな君も可愛いよ、うんうん」
「え? え? アンナベルは知ってるの?」
 きょとんとしたリズが、アンナベルを見る。寄宿学校のライバルであったアンナベルですら滅多に見ることのない、飾らない素の表情である。
「……そうね、社交界のおよそ七割くらいの人たちが、気付いていると思うわ……」
「わたくし……シュテファンさまを追いかけてものにすることしか考えていなかったから周りが見えていなかったわ、ごめんなさいね……。今日から、あなたの恋が成就するよう、お手伝いするわ!」

 ぜひ頑張って! と、他の三人が声をそろえたので、リズはますます首を傾げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

悪役公爵の養女になったけど、可哀想なパパの闇墜ちを回避して幸せになってみせる! ~原作で断罪されなかった真の悪役は絶対にゆるさない!

朱音ゆうひ
恋愛
孤児のリリーは公爵家に引き取られる日、前世の記憶を思い出した。 「私を引き取ったのは、愛娘ロザリットを亡くした可哀想な悪役公爵パパ。このままだとパパと私、二人そろって闇墜ちしちゃう!」 パパはリリーに「ロザリットとして生きるように」「ロザリットらしく振る舞うように」と要求してくる。 破滅はやだ! 死にたくない!  悪役令嬢ロザリットは、悲劇回避のためにがんばります! 別サイトにも投稿しています(https://ncode.syosetu.com/n0209ip/)

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

処理中です...