40 / 52
怪鳥奮闘記
9
しおりを挟む
木の幹に沿って、太一郎がざざざ、と、滑り落ちる。
「ぐ、あ、おおお……」
「お、お、親分! 枝に捕まれ! 左手の枝が太いぞ」
血相を変えた英次郎が馬に乗ってやってくる。その姿を見て、助かった、と、太一郎は思った。そして若き友の声に親分の体は自然と反応した。むずっと枝を掴んで速度を殺した。が、不幸なことに巨木であるものの太一郎が掴んだ枝は余りにも細かった。その枝は、めりめりと嫌な音を立てた。
「しまった親分、今度は右の枝!」
「う、ぬぅ……」
右の枝は太くて短い。太一郎はなんとかそれにしがみつき、体勢を整えた。が、やはり太一郎の体重を支えるのは難儀なことであるらしい。めりめり、と音がする。折れる枝を視界の端に見ながら、太一郎は真下に来た英次郎に向かって、
「英次郎……減量しようと思うがどうであろうか?」
と、叫んだ。
「親分、殊勝な心掛けであるが、今は相談に乗っている場合ではない。化鳥がまだ狙っている」
「ひえぇ」
ばさばさと、大きく木が揺れた。黒い翼が見え隠れする。鋭い鉤爪が太一郎の顔に向かって繰り出される。
「え、英次郎、鳥はどこじゃ」
「退治するゆえ、そこから動いてはならぬぞ、親分!」
「無茶を言う……」
「枝に張り付いておれば、鳥は親分がわからぬらしいぞ」
「そうか、鳥は目が良くないのであったな」
太一郎は、とにかく必死で木にしがみついた。
英次郎に加勢したいが、中途半端な高さであるゆえ自分で降りることもできず、かといってここから落ちれば怪我をする。
なにより、地面に降りたら化鳥に見つかる。さすれば、再び江戸の空を運搬されてしまう。御免である。
「さてもさても、どうやって江戸から追い払うか……」
英次郎と化け鳥の死闘は続いている。英次郎めがけて鉤爪が繰り出され、それを斬り飛ばそうと英次郎の剣が奔る。
「おしい……刀の長さがちと、足らぬ……!」
ぎゃーすと、怒りの声と共に突風と炎が吹き付けられる。
「ひええ……」
火の粉を手で払い冷や汗をかきながらそっと首を捻って英次郎を見れば、刀だけでなく弓矢を持参していた。
「おお、なるほど……」
馬上からきりりと弓を引き絞り、きっかり狙いを定めて化鳥を射る。怒れる炎が英次郎を襲うが、馬を巧みに操りかわす。その横顔の凛々しいこと、それを己しか知らぬのは勿体ないことであると太一郎は思う。
「英次郎……頼むぞ……」
一本、二本、と鳥を掠めた矢が、ついに胴を射抜いた。化け鳥が大きく傾き、怒りの声をあげる。
悪臭を放つ体液を撒き散らしながら英次郎を攻撃するが、すばやく刀に持ち替えた英次郎が臨機応変に応戦する。
が、そのうち、どさり、と、鳥が地面に落ちた。二度三度翼を動かし炎を吐いたが、それきり、ぴくりでもない。
「親分、もう降りても良いぞ」
馬から降りた英次郎が、用心深く化鳥に接近する。切っ先で突くが全く動かない。
「英次郎、鳥は絶命したのか?」
木から転げるように落ちた親分も、そっと近寄る。
「いや、寝ておるだけだ。実はな、親分が拐われた後、ふと薬種問屋の長崎屋に駆け込んで、南蛮渡来の毒薬を借りた。それを矢の先に塗ってみたのだが……」
毒は化鳥の命を奪うには至らず、ということだろう。
「さてもさても……この化け物、どうしたものか……」
刀を納めて首を捻る英次郎に、太一郎は「わしに考えがある。任せろ」と胸を叩いた。
「ぐ、あ、おおお……」
「お、お、親分! 枝に捕まれ! 左手の枝が太いぞ」
血相を変えた英次郎が馬に乗ってやってくる。その姿を見て、助かった、と、太一郎は思った。そして若き友の声に親分の体は自然と反応した。むずっと枝を掴んで速度を殺した。が、不幸なことに巨木であるものの太一郎が掴んだ枝は余りにも細かった。その枝は、めりめりと嫌な音を立てた。
「しまった親分、今度は右の枝!」
「う、ぬぅ……」
右の枝は太くて短い。太一郎はなんとかそれにしがみつき、体勢を整えた。が、やはり太一郎の体重を支えるのは難儀なことであるらしい。めりめり、と音がする。折れる枝を視界の端に見ながら、太一郎は真下に来た英次郎に向かって、
「英次郎……減量しようと思うがどうであろうか?」
と、叫んだ。
「親分、殊勝な心掛けであるが、今は相談に乗っている場合ではない。化鳥がまだ狙っている」
「ひえぇ」
ばさばさと、大きく木が揺れた。黒い翼が見え隠れする。鋭い鉤爪が太一郎の顔に向かって繰り出される。
「え、英次郎、鳥はどこじゃ」
「退治するゆえ、そこから動いてはならぬぞ、親分!」
「無茶を言う……」
「枝に張り付いておれば、鳥は親分がわからぬらしいぞ」
「そうか、鳥は目が良くないのであったな」
太一郎は、とにかく必死で木にしがみついた。
英次郎に加勢したいが、中途半端な高さであるゆえ自分で降りることもできず、かといってここから落ちれば怪我をする。
なにより、地面に降りたら化鳥に見つかる。さすれば、再び江戸の空を運搬されてしまう。御免である。
「さてもさても、どうやって江戸から追い払うか……」
英次郎と化け鳥の死闘は続いている。英次郎めがけて鉤爪が繰り出され、それを斬り飛ばそうと英次郎の剣が奔る。
「おしい……刀の長さがちと、足らぬ……!」
ぎゃーすと、怒りの声と共に突風と炎が吹き付けられる。
「ひええ……」
火の粉を手で払い冷や汗をかきながらそっと首を捻って英次郎を見れば、刀だけでなく弓矢を持参していた。
「おお、なるほど……」
馬上からきりりと弓を引き絞り、きっかり狙いを定めて化鳥を射る。怒れる炎が英次郎を襲うが、馬を巧みに操りかわす。その横顔の凛々しいこと、それを己しか知らぬのは勿体ないことであると太一郎は思う。
「英次郎……頼むぞ……」
一本、二本、と鳥を掠めた矢が、ついに胴を射抜いた。化け鳥が大きく傾き、怒りの声をあげる。
悪臭を放つ体液を撒き散らしながら英次郎を攻撃するが、すばやく刀に持ち替えた英次郎が臨機応変に応戦する。
が、そのうち、どさり、と、鳥が地面に落ちた。二度三度翼を動かし炎を吐いたが、それきり、ぴくりでもない。
「親分、もう降りても良いぞ」
馬から降りた英次郎が、用心深く化鳥に接近する。切っ先で突くが全く動かない。
「英次郎、鳥は絶命したのか?」
木から転げるように落ちた親分も、そっと近寄る。
「いや、寝ておるだけだ。実はな、親分が拐われた後、ふと薬種問屋の長崎屋に駆け込んで、南蛮渡来の毒薬を借りた。それを矢の先に塗ってみたのだが……」
毒は化鳥の命を奪うには至らず、ということだろう。
「さてもさても……この化け物、どうしたものか……」
刀を納めて首を捻る英次郎に、太一郎は「わしに考えがある。任せろ」と胸を叩いた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
女髪結い唄の恋物語
恵美須 一二三
歴史・時代
今は昔、江戸の時代。唄という女髪結いがおりました。
ある日、唄は自分に知らない間に実は許嫁がいたことを知ります。一体、唄の許嫁はどこの誰なのでしょう?
これは、女髪結いの唄にまつわる恋の物語です。
(実際の史実と多少異なる部分があっても、フィクションとしてお許し下さい)
大奥~牡丹の綻び~
翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。
大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。
映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。
リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。
時は17代将軍の治世。
公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。
京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。
ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。
祖母の死
鷹司家の断絶
実父の突然の死
嫁姑争い
姉妹間の軋轢
壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。
2023.01.13
修正加筆のため一括非公開
2023.04.20
修正加筆 完成
2023.04.23
推敲完成 再公開
2023.08.09
「小説家になろう」にも投稿開始。
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
上意討ち人十兵衛
工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、
道場四天王の一人に数えられ、
ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。
だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。
白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。
その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。
城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。
そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。
相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。
だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、
上意討ちには見届け人がついていた。
十兵衛は目付に呼び出され、
二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる