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◆第六記録◆ 記録者……柑橘家当主
其之壱
しおりを挟む「み、蜜柑、蜜柑」
ゆさゆさと体を揺すられ、うっすらと目をあける。ぼんやりと視界にうつる、見慣れた人かげ。
「……眠い……」
「これ起きよ!」
ぱしゃり、と、冷たい水をかけられてようやくその人物は眼を開いた。忙しなく、ふさふさのまつ毛が上下する。
「おお、これはこれは誰かと思うたら父上。お早う御座いまする。朝も早くからこのような場所によう参られ……」
「挨拶はよい! そなた今度は何をやらかしたのじゃ! 詳しく説明いたせ!」
父に引っ張られて体を起こした青年は、眠たそうに大あくびをした。
珍しく押し込められた座敷牢で大人しく朝を迎えた柑橘家嫡男の元へやってきたのは、柑橘家当主・八朔である。
その八朔はひどく取り乱し、寝間着姿のままで腰に刀ひとつ帯びていない。そして、顔が青ざめている。
「……父上、いくら平和な我が領内と雖もその姿はいかがなものかと……」
だまらっしゃい、と、父は息子を一喝した。
「よいか。まなこを大きく開いてこれを見よ」
はて、と蜜柑は首を傾げた。
「それがしの眼には文のように……」
「そうじゃ。文であるが、これは只今、京の都より届いた文じゃ!」
「はて、何か問題でも……」
「ある。おおいにあるぞ! よいか、よく聞くのじゃ。我が家には、『従四位《じゅしい》の者』など一人もおらぬのに、帝が所望しておられる。これはどういうことか。いや、そなたの仕業であろう?」
季節は春だと言うのに、真夏の戦場に出て太刀を振り回したかの如く大汗をかいた父から文を受け取った蜜柑は、いつもと変わらぬ涼しい顔で文を読み、大きく頷いた。
「ああ、これのことでござったか。安心召されよ、父上。帝が逢いたいと仰せの、『従四位の者共』とは、こちらに……」
蜜柑は、窓に嵌められた格子をあっさり取り除いてそこから外に這い出ると、天守閣の大屋根に仁王立ちになった。
「蜜柑! そなた、そこは露台ではないぞ!」
さすがに慌てる八朔だが、蜜柑は涼しい顔で伸びをしたあと、父を振り返った。
「父上も参られよ」
「な、なに!?」
「絶景でござる。おお、与作と五兵衛は今日も仲良く喧嘩しながら海へむかってござる。むむ、あれは……おかやちゃんでござるか。まあ坊の病は良くなったのであろうか……。あの地区は毎年の大雨で農作物が減り、民が難儀いたす。もう少し豊かにするにはどうしたら良いか……」
蜜柑の最後言葉でどの地区のことを指しているのか八朔にもわかったが、しかしその地区に住む「おかやちゃん」と「まあ坊」なる子供のことはわからない。
蜜柑が何を見ているのか気になった八朔は、意を決して窓から外へ、体を押し出した。
「よい、しょ……」
思いのほか安定している屋根の上で、八朔は奇妙なものを見つけた。このようなものを設置するのは、蜜柑以外に考えられない。
「……そなた、いつの間に天守閣の大屋根に椅子と卓を据え付けたのやら……」
「ここで食する食事は格別でござる」
高いところがあまり得意でない八朔、思わずぶるりと震えた。
「ささ、父上、もそっとこちらへ……」
「む、ここか。ここじゃな。嗚呼、なるほどよう見える……」
大屋根に立って熱心に領土を見回す父を見て笑顔を浮かべた蜜柑は、懐から小さな笛を取り出した。
「父上、とくとご覧あれ」
ひよろろろ、とかすれたような音がしたかと思うと、物凄い勢いで大きな鳥がやってきた。
「な、なんじゃぁ!?」
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