柑橘家若様の事件帖

鋼雅 暁

文字の大きさ
上 下
17 / 25
◆第六記録◆ 記録者……柑橘家当主

其之壱

しおりを挟む

「み、蜜柑、蜜柑」
 ゆさゆさと体を揺すられ、うっすらと目をあける。ぼんやりと視界にうつる、見慣れた人かげ。
「……眠い……」
「これ起きよ!」
 ぱしゃり、と、冷たい水をかけられてようやくその人物は眼を開いた。忙しなく、ふさふさのまつ毛が上下する。
「おお、これはこれは誰かと思うたら父上。お早う御座いまする。朝も早くからこのような場所によう参られ……」
「挨拶はよい! そなた今度は何をやらかしたのじゃ! 詳しく説明いたせ!」
 父に引っ張られて体を起こした青年は、眠たそうに大あくびをした。
 珍しく押し込められた座敷牢で大人しく朝を迎えた柑橘家嫡男の元へやってきたのは、柑橘家当主・八朔である。
 その八朔はひどく取り乱し、寝間着姿のままで腰に刀ひとつ帯びていない。そして、顔が青ざめている。
「……父上、いくら平和な我が領内と雖もその姿はいかがなものかと……」
 だまらっしゃい、と、父は息子を一喝した。
「よいか。まなこを大きく開いてこれを見よ」
 はて、と蜜柑は首を傾げた。
「それがしの眼には文のように……」
「そうじゃ。文であるが、これは只今、京の都より届いた文じゃ!」
「はて、何か問題でも……」
「ある。おおいにあるぞ! よいか、よく聞くのじゃ。我が家には、『従四位《じゅしい》の者』など一人もおらぬのに、帝が所望しておられる。これはどういうことか。いや、そなたの仕業であろう?」
 季節は春だと言うのに、真夏の戦場に出て太刀を振り回したかの如く大汗をかいた父から文を受け取った蜜柑は、いつもと変わらぬ涼しい顔で文を読み、大きく頷いた。
「ああ、これのことでござったか。安心召されよ、父上。帝が逢いたいと仰せの、『従四位の者共』とは、こちらに……」
 蜜柑は、窓に嵌められた格子をあっさり取り除いてそこから外に這い出ると、天守閣の大屋根に仁王立ちになった。
「蜜柑! そなた、そこは露台ではないぞ!」
 さすがに慌てる八朔だが、蜜柑は涼しい顔で伸びをしたあと、父を振り返った。
「父上も参られよ」
「な、なに!?」
「絶景でござる。おお、与作と五兵衛は今日も仲良く喧嘩しながら海へむかってござる。むむ、あれは……おかやちゃんでござるか。まあ坊の病は良くなったのであろうか……。あの地区は毎年の大雨で農作物が減り、民が難儀いたす。もう少し豊かにするにはどうしたら良いか……」
 蜜柑の最後言葉でどの地区のことを指しているのか八朔にもわかったが、しかしその地区に住む「おかやちゃん」と「まあ坊」なる子供のことはわからない。
 蜜柑が何を見ているのか気になった八朔は、意を決して窓から外へ、体を押し出した。
「よい、しょ……」
 思いのほか安定している屋根の上で、八朔は奇妙なものを見つけた。このようなものを設置するのは、蜜柑以外に考えられない。
「……そなた、いつの間に天守閣の大屋根に椅子と卓を据え付けたのやら……」
「ここで食する食事は格別でござる」
 高いところがあまり得意でない八朔、思わずぶるりと震えた。
「ささ、父上、もそっとこちらへ……」
「む、ここか。ここじゃな。嗚呼、なるほどよう見える……」
 大屋根に立って熱心に領土を見回す父を見て笑顔を浮かべた蜜柑は、懐から小さな笛を取り出した。
「父上、とくとご覧あれ」
 ひよろろろ、とかすれたような音がしたかと思うと、物凄い勢いで大きな鳥がやってきた。
「な、なんじゃぁ!?」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。 女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。 そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。 嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。 女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。 出会いと、世界の変化、人々の思惑。 そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。 ※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。 ⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。 ⌘后妃は、花の名前。 ⌘家令は、鳥の名前。 ⌘女官は、上位五役は蝶の名前。 となっております。 ✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。 ⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

深川あやかし綺譚 粋と人情とときどきコロッケ

高井うしお
キャラ文芸
妻に失踪された男、氷川 衛は一人娘の瑞葉とともに義母のミユキと東京の下町、深川で同居をはじめる。 ミユキの経営する総菜屋はまったく流行っていないが、実は人外のあやかしの問題解決をするよろず屋をして生計を立てていた。 衛は総菜屋をやりながら、よろず屋稼業の手伝いもさせられる羽目に。 衛と瑞葉から見た、下町深川の風景とおかしなお客の数々。そして妻穂乃香の行方は……。 ※一日三回更新します。 ※10万字前後で一旦完結

処理中です...