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第六章
第60話 覚悟
しおりを挟む「まさかそのままミゲルを抱いたりしてないだろうな?」
病室のベッドで上半身を起こして猛の話を聞いていた洋介が、猛を知る者なら誰もが思う疑問をぶつけてきた。
「抱いてねぇよ」と答えた猛だったが、危うくあのままミゲルを抱いてしまいそうになっていたことは黙っておいた。男なら誰でも気持ちがぐらつくはず。「据え膳食わぬは……」と言う諺があるくらいなのだから。
「それが嘘だとしても確かめる方法はないから、お前の言葉を信用するしかないな」
真偽を追求するより今は猛がミゲルとの関係をどのように終わらせたかを知りたい。
「で、その後は?」
「あの夜はミゲルが落ち着くまで一緒にいた」
「ベッドの上でか?」
いつもより抑揚のある洋介のこの言葉には、『嫉妬』から生まれた少しばかりの棘が含まれていた。
「ああ。ベッドの上だったが、誓って何もしてない。誘惑がまったくなかったとは言わないが、いくら俺でもあそこでミゲルを抱くほど馬鹿じゃない」
「お前の言葉を信じてやるよ、今はな。俺が知りたいのは、ミゲルとの関係をどんな風に終わらせたかだ。場合によってはミゲルにも少しは同情の余地があったりするかも知れないだろ」
「はぁ?! お前、拉致されて監禁されて、こんな怪我までさせられて同情だと! お人好しにも程があるだろ!」
猛には洋介のこの発言が信じられなかった。同情の余地など1ミクロンもない。
「誤解するな。ミゲルを許すつもりは断じてない。ただ、ミゲルにあんな行動をさせた原因がお前に少しでもあるのなら対策を考える際の参考になると思ってるだけだ」
洋介の言い分を理解できない訳ではないが内側から溢れ出る怒りをどこに向けていいのか分からず、猛はただ拳を握りしめ、その拳を震えさせている。
「なあ、猛。お前は本当にミゲルときれいに別れたのか? 独りよがりの方法で別れたと思っているだけじゃないのか? はっきり別れを告げずに曖昧にしたまま日本に帰国したんじゃないのか?」
「……それは……」
歯切れの悪い猛の言葉。
「以前、涼子さんに言われたことがある……『錆びたナイフで切られるより、よく切れるナイフで切られた方が傷は早く治るし、傷痕もきれい』なんだと」
洋介の視線は猛を真っ直ぐ捉えているが責めるような冷たさはなく、温かく包み込むように見つめている。
「恋愛の幕引きも同じで、振るほうが最後に同情や優しさを見せると未練が残る。思いっきり嫌われる覚悟で振らなきゃ未練が執着に変わって自分も相手も苦しむことになる。お前はミゲルとの関係を終わらせるときに優しさを見せてしまった。だからミゲルはお前に執着してしまった。そしてお前を取り戻すために邪魔になる者はすべて敵になった。その筆頭が俺だったってわけだ」
洋介の右手が左腕の怪我のあたりにそっと当てられ、痛みを庇うような仕草をした。
その仕草を見た猛の表情が、瞬間憂う。
「確かにミゲルとの関係はお世辞にもきれいに終わらせたとは言えない。帰国の日も近づいていて時間がなかったのもあるが……いや、それは都合のいい言い訳だな。どこかで俺はミゲルに甘えていたのかもしれない。分かってくれるだろう、納得してくれるだろうと勝手に期待していただけなのかもしれない」
「ここまでこじれてしまうと話し合いで解決するのも難しいだろう。ただ、お前を取り戻すことが最終目的なのであればお前に危害を加える可能性は低くなる。生死を問わずに取り戻すつもりなら話は別だがな。まあ、当面の標的は恐らく俺だけだろう」
「あんな目に会ったのに冷静なんだな」
猛のこの言葉は決して感嘆ではなく、憤りだった。
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