上 下
61 / 77
第六章

第60話 覚悟

しおりを挟む

「まさかそのままミゲルを抱いたりしてないだろうな?」

 病室のベッドで上半身を起こして猛の話を聞いていた洋介が、猛を知る者なら誰もが思う疑問をぶつけてきた。
「抱いてねぇよ」と答えた猛だったが、危うくあのままミゲルを抱いてしまいそうになっていたことは黙っておいた。男なら誰でも気持ちがぐらつくはず。「据え膳食わぬは……」と言うことわざがあるくらいなのだから。

「それが嘘だとしても確かめる方法はないから、お前の言葉を信用するしかないな」
 真偽を追求するより今は猛がミゲルとの関係をどのように終わらせたかを知りたい。
「で、その後は?」
「あの夜はミゲルが落ち着くまで一緒にいた」
「ベッドの上でか?」
 いつもより抑揚のある洋介のこの言葉には、『嫉妬』から生まれた少しばかりの棘が含まれていた。
「ああ。ベッドの上だったが、誓って何もしてない。誘惑がまったくなかったとは言わないが、いくら俺でもあそこでミゲルを抱くほど馬鹿じゃない」
「お前の言葉を信じてやるよ、今はな。俺が知りたいのは、ミゲルとの関係をどんな風に終わらせたかだ。場合によってはミゲルにも少しは同情の余地があったりするかも知れないだろ」
「はぁ?! お前、拉致されて監禁されて、こんな怪我までさせられて同情だと! お人好しにも程があるだろ!」
 猛には洋介のこの発言が信じられなかった。同情の余地など1ミクロンもない。
「誤解するな。ミゲルを許すつもりは断じてない。ただ、ミゲルにあんな行動をさせた原因がお前に少しでもあるのなら対策を考える際の参考になると思ってるだけだ」
 洋介の言い分を理解できない訳ではないが内側から溢れ出る怒りをどこに向けていいのか分からず、猛はただ拳を握りしめ、その拳を震えさせている。
「なあ、猛。お前は本当にミゲルときれいに別れたのか? 独りよがりの方法で別れたと思っているだけじゃないのか? はっきり別れを告げずに曖昧にしたまま日本に帰国したんじゃないのか?」

「……それは……」
 歯切れの悪い猛の言葉。

「以前、涼子さんに言われたことがある……『錆びたナイフで切られるより、よく切れるナイフで切られた方が傷は早く治るし、傷痕もきれい』なんだと」

 洋介の視線は猛を真っ直ぐ捉えているが責めるような冷たさはなく、温かく包み込むように見つめている。
「恋愛の幕引きも同じで、振るほうが最後に同情や優しさを見せると未練が残る。思いっきり嫌われる覚悟で振らなきゃ未練が執着に変わって自分も相手も苦しむことになる。お前はミゲルとの関係を終わらせるときに優しさを見せてしまった。だからミゲルはお前に執着してしまった。そしてお前を取り戻すために邪魔になる者はすべて敵になった。その筆頭が俺だったってわけだ」
 洋介の右手が左腕の怪我のあたりにそっと当てられ、痛みを庇うような仕草をした。
 その仕草を見た猛の表情が、瞬間憂う。

「確かにミゲルとの関係はお世辞にもきれいに終わらせたとは言えない。帰国の日も近づいていて時間がなかったのもあるが……いや、それは都合のいい言い訳だな。どこかで俺はミゲルに甘えていたのかもしれない。分かってくれるだろう、納得してくれるだろうと勝手に期待していただけなのかもしれない」

「ここまでこじれてしまうと話し合いで解決するのも難しいだろう。ただ、お前を取り戻すことが最終目的なのであればお前に危害を加える可能性は低くなる。生死を問わずに取り戻すつもりなら話は別だがな。まあ、当面の標的は恐らく俺だけだろう」

「あんな目に会ったのに冷静なんだな」
 猛のこの言葉は決して感嘆ではなく、憤りだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

これがおれの運命なら

やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。 ※オメガバース。Ωに厳しめの世界。 ※性的表現あり。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い

papporopueeee
BL
契約社員として働いている川崎 翠(かわさき あきら)。 派遣先の上司からミドリと呼ばれている彼は、ある日オカマバーへと連れていかれる。 そこで出会ったのは可憐な容姿を持つ少年ツキ。 無垢な少女然としたツキに惹かれるミドリであったが、 女性との性経験の無いままにツキに入れ込んでいいものか苦悩する。 一方、ツキは性欲の赴くままにアキラへとアプローチをかけるのだった。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

処理中です...