46 / 77
第五章
第45話 監禁場所
しおりを挟む
涼子は、新宿署の寺嶋刑事が運転する車の後部座席に座っていた。
助手席にはベテランの片岡刑事が座している。涼子たちの後ろには二台のパトカーが続く。
夜の帳が降り、雨も降り出していた。
猛から知らされた携帯電話番号のGPSが示した場所へと急行している車内の空気を映し出すかのように暗く重苦しい夜だった。
涼子たちは新宿の外れにある廃ビルに向かっていた。
「老朽化のため来週取り壊される予定のビルで、立入禁止にはなっているんですが特に警備員などは配置されていないそうです」
運転する寺嶋が正面を向いたまま説明する。
「で、涼子ちゃん、海藤はそこに何があると言っていたんだ?」
片岡が助手席から後部座席の涼子を振り返って訊いた。
「猛はそこにミゲルか洋介がいる可能性が高いと言っていました。私は個人的にミゲルの線はないと思っています。これだけ狡猾に物事を進めるミゲルがわざわざ自分の居場所をこんなに簡単に知らせるとは思いません。恐らく洋介の居場所だと思います……私の心配はそこではありません……」
涼子が言葉に詰まると、片岡が涼子の代わりに「真木先生の生死……か」と続けた。
車内にいる全員の頭によぎった言葉だが口に出せずにいた言葉だ。
GPSの示す場所に到着するまでの間、沈黙が三人の上に重くのしかかっていた。
寺嶋が車を停め、ヘッドライトを消した。
「この先の廃ビルがGPSが示した場所です。ビル内に犯人がいるかも知れませんので、気付かれないようにここからは歩きで接近します。美咲先生は車から出ないようにお願いします」と言う寺嶋の声には緊張の色が濃く含まれていた。
今から犯罪現場に踏み込もうとしているのだから当然といえば当然だ。経験の浅い寺嶋は凶悪犯が潜伏しているかも知れない現場に踏み込んだ経験は極めて少ない。百戦錬磨の片岡ならいざ知らず、まだまだひよっこの寺嶋に緊張するなと言う方が無理な話である。特に今日は拳銃の携帯が許可されている。これが意味するものは『危険』であるということ。
「あまりのんびりもしていられない。コートに付着していた血痕から推測すると出血量はかなりだ。気温も下がってきている。寒さは体力を奪うからな」
片岡は淡々と事実を述べているだけなのだが、どの事実も洋介が無事であるという希望を打ち砕くものばかりだ。
涼子の表情がどんどん険しくなってゆく。
「ごめんな、涼子ちゃん。俺ら刑事はこんな物言いしかできなくて。でも涼子ちゃんは真木先生を信じてあげてくれ。絶対無事だと信じてあげてくれ」
片岡だって洋介の無事を願わないわけはない。ただ、刑事としては最悪のシナリオを想定して動かざるを得ないのだ。因果な商売だ。だが、片岡も彼の若い相棒の寺嶋も自分たちの仕事に誇りを持っている。自分たちの仕事が誰かの人生の助けになっている、誰かの命を守っていることを知っているからだ。
「寺嶋、お前はB班を連れて裏口に回れ、俺は残りの班と正面から入る。涼子ちゃんは絶対車から出ないようにな」
片岡は涼子に念を押して、他の警官たちと廃ビルへと向かった。
一人車の中で待つ涼子にとっては五分が五時間にも感じられた。
助手席にはベテランの片岡刑事が座している。涼子たちの後ろには二台のパトカーが続く。
夜の帳が降り、雨も降り出していた。
猛から知らされた携帯電話番号のGPSが示した場所へと急行している車内の空気を映し出すかのように暗く重苦しい夜だった。
涼子たちは新宿の外れにある廃ビルに向かっていた。
「老朽化のため来週取り壊される予定のビルで、立入禁止にはなっているんですが特に警備員などは配置されていないそうです」
運転する寺嶋が正面を向いたまま説明する。
「で、涼子ちゃん、海藤はそこに何があると言っていたんだ?」
片岡が助手席から後部座席の涼子を振り返って訊いた。
「猛はそこにミゲルか洋介がいる可能性が高いと言っていました。私は個人的にミゲルの線はないと思っています。これだけ狡猾に物事を進めるミゲルがわざわざ自分の居場所をこんなに簡単に知らせるとは思いません。恐らく洋介の居場所だと思います……私の心配はそこではありません……」
涼子が言葉に詰まると、片岡が涼子の代わりに「真木先生の生死……か」と続けた。
車内にいる全員の頭によぎった言葉だが口に出せずにいた言葉だ。
GPSの示す場所に到着するまでの間、沈黙が三人の上に重くのしかかっていた。
寺嶋が車を停め、ヘッドライトを消した。
「この先の廃ビルがGPSが示した場所です。ビル内に犯人がいるかも知れませんので、気付かれないようにここからは歩きで接近します。美咲先生は車から出ないようにお願いします」と言う寺嶋の声には緊張の色が濃く含まれていた。
今から犯罪現場に踏み込もうとしているのだから当然といえば当然だ。経験の浅い寺嶋は凶悪犯が潜伏しているかも知れない現場に踏み込んだ経験は極めて少ない。百戦錬磨の片岡ならいざ知らず、まだまだひよっこの寺嶋に緊張するなと言う方が無理な話である。特に今日は拳銃の携帯が許可されている。これが意味するものは『危険』であるということ。
「あまりのんびりもしていられない。コートに付着していた血痕から推測すると出血量はかなりだ。気温も下がってきている。寒さは体力を奪うからな」
片岡は淡々と事実を述べているだけなのだが、どの事実も洋介が無事であるという希望を打ち砕くものばかりだ。
涼子の表情がどんどん険しくなってゆく。
「ごめんな、涼子ちゃん。俺ら刑事はこんな物言いしかできなくて。でも涼子ちゃんは真木先生を信じてあげてくれ。絶対無事だと信じてあげてくれ」
片岡だって洋介の無事を願わないわけはない。ただ、刑事としては最悪のシナリオを想定して動かざるを得ないのだ。因果な商売だ。だが、片岡も彼の若い相棒の寺嶋も自分たちの仕事に誇りを持っている。自分たちの仕事が誰かの人生の助けになっている、誰かの命を守っていることを知っているからだ。
「寺嶋、お前はB班を連れて裏口に回れ、俺は残りの班と正面から入る。涼子ちゃんは絶対車から出ないようにな」
片岡は涼子に念を押して、他の警官たちと廃ビルへと向かった。
一人車の中で待つ涼子にとっては五分が五時間にも感じられた。
15
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
沈む陽、昇る月 - 番外編短編集(カクヨム KAC2023参加作品)
蒼井アリス
BL
『沈む陽、昇る月』の登場人物たちの何気ない日常の風景。
カクヨムにて開催されたKAC2023参加作品集。出されたお題に沿って書いた短編を集めました。お題は全部で7つ。「本屋」、「ぬいぐるみ」、「ぐちゃぐちゃ」、「深夜の散歩で起きた出来事」、「筋肉」、「アンラッキー7」、「いいわけ」
『沈む陽、昇る月』の本編は https://www.alphapolis.co.jp/novel/621069969/922531309
愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる
すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。
第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」
一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。
2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。
第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」
獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。
第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」
幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。
だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。
獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる