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第四章
第34話 トキさん
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鑑識の人たちが忙しくビルの入り口や内部を調べているところに、大家の奥村トキが散歩から戻ってきた。
「おや、何だか騒がしいね。何かあったのかい?」
トキが涼子たちの事務所のドアからひょこっと顔をのぞかせた。
「あっ、トキさん。お騒がせして申し訳ありません。そうなんですよ、ちょっと洋介がトラブルに巻き込まれたみたいで」
涼子がドアの方を振り返りながら答えた。
「トラブルって? 警察まで来てるみたいだから大事かい?」
トキが心配そうに涼子の方に歩み寄ってきた。
「洋介の所在が分からないんです。このビルの入り口に彼の腕時計が落ちていたんですけど、携帯もつながらなくて自宅にも戻ってないようなんです」
「洋介くんが行方不明? 昨日は夜遅くまで事務所で仕事してたみたいだけど」
「えっ、トキさん昨日の夜、洋介に会ったんですか?」
「会ったわけじゃないけど事務所に電気が点いていて、中にいたのは確かだよ。外から声をかけたら洋介くんが返事してくれたから」
「それ何時頃ですか?」
「そうねぇ、そこのコンビニに買い物に出かけたときだから十一時少し前かしら」
「十一時半ごろに洋介から電話をもらった時にはまだ事務所にいて、もうすぐ帰ると言っていたんです。十一時半以降に怪しい物音とか聞きませんでしたか」
「その頃はお風呂に入っていたと思うから外の音は聞こえないのよ。お風呂から上がったのは十二時過ぎだったかしら。それから寝るまで怪しい音はしなかったよ。いつもと同じで静かだったよ」
涼子とトキの会話を聞いていた片岡が正確な時間を確認するためにトキに質問を始めた。
「新宿署の片岡と申します。お風呂から出たのが十二時過ぎとのことですが、就寝されたのは何時頃ですか?」
トキは片岡に軽く会釈をしてから質問に答え始める。
「寝たのは一時過ぎだったかしら。怪しい音は聞こえなかったわよ」
「では、コンビニから帰って来た時に見慣れない車や怪しい人や物を見かけませんでしたか?」
トキは首をかしげながら記憶を辿った。そしてはっと思いついたように片岡に顔を向けた。
「そう言えば白っぽい大きな車が停まってたと思う。ワンボックスっていうの、ほら背が高くて大きいやつ。クリーニング屋さんやお花屋さんが配達に使っているような車」
片岡の後ろに立っていた寺嶋は、トキが話す手がかりを慣れた手つきで手帳にメモを取っている。
「その車に何か特徴はありませんでしたか? 車体にお店の名前とか、模様とか?」
片岡はトキに不安感を与えないように、できるだけ穏やかな声で尋ねる。
「暗くて良く見えなかったけど、模様も文字も何も描いてなかったと思うわよ」
「もし何か思い出したことがありましたら、この番号までご連絡ください」
そう言って片岡は名刺をトキに手渡した。
「洋介くんを早く見つけてください。洋介くんや涼子ちゃん、タケちゃんは私にとっては家族みたいなものなんだよ。あの子たちが危ない目に合うなんて私は許せないのよ」
トキは片岡の手をしっかりと握り、力強く片岡の目を見つめながら言った。
「全力を尽くします」
片岡は優しくトキの手を握り返した。
片岡のこの言葉を聞いて、トキは頭をさげてから片岡の手を離した。
「タケちゃんはこのこと知ってるの?」
トキはすぐさま涼子に近寄り尋ねる。
「いえ、知らないです。知らせるつもりもありません。だからトキさんも猛には知られないようにしていただけますか」
「分かった。あの子のことだから洋介くんに何かあったと知ったら病院を飛び出して来るわね。まだ動き回れる身体じゃないんでしょ?」
「ええ、まだ安静が必要な状態です。あいつが知ったらおとなしくしてるわけがありません。怪我人にうろちょろされたら邪魔ですから」
「分かったよ。タケちゃんには言わないよ。今日タケちゃんのお見舞いに行く予定だけど、絶対に言わないからね」
「よろしくお願いします。ついでと言っては何ですけど、洋介が見舞いに来ないことを猛が気にするようだったら上手く誤魔化していただけますか?」
「任せておいて。伊達に歳はとってないよ。あんな若造を手玉に取るくらい朝飯前」
「心強いです。お願いします」
涼子はトキにそう言ってから片岡たちの所に戻っていった。
「おや、何だか騒がしいね。何かあったのかい?」
トキが涼子たちの事務所のドアからひょこっと顔をのぞかせた。
「あっ、トキさん。お騒がせして申し訳ありません。そうなんですよ、ちょっと洋介がトラブルに巻き込まれたみたいで」
涼子がドアの方を振り返りながら答えた。
「トラブルって? 警察まで来てるみたいだから大事かい?」
トキが心配そうに涼子の方に歩み寄ってきた。
「洋介の所在が分からないんです。このビルの入り口に彼の腕時計が落ちていたんですけど、携帯もつながらなくて自宅にも戻ってないようなんです」
「洋介くんが行方不明? 昨日は夜遅くまで事務所で仕事してたみたいだけど」
「えっ、トキさん昨日の夜、洋介に会ったんですか?」
「会ったわけじゃないけど事務所に電気が点いていて、中にいたのは確かだよ。外から声をかけたら洋介くんが返事してくれたから」
「それ何時頃ですか?」
「そうねぇ、そこのコンビニに買い物に出かけたときだから十一時少し前かしら」
「十一時半ごろに洋介から電話をもらった時にはまだ事務所にいて、もうすぐ帰ると言っていたんです。十一時半以降に怪しい物音とか聞きませんでしたか」
「その頃はお風呂に入っていたと思うから外の音は聞こえないのよ。お風呂から上がったのは十二時過ぎだったかしら。それから寝るまで怪しい音はしなかったよ。いつもと同じで静かだったよ」
涼子とトキの会話を聞いていた片岡が正確な時間を確認するためにトキに質問を始めた。
「新宿署の片岡と申します。お風呂から出たのが十二時過ぎとのことですが、就寝されたのは何時頃ですか?」
トキは片岡に軽く会釈をしてから質問に答え始める。
「寝たのは一時過ぎだったかしら。怪しい音は聞こえなかったわよ」
「では、コンビニから帰って来た時に見慣れない車や怪しい人や物を見かけませんでしたか?」
トキは首をかしげながら記憶を辿った。そしてはっと思いついたように片岡に顔を向けた。
「そう言えば白っぽい大きな車が停まってたと思う。ワンボックスっていうの、ほら背が高くて大きいやつ。クリーニング屋さんやお花屋さんが配達に使っているような車」
片岡の後ろに立っていた寺嶋は、トキが話す手がかりを慣れた手つきで手帳にメモを取っている。
「その車に何か特徴はありませんでしたか? 車体にお店の名前とか、模様とか?」
片岡はトキに不安感を与えないように、できるだけ穏やかな声で尋ねる。
「暗くて良く見えなかったけど、模様も文字も何も描いてなかったと思うわよ」
「もし何か思い出したことがありましたら、この番号までご連絡ください」
そう言って片岡は名刺をトキに手渡した。
「洋介くんを早く見つけてください。洋介くんや涼子ちゃん、タケちゃんは私にとっては家族みたいなものなんだよ。あの子たちが危ない目に合うなんて私は許せないのよ」
トキは片岡の手をしっかりと握り、力強く片岡の目を見つめながら言った。
「全力を尽くします」
片岡は優しくトキの手を握り返した。
片岡のこの言葉を聞いて、トキは頭をさげてから片岡の手を離した。
「タケちゃんはこのこと知ってるの?」
トキはすぐさま涼子に近寄り尋ねる。
「いえ、知らないです。知らせるつもりもありません。だからトキさんも猛には知られないようにしていただけますか」
「分かった。あの子のことだから洋介くんに何かあったと知ったら病院を飛び出して来るわね。まだ動き回れる身体じゃないんでしょ?」
「ええ、まだ安静が必要な状態です。あいつが知ったらおとなしくしてるわけがありません。怪我人にうろちょろされたら邪魔ですから」
「分かったよ。タケちゃんには言わないよ。今日タケちゃんのお見舞いに行く予定だけど、絶対に言わないからね」
「よろしくお願いします。ついでと言っては何ですけど、洋介が見舞いに来ないことを猛が気にするようだったら上手く誤魔化していただけますか?」
「任せておいて。伊達に歳はとってないよ。あんな若造を手玉に取るくらい朝飯前」
「心強いです。お願いします」
涼子はトキにそう言ってから片岡たちの所に戻っていった。
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