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第三章
第22話 ナイフ
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事件が起きたのは、その二週間後だった。
藤田ビルを訪れた涼子が、富樫組の連中に襲われたのだ。
涼子は、ビルオーナーの藤田さんに現状報告をするため三階のワインバーで待ち合わせをしていた。猛も打ち合わせに同席するためにワインバーに向かって階段を昇っていた。
「何するのよ! あなた富樫組ね。ついに実力行使に出たってわけね。私を刺したってこのビルはあなた達のものにはならないわよ。弁護士の替えなんていくらでもいるんだから!」
涼子の怒鳴り声は階段を昇っていた猛にも聞こえていた。
「あいつ、ヤクザを煽ってどうすんだよ! 相変わらず血の気が多いやつだ!」
猛が階段を昇りきり、三階の廊下に出た途端ナイフが目に入ってきた。その切っ先は涼子に向けられている。
「涼子! 大丈夫か!?」
猛が大声で叫んだ。
「猛! このバカを何とかして!」
涼子は、持っていたブリーフケースで身を守りながら、ナイフを持った男と対峙していた。
猛は、素早く涼子と男の間に入りナイフ男と向かい合った。
「涼子、山下さんの店の中に入れ! 山下さん、涼子をお願いします!」
猛は、騒ぎを聞いて廊下に出てきたワインバーのオーナーの山下に向かって叫んだ。
「分かりました。さあ、涼子さんこちらへ急いで。それから海藤さん、これを使ってください」
そう言いながら山下は、お客様貸出用の傘を猛に差し出した。
「何もないよりはましです。竹刀代わりになります」
「ありがとうございます。山下さんも店の中に入って鍵をかけて、警察を呼んでください!」
猛は傘を受け取りながら言った。
「分かりました!」
山下たちは店の中に入り、鍵をかけた。
鍵がかかった音を確認した瞬間、猛の顔が一変した。
瞳には氷のような冷たさと血に餓えた残忍さが一瞬で宿った。
それなりに修羅場をくぐって来たであろう富樫組のヤクザでさえ怯むほど異様な空気を猛は纏っている。
「お前、何者だ?」
ナイフ男が猛に訊いた。
「……」
猛は、男の声が聞こえていないかのように無言のまま、相手の次の動きにのみ集中していた。
まるで獣が、ただ自分が生き延びるためだけに相手の息の根を止めようとしているかのようだった。
お互いに微動だにせず、張り詰めた空気が息苦しい。
「お前……、随分と場馴れしてるな」
ナイフ男の言葉に、猛は唇の片端を少しだけ上げた。
猛は、山下が手渡してくれた傘を剣のように持ち、真っ直ぐナイフ男に向けた。素人目には隙だらけの無防備な構えに見えるが、猛にとってはどんな角度からの攻撃に対応できる最善の構えだった。
ナイフ男も喧嘩や切った張ったの場数は踏んでいるらしく、猛の力量を見抜いていた。
「簡単な地上げのはずだったのに、藤田のおっさん、面倒な奴を味方につけやがって」
ナイフ男が呟いた。
猛は、黙ったまま男の次の動きを待った。
「このまま睨み合ってても埒があかないな。俺もここで引き下がって組に戻るわけにもいかないんだよ!」
そう叫んで、ナイフ男が猛に飛びかかってきた。
猛は、傘の先端でナイフの刃をかわし、男の左肩をかすめて回り込んで背後に回り、右手に握っているナイフを叩き落とそうとしたその時、何かが聞こえた。
(チン)
エレベーターの到着を知らせる音だった。
ドアが開き、中から男性が一人降りてきた。藤田だ。
「いいところに来たな、藤田のおっさん!」
ナイフ男が藤田に気づき、叫ぶ。
ナイフ男は、藤田に気を取られていた猛の一瞬の隙きを突いて藤田に狙いを定めて急に向きを変えた。
手首を狙って振り下ろしていた猛の傘が空を切った。
「くそっ、藤田さん! 危ない! エレベーターの中に戻って!」
猛が藤田に向かって叫んだ。
藤田が咄嗟にエレベーターの中に戻ったため、男と藤田の間に空間が生まれた。
猛はそこに身体を滑り込ませる。
藤田を狙っていたナイフは、猛の腹部へとめり込んだ。
「…うっ…」
猛が小さな呻きを漏らした。
「海藤さん!」
藤田が猛に向かって叫んだ。
「下がっていてください、藤田さん」
猛が落ち着いた声で返した。
ナイフを握った手を引こうした男の腕を、猛はがっしりと掴んだ。
「逃さねぇよ」
静かな怒りを全身から放っている猛の気迫に、男は硬直した。
腹部から血を流しているにもかかわらず、男の腕を掴む猛の力は弱まることはなかった。
「……お前……」
そう呟いて男はナイフから手を離したが、猛は男の腕を離さなかった。
猛は、男の腕を掴んだ手にさらに力を込めて男を引き寄せた。
「言っただろ、逃さねぇって」
猛は、手負いになってもなお牙を剥く獣だった。
藤田ビルを訪れた涼子が、富樫組の連中に襲われたのだ。
涼子は、ビルオーナーの藤田さんに現状報告をするため三階のワインバーで待ち合わせをしていた。猛も打ち合わせに同席するためにワインバーに向かって階段を昇っていた。
「何するのよ! あなた富樫組ね。ついに実力行使に出たってわけね。私を刺したってこのビルはあなた達のものにはならないわよ。弁護士の替えなんていくらでもいるんだから!」
涼子の怒鳴り声は階段を昇っていた猛にも聞こえていた。
「あいつ、ヤクザを煽ってどうすんだよ! 相変わらず血の気が多いやつだ!」
猛が階段を昇りきり、三階の廊下に出た途端ナイフが目に入ってきた。その切っ先は涼子に向けられている。
「涼子! 大丈夫か!?」
猛が大声で叫んだ。
「猛! このバカを何とかして!」
涼子は、持っていたブリーフケースで身を守りながら、ナイフを持った男と対峙していた。
猛は、素早く涼子と男の間に入りナイフ男と向かい合った。
「涼子、山下さんの店の中に入れ! 山下さん、涼子をお願いします!」
猛は、騒ぎを聞いて廊下に出てきたワインバーのオーナーの山下に向かって叫んだ。
「分かりました。さあ、涼子さんこちらへ急いで。それから海藤さん、これを使ってください」
そう言いながら山下は、お客様貸出用の傘を猛に差し出した。
「何もないよりはましです。竹刀代わりになります」
「ありがとうございます。山下さんも店の中に入って鍵をかけて、警察を呼んでください!」
猛は傘を受け取りながら言った。
「分かりました!」
山下たちは店の中に入り、鍵をかけた。
鍵がかかった音を確認した瞬間、猛の顔が一変した。
瞳には氷のような冷たさと血に餓えた残忍さが一瞬で宿った。
それなりに修羅場をくぐって来たであろう富樫組のヤクザでさえ怯むほど異様な空気を猛は纏っている。
「お前、何者だ?」
ナイフ男が猛に訊いた。
「……」
猛は、男の声が聞こえていないかのように無言のまま、相手の次の動きにのみ集中していた。
まるで獣が、ただ自分が生き延びるためだけに相手の息の根を止めようとしているかのようだった。
お互いに微動だにせず、張り詰めた空気が息苦しい。
「お前……、随分と場馴れしてるな」
ナイフ男の言葉に、猛は唇の片端を少しだけ上げた。
猛は、山下が手渡してくれた傘を剣のように持ち、真っ直ぐナイフ男に向けた。素人目には隙だらけの無防備な構えに見えるが、猛にとってはどんな角度からの攻撃に対応できる最善の構えだった。
ナイフ男も喧嘩や切った張ったの場数は踏んでいるらしく、猛の力量を見抜いていた。
「簡単な地上げのはずだったのに、藤田のおっさん、面倒な奴を味方につけやがって」
ナイフ男が呟いた。
猛は、黙ったまま男の次の動きを待った。
「このまま睨み合ってても埒があかないな。俺もここで引き下がって組に戻るわけにもいかないんだよ!」
そう叫んで、ナイフ男が猛に飛びかかってきた。
猛は、傘の先端でナイフの刃をかわし、男の左肩をかすめて回り込んで背後に回り、右手に握っているナイフを叩き落とそうとしたその時、何かが聞こえた。
(チン)
エレベーターの到着を知らせる音だった。
ドアが開き、中から男性が一人降りてきた。藤田だ。
「いいところに来たな、藤田のおっさん!」
ナイフ男が藤田に気づき、叫ぶ。
ナイフ男は、藤田に気を取られていた猛の一瞬の隙きを突いて藤田に狙いを定めて急に向きを変えた。
手首を狙って振り下ろしていた猛の傘が空を切った。
「くそっ、藤田さん! 危ない! エレベーターの中に戻って!」
猛が藤田に向かって叫んだ。
藤田が咄嗟にエレベーターの中に戻ったため、男と藤田の間に空間が生まれた。
猛はそこに身体を滑り込ませる。
藤田を狙っていたナイフは、猛の腹部へとめり込んだ。
「…うっ…」
猛が小さな呻きを漏らした。
「海藤さん!」
藤田が猛に向かって叫んだ。
「下がっていてください、藤田さん」
猛が落ち着いた声で返した。
ナイフを握った手を引こうした男の腕を、猛はがっしりと掴んだ。
「逃さねぇよ」
静かな怒りを全身から放っている猛の気迫に、男は硬直した。
腹部から血を流しているにもかかわらず、男の腕を掴む猛の力は弱まることはなかった。
「……お前……」
そう呟いて男はナイフから手を離したが、猛は男の腕を離さなかった。
猛は、男の腕を掴んだ手にさらに力を込めて男を引き寄せた。
「言っただろ、逃さねぇって」
猛は、手負いになってもなお牙を剥く獣だった。
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