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第一章

第11話 キス

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「で、お前はどうしたいんだ」
 沈黙を破ったのは洋介だった。

「そうだな、単刀直入に言うと『お前を抱きたい』だな」
 猛のその言葉に、洋介は手の中で弄んでいたコーヒーカップを取り落としそうになった。
「えっ?」
「すぐにどうこうしようとは思ってないよ。安心しろ」
「安心って……」
 洋介はコーヒーカップをテーブルの上に置き、窓辺に立つ猛の後ろ姿見つめた。
 その時、振り返った猛の視線と洋介の視線が絡んだ。

 猛はゆっくりとソファに近づき、洋介の隣に静かに座った。
「少しだけ、お前に触れてもいいか?」
 猛はコーヒーカップをテーブルに置きながら優しく囁いた。そして、洋介の返事を待たずに洋介の頬に手を伸ばして来た。洋介は身動きが取れず、硬直する。
 猛の指先がほんの少しだけ洋介の頬に触れた瞬間、猛の瞳が色づいた。
 今度は手全体で洋介の頬を包み込むように触れる。その手の温かさは心地よく、洋介は思わず目を閉じてしまった。

 猛が顔を近づけ、そっと唇を重ねてきた。ほんの数秒だけ重なり、すーっと離れて行った。

 驚いた洋介は目を開ける。

 今のは猛の唇だったのか? 目を開けた洋介の目の前に猛の顔があり、猛と洋介の視線がまともにぶつかった。反射的に体を離そうと身をよじった洋介の首を、猛の手が捉え、胸に引き寄せた。

「おい……」

 洋介は猛の腕の中から逃れようと抗ったが、猛は洋介を逃がすまいと腕に力を入れ、抱きしめた。
「少しの間だけでいい、ほんの少しでいいからこのまま動かないでくれ……」
 思いつめたような猛の声音。
 抱きしめる猛の腕の力の強さの分だけ想いが込められているような気がした。
 洋介は観念してしばらく猛の腕の中でおとなしくしていた。
 猛の鼓動が耳元でうるさく響く。

 3分だろうか5分だろうか、猛の腕の中で洋介がしびれを切らした。
「もういいか?」
「もう少し」と返した猛の背中を、「いい加減にしろ!」と洋介がバシっと叩いた。
 猛はようやく腕の力を抜き、洋介を自由にした。

「男の腕の中に抱かれるなんて初めてだろ。手加減したんだよ。俺の本気はこんなもんじゃない」
「お前の本気はまだしまっておいてくれ」
「分かったよ。今は俺の気持ちを知っていてくれているだけでいい」
「案外気が長いんだな」
「いやー、お前に関してはもう『待つ』という感覚が麻痺してるからな」
 一瞬のキスと少し長い抱擁、それが今の洋介が平静に受け入れられるのギリギリの範囲だった。

「今日は驚くことばかりで少々混乱気味だ。帰って風呂入って、ビール煽って、泥のように眠りたい」と洋介が言うと、「分かった。今日はこれで勘弁してやるよ」と冗談めかして猛が言う。

 猛の冗談めかしたこの一言で二人の間の気まずい雰囲気がほんの少し和らぐ。
 気まずさを残しながら二人は事務所を後にした。

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