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第4話 電話(お題: 深夜の散歩で起きた出来事)
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「じゃあな猛、おやすみ」
イタリアンレストランでの食事の後、洋介は片手を上げてそう言うとあっさりと帰ってしまった。明日の裁判の資料を今夜中にまとめなければならないのなら仕方がないが、今すぐにでも洋介を押し倒したい猛の欲望は行き場を失ってしまった。
「ちょっと歩いて頭を冷やすか」
少し肌寒いが、柔らかくそよぐ風にほんのりと春の香りが混じっている。
「もうすぐ桜の季節だな。今年も涼子の実家で花見やりてえな」
夜空を見上げながら以前涼子の実家の広い庭で花見をしたことを思い出していた。
酒を飲み、くだらない話に笑い、美味いものを食う。生きているということを無条件で楽しむ最高の時間の過ごし方だ。そんな時間を洋介に過ごさせたいと猛は切に願っている。
数ヶ月前、洋介はある男に拉致され重傷を負わされた。あの事件が洋介の生活を一変させてしまった。自宅に防犯システムを設置し、外出する際は常に周りを警戒している。犯人は国外に逃亡したが、あの男は人を欺くことに関しては悪魔的に頭が働く。彼にとって誰にも気づかれずに日本に戻ってくることは造作もないことなのだ。洋介の心が休まることはなくなった。
ポケットの中のスマホが震え、画面には洋介の名が。
「もしもし、無事着いたか?」
あの事件以来、猛と洋介の間で暗黙のルールがいくつか出来上がってしまった。その一つがこの電話。洋介が無事帰宅し、防犯システムに異常がないことを報告する電話だ。
猛がここまで過保護になるのには理由がある。洋介を襲った男は猛が以前付き合っていた男だからだ。俗っぽく言うと猛の元彼が今彼を襲ったということになる。猛が責任を感じて過保護になるのも当然だ。本を正せばあの事件は猛が原因とも言えるのだから。
「これから仕事だろ。あんまり無理すんなよ。じゃあな」
そう言って猛は電話を切った。
「俺も帰るか」
まだ固い蕾のままの桜並木の下を歩いていると、時折遠くから楽しげな笑い声が聞こえてくる。まだ咲いてもいない桜の下で大学生たちが気の早いお花見でもしているのだろう。
終電までにはまだ間はあるが、猛はこのまま歩いて帰ることにした。夜風にあたっていれば頭も冷えるだろうし、何より川沿いの遊歩道は歩いていて気持ちがいい。
遠くに猛の住む古いマンションが見えてきたとき、ポケットの中でまたスマホが震えた。
洋介からかと思ったが、画面には「非通知」と表示されている。
「もしもし?」
「……」
相手は無言のまま。猛が通話を切ろうとした瞬間、忘れもしないあの声が聞こえてきた。
「こんにちは、タケシ。あっ、こんばんはかな」
「……ミゲル……」
「キミの宝物は死ななかったんだね。ちょっと残念だけど、また一緒に遊べると思うと楽しくなってきたよ」
「ミゲル、お前今どこにいる?」
「えー、そんなこと教えないよ。案外すぐ近くにいるかもね」
猛は身体の奥からふつふつと湧き上がってくる怒りで言葉が見つからなくなっていたが、ミゲルの声に紛れている微かな消防車のサイレンの音を聞き逃さなかった。そのサイレンは日本のものではなかった。
「いや、お前は今日本にはいない」
「あー、サイレン聞こえちゃった? タイミング悪いよね。うん、今は日本じゃない。でもね、また近いうちにタケシとタケシの宝物と一緒に遊びたいから、会いに行くよ。じゃあね」
――ツー、ツー、ツー
通話はそこで切れた。
真夜中の都会の路地、猛は通話終了の文字が表示されている画面を睨みつけていた。
イタリアンレストランでの食事の後、洋介は片手を上げてそう言うとあっさりと帰ってしまった。明日の裁判の資料を今夜中にまとめなければならないのなら仕方がないが、今すぐにでも洋介を押し倒したい猛の欲望は行き場を失ってしまった。
「ちょっと歩いて頭を冷やすか」
少し肌寒いが、柔らかくそよぐ風にほんのりと春の香りが混じっている。
「もうすぐ桜の季節だな。今年も涼子の実家で花見やりてえな」
夜空を見上げながら以前涼子の実家の広い庭で花見をしたことを思い出していた。
酒を飲み、くだらない話に笑い、美味いものを食う。生きているということを無条件で楽しむ最高の時間の過ごし方だ。そんな時間を洋介に過ごさせたいと猛は切に願っている。
数ヶ月前、洋介はある男に拉致され重傷を負わされた。あの事件が洋介の生活を一変させてしまった。自宅に防犯システムを設置し、外出する際は常に周りを警戒している。犯人は国外に逃亡したが、あの男は人を欺くことに関しては悪魔的に頭が働く。彼にとって誰にも気づかれずに日本に戻ってくることは造作もないことなのだ。洋介の心が休まることはなくなった。
ポケットの中のスマホが震え、画面には洋介の名が。
「もしもし、無事着いたか?」
あの事件以来、猛と洋介の間で暗黙のルールがいくつか出来上がってしまった。その一つがこの電話。洋介が無事帰宅し、防犯システムに異常がないことを報告する電話だ。
猛がここまで過保護になるのには理由がある。洋介を襲った男は猛が以前付き合っていた男だからだ。俗っぽく言うと猛の元彼が今彼を襲ったということになる。猛が責任を感じて過保護になるのも当然だ。本を正せばあの事件は猛が原因とも言えるのだから。
「これから仕事だろ。あんまり無理すんなよ。じゃあな」
そう言って猛は電話を切った。
「俺も帰るか」
まだ固い蕾のままの桜並木の下を歩いていると、時折遠くから楽しげな笑い声が聞こえてくる。まだ咲いてもいない桜の下で大学生たちが気の早いお花見でもしているのだろう。
終電までにはまだ間はあるが、猛はこのまま歩いて帰ることにした。夜風にあたっていれば頭も冷えるだろうし、何より川沿いの遊歩道は歩いていて気持ちがいい。
遠くに猛の住む古いマンションが見えてきたとき、ポケットの中でまたスマホが震えた。
洋介からかと思ったが、画面には「非通知」と表示されている。
「もしもし?」
「……」
相手は無言のまま。猛が通話を切ろうとした瞬間、忘れもしないあの声が聞こえてきた。
「こんにちは、タケシ。あっ、こんばんはかな」
「……ミゲル……」
「キミの宝物は死ななかったんだね。ちょっと残念だけど、また一緒に遊べると思うと楽しくなってきたよ」
「ミゲル、お前今どこにいる?」
「えー、そんなこと教えないよ。案外すぐ近くにいるかもね」
猛は身体の奥からふつふつと湧き上がってくる怒りで言葉が見つからなくなっていたが、ミゲルの声に紛れている微かな消防車のサイレンの音を聞き逃さなかった。そのサイレンは日本のものではなかった。
「いや、お前は今日本にはいない」
「あー、サイレン聞こえちゃった? タイミング悪いよね。うん、今は日本じゃない。でもね、また近いうちにタケシとタケシの宝物と一緒に遊びたいから、会いに行くよ。じゃあね」
――ツー、ツー、ツー
通話はそこで切れた。
真夜中の都会の路地、猛は通話終了の文字が表示されている画面を睨みつけていた。
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